脱獄へ
ファムとアインは決意した。この監獄からの脱出を。最も、二人の力を合わせれば、脱獄など大した問題では無かった。二人は看守達を退けると、この島唯一の船着き場に向かった。
「退けええええ」
二人は船に乗り込むと、船の乗組員達を海に放り投げ、そのまま船を奪うと、強引に出航した。
「これからどうするんだ?」
「バルド共和国に向かう」
アインの質問に、ファムは力強く答えた。いつの間にか、あれほどまでに強大だったデッドエンドの島は、小さく、そこらの小島と大して変わらないほどに離れていた。
アップルタウン。アンジェリカとオリジンは看板の字に眼を通すと、そのまま矢印通りに、草むらを越えて、のどかな田舎の町に入って行った。そこは、赤いレンガ造りの屋根の家が建ち並び、奥にはベーカリーが、さらに先には、古びた小屋が建っていた。二人はその小屋に入ると、そのまま階段を上がって行き、小さな部屋のベッドの上に、荷物を置いた。
「来ていたのね」
アンジェリカは部屋の奥にいる、二人のシルエットをチラッと確認すると、自分はベッドの上に座った。オリジンも彼女に続いて、その隣に腰を降ろす。
「マザー、あなたからの連絡が来ておりましたので、きっと急ぎの用事だと思い、少し早めに来ました」
シルエットの一人である。黒い肌をした巨漢の男が立ち上がって答えた。その隣には、壁を背に三角座りをしている、少女がいた。二人はアンジェリカの古くからの知り合いらしく、そこには、彼女に対しての尊敬の念が感じられた。
「これから、こののどかな町に、ネズミが何匹か舞い込んで来る。私にとっては、そこいらのペスト鼠以上に憎たらしく、忌々しい存在よ。まだレイトスとサゴラスは到着していないようだけれど構わないわ。だって、あなた達の役目は、時間稼ぎなのよ。そう、難しいことじゃないわ。そしてそれは、囮なんかではなく、とても栄誉ある仕事・・・・」
アンジェリカが言い終えると、巨漢の男は膝を床に突けて、彼女の右手の甲に口付けをした。
「安心して下さい。マザー。孤児だった我々を拾って下さり、生きる意味まで与えてくれたあなたのためです。死ぬのは惜しくなどない。このタレスが必ずお守りします」
巨漢の男タレスは、眼に涙を浮かべていた。同じく、アンジェリカも手で顔を押さえて、落涙するのを堪えていた。
「いよいよ始まるのね。新世界への第一歩が。そして既に材料は揃っているわ」
アンジェリカはオリジンに目配せすると、彼女は何も無い空間から、突然、金色に輝くドラゴンの顔を模ったようなペンダントと、赤黒く輝く小さな宝石を出現させ、それを近くのテーブルに置いた。
「儀式に必要なアイテムは三つある。一つは竜の首飾り。もう一つは混沌の宝石。そして最後に莫大な魔力。この二つの宝具と力が備わった時、「高等魔術体系」にも魔導書「カタストロフィー」にも記されていないであろう、究極の魔法が発動する。そしてそれは、私をこの世界の神へと押し上げ、多大なる希望と勇気を与えてくれるのよ」
アンジェリカはゴクリと唾を呑んだ。希望とは裏腹に、身も凍るほどの恐怖が彼女を襲った。
「しかし、私は怖い。私が神へと大きく跳躍するには、この肉体を捨てて、そして激しい苦痛と、不安定な心理に打ち勝たなければならない。そうでなければ、狂気に苛まれ、ついに私は廃人と朽ちることだろう」
タレスは怯えるアンジェリカの肩を両手で掴んだ。
「何を恐れておられるのですか。あなたが立たねば、世界は救われないのですよ。全ての民衆が、あなたの起こす革命を渇望しているのです。そのための戦いは全て正義にもとるもの。聖戦となるでしょう。だから、私はあなたに逆らう者は、たとえ赤子であっても始末する所存です。だから、マザーも我々のために、命を賭けて下さい」
「おお、タレス・・・・」
アンジェリカは今度こそ涙した。そして投資に燃えた決意の瞳で、テーブルに並ぶ、二つの宝具を見ていた。