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「船越ジュンさま。どうやら、我々の間には大きな誤解があるようですね」


 ジュンの部屋で、檜扇一族の少女はかしこまって正座した。


 小さなちゃぶ台には、二人分の麦茶のコップが置かれている。

 どちらも口をつけることはなく、無数の水滴が冷や汗のようにだらだらとたれて、コースターにシミを作っていた。


 どうにか心を落ち着かせて、ジュンと天曽木は話をした。

 それぞれの立場で、自分のしっていることを開示していく。


「先ほどジュンさんから聞いたお話……。檜扇一族が蟲毒の使い手であったこと……。はい。おっしゃるとおりです。残念ながら。我が檜扇家はかつて忌々しい呪法に手を染めていました。それはまぎれもない事実です。事実ですが……」


「んで、天曽木さんは祖先のしたことを良くないことだと思って、罪滅ぼしに悪霊退治の旅をしている。ってわけだっけ?」


 天曽木は威勢良く拳をにぎった。


「そうです! それが、呪われた檜扇の末裔である私に課せられた、義務なのです!」


 そうなのだ。彼女は悪人とはいいがたい。

 檜扇天曽木はあくまでも真剣に誠実に、贖罪の使命を果たそうとする、暑苦しい正義の心を持った、悪霊払い師なのである。


「制御不能の蠱毒霊、サカキの蔵六。あれは我が一族が産み出したあやまちの中でも、強大なものです。その力を抑えるために、無の壺の術を用いてその魂を縛りつけたというのに……」


「あ。術なんだ。てっきり、そういう便利な道具があるのかと思ってた」


「正確には、壺を用いた結界術ですね。死後の霊魂まで封印することができます。術の効力で、内側からはいかなる手段を用いてもびくともしません。しかし外側からの衝撃に対しては、普通の壺と同じ強度です」


「それじゃ、誰かがうっかりその壺割ったらヤバくない?」


「はい。ですから通常は、壺を破損から守る物理防御結界を外側にはっておきます。特に危険な霊魂を閉じこめてあるものは、一族の力で厳重に管理を施します。ですが……」


 天曽木はがっくりと肩を落とした。


「時代の流れか、檜扇一族も衰退してしまい……。優秀な術者がだんだんと少なくなり、壺の破損防止の防御結界が弱まっていたところに、ふとした事故で壺が割れ……。奴が、サカキの蔵六が、封印を破って出てきてしまったのです……」


「わー。しょーもない理由」


「……そんなしょうもない理由で、とんでもない災厄がこの世に放たれてしまいました……」


 げっそりとした目で天曽木がぼやいた。


「か、顔色悪いよー? 天曽木さん、麦茶でも飲みなよ」


「うう……。ありがとうございます。いただきます」


 天曽木は両手でコップを受け取ると、一息に飲み干した。


「ふう! でも、くじけていてはいけませんよね! どんなに強大な相手だろうと、恐れずに立ちむかわなくては! それが私に与えられたっ、崇高なるっ、使命なのですからっ!」


 うるおいを取り戻した瞳で、そう力強く宣言された。


「あ、暑苦しーい……」


「ただ……。私がしとめ損ねたあの怨霊。暴れまわって、一般の人々の間で被害が拡大しないか……。今はそれだけが不安です。後で周囲一帯のパトロールに出かけなくてはなりませんね」


「パトロールて、アンタ……」


 蔵六は姿を消したが、存在が消滅してしまったわけではない。とっさに実体化を解除し、霊体となって身を隠しただけのようだ。

 蠱毒の殺し合い地獄を生きのびただけあって、蔵六はあの奇襲から逃げおおせた。

 実に悔しそうな顔をして、天曽木がそう教えてくれた。


「蔵六ちゃんは暴れまわったりしないと思うけどなー。天曽木さんは考えすぎだって」


 そう擁護しつつも、ジュンの心にはしこりがあった。

 突然の奇襲に、ああも油断なく対応した蔵六の挙動。

 根本的な性質は、いまだに歴戦の猛者だったということだろうか。

 あんなに平和にのほほんと、あんみつを食べた帰りだというのに。それでも戦いの心得を失っていなかった。


 少し悲しいような。蔵六が無事で良かったような。複雑な気持ちになる。


 ふと見ると、常人離れした格好の白黒少女も、複雑な面持ちをしていた。

 視線から察すると、壁にかけられている何かに興味があるらしい。


「ん? 私の制服?」


「あ、いえ。その、自分が着てみたら、どんな感じかと。あ、変な妄想じゃないですよ? 私だって年齢と性別からすれば、そういう服を着ていても、おかしくはないはずなんです。今はこのような格好をしておりますが」


 アタフタと弁明された。

 天曽木はジュンと歳が近いらしい。

 大げさな衣装と奇抜な容姿には一線を感じるが、これで少し距離が縮まった気がした。

 しかし制服に憧れる彼女の発言内容を裏返せば、天曽木はごく普通の学校生活とは無縁ということだ。


「ええと……。ちょっとだけ着てみる? 制服」


「いえ! いけません!」


 びしっと片方の手の平を突き出されて拒否される。

 ちなみに天曽木のもう片方の手は、苦悩するかのように顔半分を押さえていた。


「お心遣い感謝します。ですが、私にそれを着る資格があるとすれば、先祖が作り出した全ての災厄を打ち滅ぼした後のことです!」


 あまり悪霊退治に年月がかかると、年齢的に着る資格を失いそうだが。


「あやまちは正さなくてはなりません。私はしばしこの町にとどまる予定です」


 天曽木がすっと立ち上がる。


「では!」


「あっ。ちょ、タンマ。帰る前に、一言……」


 頭をポリポリかきつつ、ジュンは気まずそうに話す。


「天曽木さんに、いきなりひどいことしたからさ。そのことを謝ろうと思うんだ」


 ジュンは、アホガッパと叫びながら天曽木の頭をどつく、という暴挙をしていた。


「ごめんなさい」


 ぺこりと、ジュンは自分に出来る限り礼儀正しく頭をさげる。


「ジュンさーんっ! 私が正しいと、わかっていただけましたか!」


 ペカーッと顔を輝かせた天曽木に、ひしと手を取られる。


「だっ、だけどどっちが正しいとか、そういうのは別だから! どっちかの応援しろっていわれたら、蔵六ちゃんの味方につきたいなー、とか思ってるし」


「ダメです! 危険です! あの怨霊に騙されてます! ずる賢い奴なんです! アレは!」


 正義の人は拳をぷるぷるさせて、まくし立てる。


「アレ呼ばわりとな」


「だいたい、生きている人間の活力を利用して、亡霊が実体を持つなど……。そんなとんでもないことを……」


「んぇ? それってもしかして、めちゃくちゃ悪いことなの?」


 天曽木は困ったようにため息をついた。


「あなたは怖くなかったのですか?」


「ああ、うん。怖い、怖いよねー。アイツ、背はデカいし、態度もデカいし、なんか周りで鬼火が燃え盛ってるし、そもそも顔が怖いんだよね。基本仏頂面だし。女の子の姿になっても、ツンとした感じは残ってる。顔立ちは美人なんだけどさ。でもその分、笑顔を見た時は……、キュンってなる。なんかカワイーんだ、すごく」


「……はぁ……」


 へにゃへにゃと天曽木が脱力した。

 かと思えば、すぐに復活。眉間を押さえ、険しい表情でシャキーンと起立する。


「ジュンさん。よく聞いてください。良いですか? アレは妖術にたけています」


 それはジュンもしっている。

 呪符つきの縄をシュルシュルさせたり、青い鬼火をメラメラさせたり。

 色々便利な力のようだった。


「……人の心を支配する術を修得していたとしても、なんらおかしくはございません」




 天曽木が帰った後、夜中になっても蔵六が戻ってくることはなかった。


「やっぱり蔵六ちゃんは悪だ」


 開け放った窓辺にコンビニで買ってきた和菓子を置いていたのに、帰ってきやしない。


「こんなに健気なジュンちゃんを心配させるんだから、悪い子確定!」


 ホコリっぽい本をどさりとつんだ。


「心だって支配してるかもね。この私に、読書なんてさせるし」


 周辺地域の地図帳だ。家の本棚でうもれていたのを引っぱり出してきた。

 ジュンはぱらりとページを開く。


 相手の居場所がわかるような魔法があれば助かるのに。

 あいにくジュンは平凡でお気楽な女子高生だ。


「そんなに妖術が得意なら、簡単なおまじないぐらい、教えてもらえば良かったなー。しくじったかもー」


 古びた地図をめくっていく。

 通常の手段で、地道に探すのみ。


「青いところが池。んで、黄緑が森ね。小学校の授業で習ったもんね」


 蔵六は淵の主だといっていた。

 淵とは、川の流れのゆるやかで深い場所である。前に辞書で調べた。


 蔵六が身を寄せているのなら、本来の居場所に近いところだろう。

 そう考えたジュンは、周囲で自然の残る水場を探していた。


「ふへー。緑のある場所って、よく神社が建ってる。ん、逆か? 神社があるから、森が残ってるのかな? ま、どっちみち、他の神さまがいるところには、蔵六ちゃんいなさそう。ちょこっとお祭りにいくのさえ、全力で拒否ったぐらいだしなー。となると、残った候補はー……」


 神社仏閣の敷地ではない緑のある水辺。

 古びた地図とにらみ合い、蔵六がいそうな場所をピックアップしていく。

 そんな作業を一晩続けた。




 地図帳をカバンにつっこんで、ジュンは夜明け前に家を抜け出した。

 目星をつけた地点を探していく。


 薄暗い早朝の世界はひどく非現実的で、ひょっとしてこれは夢なんじゃないかと不安になる。

 ジュンはそのたびに、自分のほおを五本の指でふにゅっとつまむのだ。


 数ヶ所ほどムダ足を喰い、焦燥感がつのってきた。

 家に引き返そうかな、なんてことも考える。


 会ったところで。

 普通の女子高生のジュンに何ができるのか。


 会ってしまえば。

 蔵六が抱えている問題から、目をそらすことはできなくなる。


 あれこれ悩みながら、早足で進む。

 道ばたに自動販売機があった。うっかり通りすぎたのをあわてて戻る。

 一息の休憩が必要だ。硬貨を投入して、ジュンは飲みたいものを選ぶ。


「おりゃっ」


 ジュンの指は、迷わずボタンを押した。

 コーヒーを。

 カフェオレでも、ミルク入りでもない。正真正銘のブラックだ。


 冷たいコーヒーを飲みながら、何気なく下をむく。

 ジュンの両足は白線の上に乗っていた。

 最近、とんと忘れていた一人遊びを思い出す。


「……白線から、はみ出してはいけない。ふみはずせば地獄が待ち受けている」


 飲み終えたコーヒーをゴミ箱に放りこむ。


「上等じゃんか。地獄の底まで沈んだって、私が連れて帰ってやるし」




 六番目の目的地に着いたころには、空は薄明の色に染まっていた。

 雑木林に囲まれた、うらぶれた溜め池にジュンはいた。


「ここにもいない。あー、なんか誘い出し用に蔵六ちゃんの好物とか、持ってくれば良かったかなー。爬虫類のエサ……じゃ、キレるよね。抹茶の和菓子とかが良いよね。うん」


 ふいに、森がざわめいた。


「! この途方もなく陰険でひねくれた感じはっ!?」


 邪悪な気配がうず巻く方へと、ジュンは慎重に足を進める。




 ビンゴだ。

 大当たりすぎる。

 よりにもよって、ものすごく因縁めいた巡り会わせのタイミングにぶち当たった。


「あやまちは、正さなければなりません。サカキの蔵六! この天曽木が相手です!」


 凛とした構えで、錫杖をにぎりしめる天曽木。


『俺の前に立ちはだかったのが最大の間違いだったと、後悔させてやろう。檜扇の小娘』


 屈強な体躯に鬼火をからませ、外道そのものの表情を浮かべて、悠然とたたずむサカキの蔵六。


 誰がどう判断しても、極悪非道の怨霊に立ちむかう、健気な戦う少女の図である。

 ジュンが茂みから姿を出すより先に、両者は争いを開始した。

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