動き出した時間
青い髪の女が、ファムとアインの元にゆっくりと近付いて来た。白いローブに、フードを深々と被っている、その女は、二人の見える位置にまで行くと、突然、ローブを手で外した。
女は青く長い髪をバサッと掻き上げると、その端正で、かつ何処か薄幸そうな顔を、二人の前に晒した。
ファムは金魚のように口をパクパクと開き、隣のアインと同じように、驚愕の表情を浮かべていた。その女の隣には、緑色の髪を腰のあたりにまで、垂れ流している、もう一人の別の女が立っていた。しかし、それ以上に驚いたのが、青髪の女の存在である。
「嘘でしょ。アンジェリカ・・・・」
ファムは、自身の良く知る女の名を口にした。正に目の前にいる彼女こそが、この前まで、一緒に行動していたアンジェリカだったのである。
「ごめんなさいね。騙すつもりは無かったのよ」
「どうして、突然、現れたんだよ」
アインが問い詰めると、アンジェリカは少し悲しそうな表情をして、コツコツと、床の上をゆっくりと歩いた。
「私は大業を為さなければならない。この不平等に満ちた世界を、正しい平等な世界に変える。残念ながら、私の信仰するホーリィー教は、世界を変革するほどの力は無い。私は敢えてこの牢獄に入り、強力な神獣を手に入れることができた」
アンジェリカの隣に立つ、緑の髪の女、オリジンはポケットから、ガラスのように透き通る結晶を取り出して、ファムに見えるようにした。
「それは、嘘だ・・・・」
結晶の中にはマロがいた。それも小指程度の大きさで、作り物のようだった。
「この娘はオリジン。私の友人よ。そして私に素晴らしい選択肢を与えてくれた存在。彼女は神獣や、他の生命体を、結晶化して、持ち運ぶことができるの。ある魔法を発動するためには、多くの魔力が必要。だから、無理をして、強力な魔力を感じる、ここ、デッドエンドに侵入したのよ」
「マロはどうやって・・・・」
「この少年は、外に買い物に出かけている途中に、油断したところを結晶化したわ。最も、私が必要としているのは、彼ではなく、彼の持つ神獣、アブソリュートよ。このアブソリュートこそが、私の望む新世界を造る上で、最後に必要なファクターなのよ」
アンジェリカは一通り言い終えると、オリジンとともに、体から青白い煙を放ち、そのまま跡形も無く消えてしまった。
「おい、待て」
ファムは叫ぶが、既に彼女の姿は無かった。途方に暮れる彼女の肩が、突然強く叩かれた。
「・・・・?」
慌てて振り返ると、そこにいたのは、アインではなく、マロの父親であるガロだった。
「あなたは・・・・」
「久しぶりだな・・・・」
ガロはニコッと笑うと、突然、膝から崩れ落ちた。
「ガロさん」
ファムは倒れるガロを抱き止めると、アインと協力して、床の上にガロを仰向けに寝かせた。
「大丈夫ですか?」
「ははは、俺としたことが油断した。見てくれ・・・・」
ガロは自身の手を見せた。彼の手はガラスのように透明になっていた。
「やられたよ。俺もマロと同じように、結晶化するらしい。さっき、あのオリジンという女に攻撃されたんだ。あの女は、昔に一度だけ会ったことがある。あの頃と同じ強さだった。気を付けろ。奴は神獣でも人間でも無い。もっと恐ろしい存在だ・・・・」
ガロはそれだけ口にすると、そのまま全身が氷のような、結晶体に包まれて、今度は手の平サイズにまで、急激に縮小していた。床にコツンという、結晶の落下音だけが空しく響き渡った。