監獄バトルロイヤル後編
アインはファムを抱きかかえると、沼を出て、安全な床に彼女を座らせた。
「アイン、あいつの能力は危険だ」
「ああ、もう終わってるがな」
アインは、ようやく起き上がった男を横目でチラッとだけ見ると、すぐにファムの方に視線を戻した。すると、男が股間を押さえて、急に苦しみ始めていた。
「痛、いっでえええええ」
男はその場で転ぶと、股間を両手で押さえたまま、ゴロゴロと床の上を転がっていた。
「何をしたんだ?」
「タリスマンの能力で、あいつに尿道結石のプレゼントをしてやった。最も、女性には分からん痛みだろうがな」
無力化した男を前に、アインは呑気にしていたが、すぐに表情を強張らせて、周囲を観察し始めた。そしてファムも同様に、辺りを見回していた。
広間の中に異様な殺気が渦巻いている。言葉では説明できないが、二人は何やらきな臭い雰囲気を感じ取っていた。そしてそれは、すぐに的中することとなる。
「上、危ない」
ファムが叫ぶと同時に、天井から一人の老人が降って来た。そして、股間を押さえている男の首に両足を乗せると、そのまま、首をへし折りながら着地した。
「よっこらせっと」
老人は、70歳はゆうに越えているであろう男性で。皺だらけの顔に、白髪、そして、ウナギのように細長く白い髭を二本生やしていた。老人の背後には、首の骨を砕かれ、口から白い泡を吐き、絶命している男がいた。
「ワシの名はドラゴン。この監獄では最古参の囚人じゃな」
老人ドラゴンは、その長い白髭を手で触ると、床の上を蹴って、大きく跳躍すると、そのままアインに向かって飛び蹴りを放った。
「爺だろうと容赦はしないぜ」
アインは肩に乗っているタリスマンを、ドラゴンに向かって飛ばした。
「行け、タリスマン」
タリスマンはドラゴンの肩に乗ると、そのまま顔の皮膚を一部千切った。そしてそのまま落下すると、アインの方へと戻って行った。
「おうっと」
ドラゴンは体勢を崩すと、そのまま床に顔面から激突していた。
「何だ、あの爺。俺はちょっと脅かしてやろうとしただけだぜ」
アインは倒れているドラゴンに近付くと、彼の顔から血が一滴も出ていないことに気付いた。先程、タリスマンがドラゴンの皮膚を千切っている。多少の出血はあるはずだった。さらに追及すれば、あの高さから、固い床に落ちたのだ。血の一滴はやはり出るはずである。
「ほっほっほ」
ドラゴンは笑いながら立ち上がると、再び構えた。まるで何かの拳法のような構えであった。
「爺、何でピンピンしてやがるんだ」
「気になるかの」
「良いから、教えろ」
「良いじゃろう」
ドラゴンは構えを解くと、両手を後ろで組み、床の上をゆっくりと歩き始めた。
「ワシは殺し屋だった。依頼があれば、それがどんな人間だろうと、それが家族であろうと、職務を全うした。そんなある日、ワシは、初めて仕事でヘマをやり、結果、この煉獄に閉じ込められたのだ。刑期は100年。当時のワシは76歳、もう生きて娑婆に出ることはないと思っていたよ」
ドラゴンはクルリとファムの方を向いた。
「お嬢さん、ワシの刑期は後、何年ぐらいだと思うね?」
「え、そ、それは。分からない」
「実は、もう刑期を終えているんじゃ」
ドラゴンの言葉に、アインは薄気味悪いものを感じた。彼の言葉の意味が理解できないばかりか、何か悍ましいものを感じたからである。