温泉の罠
温泉エリア、マロ達は今ここにいた。しばらく風呂に入っていなかったので、この際、身も心もリフレッシュしたいという、アリッサの意見を取り入れた結果、三人は湯気に包まれ、視界を保つのすら難しい、岩場で立ち往生することとなった。
「おい、今は一体どこを歩いているんだ?」
「さあね、ああもう、お風呂はどこよ?」
「ねえ、ファム、アリッサあれ見て」
マロが指した先には、まさに探し求めていた温泉があった。良い感じに湯立っていて熱そうだった。
「ねえ、入ろうよ」
マロ達は近くの桶に衣服を入れると、バスタオルを体に巻き(本当はいけない)温泉に入った。
「ああ、沁みるわ」
アリッサは気持ち良さそうに、肩まで浸かった。
「何か婆さんみたいだぞアリッサ」
ファムのツッコミにアリッサがしかめっ面になった。マロは二人の様子を笑って見ていたが、何故か彼を見るファムの眼が、異様に輝いていることに気が付いた。
「ああ、マロの白い肌が私の目の前に・・・・」
ファムはマロに擦り寄ると、涎を垂らしながら、ニヤニヤと顔を緩ませて笑っていた。
「マ、マロよ。背中の流しっこでもしようじゃないか?」
ファムが妙に上擦った声でそう言うと、遠くの方、岩盤の裏から男の笑い声が聞こえてきた。
「誰だ、笑ったのは」
ファムは岩盤に向かって怒鳴りつけた。マロとの時間を邪魔されたのが癪に障ったらしい。すると岩盤に背を付けて、湯に浸かっていた男の影が、三人の元に近付いてきた。
「悪いね、話は聞かせてもらったぜ」
男は悪びれる様子もなく笑っていた。
「お前も、ロストアイランドの挑戦者だな」
「ああ、もちろん。だけど俺は、あんたらとは闘わんぜ。せっかくの温泉で殺し合いなんてごめんだ」
男は金髪で、ほっそりした体付きをしていた。端正な顔立ちで、黙っていれば女性にモテそうな雰囲気の美男子だった。
「ねえ、ファム・・・・」
アリッサが小声でファムにそっと耳打ちした。
「何、アリッサ?」
「ファム・・・・、私達って友達かな?」
アリッサの問いに、ファムは不思議そうに首を傾げた。
「ああ、まあね」
「そうか、友達・・・・フフフ・・・・友達ね・・・・」
「変な娘ね」
アリッサは一人で嬉しそうにブツブツと何かを呟いていた。
「いや、友達は大事だぜ」
「黙れええええええ。私らの会話に入ってくるな」
金髪の男の顔に、ファムはお湯をかけた。そして手で遠くに行くよう促した。
「冷たいな~。まあお湯は熱かったけどさ」
「だまれ、あっち行け」
「分かったよ」
男は前髪を掻き揚げると、お湯から出て、ファム達の使っている桶から、彼女らの服を取った。そして上下に揺さぶると、金貨が落ちてきた。彼はそれを掴んでポケットに入れた。
「おい」
ファムは男に向かって叫んだ。男はそれを無視して、今度はマロの服から金貨を取っている。
「何、人の金貨を取ろうとしてるんだ」
「だって、そういうゲームだろ?」
金髪の男はマロの服から、金貨を何枚か取ると、そこから立ち去ろうとした。
「くそ、逃がすか」
ファムは温泉から上がろうとするが、何故か重くヌルヌルした物が、足を掴んでおり動けない。それはマロとアリッサも同じだった。
「何よこれ、足に何かベタベタした物が・・・・」
アリッサとマロも必死にもがくが、足に何かがくっ付いて取れない。それを男が、口元に手を当てて笑いながら見ていた。
「貴様、何かしたな?」
「ああ、したとも。俺は戦闘が嫌いでね。だからここで罠を張って、来た連中から金貨を巻き上げていたのさ。見ろよ。おかげで俺の金貨は、あんたらのも合わせて、合計30枚だぜ」
男は服を着ると、嬉しそうに金貨を両手一杯に抱えてみせた。そして近くの桶を足で蹴った。
「見ろよ。この服を、他の奴らからも巻き上げた証拠だぜ」
桶の中には黒いローブが三枚入っていた。
「あの黒いローブ見覚えがあるような・・・・」
思ったのはファムだけではなかった。マロもアリッサもそのローブを知っていた。すると彼らの背後から、負のオーラを纏った三人の男女が姿を現した。
「よう、久しぶりだな」
現れたのは、銀髪の男ギルガと、金髪の髪の少女に、黒い髪を背中まで伸ばした女性だった。
「お前らはボイド」
ファム達は、因縁の相手の早すぎる登場に驚いていた。もちろんそれは目の前の彼らも同じこと。やはりファム達を見て、戸惑いの表情を見せていた。
「悔しいが、我々も、奴の罠にハマった一人だ。もしこんな姿をクロウ様に見られたりしたら・・・・」
ギルガが言い淀むと、今度は黒髪の整った顔立ちをした美女が答えた。」
「殺されるな」
「君達は」
マロはボイドの三人を睨み付けると、今にも戦闘を始めるのではないかと心配になるほど、彼らに敵意をむき出しにしていた。無理もない。生まれ育った村を焼いた奴の仲間なのだから。
「待て、とりあえずここは一時休戦して、あの男から金貨を取り戻したら、その金貨全てを賭けて。我々と闘わないか?」
ギルガの妙案に、敵味方関係なく全員が賛成した。その姿を男はつまらなそうに見ていた。
「おい、俺から金貨を取り返すなんて無理だぜ。見ろよ」
ファム達の使っているお湯が、いつの間にか緑色のヘドロに変わっている。そしてこれがファム達を拘束している者の正体であった。
「なんだこのスライムは?」
ギルガは情けない全裸姿でもがいていた。男はそれを見て笑った。
「オッサン馬鹿かよ。無理なんだよ。そいつは俺の神獣、ジェリースライムだ。一度貼りついたら絶対に離れない最強の神獣さ」
「くそ、ギルガよ。お前の言うとおり、一時休戦だ。皆で協力して、金貨を取り戻そう」
ファムの言葉に全員がやる気になった。ギルガは男の方を睨み付けた。そしてこれによって、金貨争奪戦の始業ベルがなった。




