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 ジュンの元にやってきたミステリアス美少女。

 周囲は拍子抜けするぐらいあっさりと、蔵六を認識した。


 ジュンのとなりに蔵六がいても当然。

 変な名前でも一切気にしません。

 そんな不自然すぎる、自然な態度で。


「えー、なんか予想外。もっと混乱すると思ったのに。親とか学校とか」


「お前の力の半分を使って得た身だ。実体化した俺の存在承認は、お前に依存している」


「あー、なるほどねー、ふーん。よくわかんないけど、そういうことかー。で、存在商人ってどんな仕事?」


 蔵六は、ジュンがしらない世界の知識をたくさん持っている。

 かと思えば、ジュンにとって当たり前のことをしらない。

 そんな相手とすごす日々はどこか新鮮だった。




「イエーイ! これでジュンちゃん五連勝! 蔵六ちゃんってば、ヘッポコだなー」


 たとえば蔵六は、格闘ゲームがとことん下手だった。

 自宅のゲーム機を前に、ジュンはやいのやいのと騒いでいる。


「もっと知的な遊戯なら、お前ごときに後れをとることなどないのだ」


 ふと疑問にかられたように。

 細いの指が、キャラクター選択画面をトンと叩く。


「なあ。この娘たちは、何ゆえ学校の制服を着ていながら殺し合いをする?」


 聞きたいのはゲーム上の設定ではなく、もっと本質的なことなのだろう。


「んー。キャラにギャップを持たせて個性をつけるとか、そういう感じなんじゃないかなー。たとえばさー、同じ戦う女の子でも、軍服着て銃を撃つ子と、セーラー服着て日本刀振り回す子じゃ、イメージもインパクトも違うっしょ」


 蔵六は黙って話を聞いている。


「ほら。軍服も銃もさ、同じ雰囲気だから。こう、いかにも戦いますよ! ってオーラ。日本刀もね。でも、セーラー服は違うじゃん? 女の子属性というか、日常属性というか。そう、普通な感じ。普通は戦ったりしない人たちの服。あー……、蔵六ちゃん。私のこんな説明でわかる? 自分で説明してて、だんだん心配になってきたんだけど」


「稚拙な解説だが、意味は理解できる。俺の頭はお前より優秀だからな」


「そか、そか。偉い、偉い」


 そういってジュンは腕を伸ばす。

 ほのかに緑がかった銀色の髪。光を受けると、不思議に輝く。

 触れてみたら、どんな感触がするのだろう?


 確かめてみることはできなかった。

 蔵六はジュンの手をスッと避けた。


「あー、コイツ避けやがった! 優秀でお利口な蔵六ちゃんをなでなでしたげよーと思ったのにー!」


「勝手に触られるのも、急に距離を詰められるのも大嫌いだ。結界の反射で弾いてやる」


 呪符をチラつかせながら、美少女は不機嫌そうに宣言した。


「お札とセーラー服って組み合わせもゲームキャラっぽいよね。まー、ようは見た目の華やかさと、日常が非日常の領域にふみこんだ、ギャップとロマンだよね」


 蔵六はため息をつく。


「浪漫も波乱ほしくはない。……俺はただ平凡な日常を望む」


「えー? アンタがそれいっちゃいますか? 今の蔵六ちゃん自体が、ギャップとロマンをつめこんだ非日常の爆弾だと思うけどなー」


 睨まれた。




 船越ジュンには、特に目立った個性はない。

 運動も勉強も人望も普通以下。いてもいなくても変わらない存在感。

 女子に特別な影響力があるわけでもなく、男子にモテもせず。

 魂を打ちこめるほどの趣味もなし。

 あんまり頭がよろしくないことで有名な地元の高校にかよっている。

 そんなありふれた凡庸の中の一人。


 でも蔵六は違う。


 常在戦場。戦士の勘。偽りを見破る百識の目。奸智を吐き出す、頭と口。

 見た目は秀麗な美少女で、中身は気難しい男の亡霊。


 周りの人々は怪しげな術の効力で、蔵六の存在自体に疑問を抱きはしなかった。

 が、心から受け入れるとなると、話は別だ。


 様々な異質さを背負った蔵六は、平凡な少女の群れに溶けこむことができず、その喧騒を遠くから見ているしかなかった。


「はーい、隙あり。おー、ブルーの水玉だー。うひょ、うへへへ!」


 校庭の片隅で、女子だけでスカートをめくり合うジュンの姿を。

 女子同士でスカートをめくるのが、ここ数日のブームであった。


「……バッカじゃないのか……、あいつ」


 蔵六は一人で腕組みをして、校舎の壁に寄りかかっている。

 てこてことやる気のない小走りで、ジュンが蔵六に近づく。


「ヒマそうにしてるねえ。あ、仲間に入れてほしかったり?」


「そんなわけがなかろう」


「ふーん。そっかー」


 ジュンはしばらく考えた。


「わかった! そこで密かにパンツウォッチングにいそしんでる! 正解? 正解っしょ?」


「……」


「やっだー、エロスー。すました顔して、意外とムッツリー。おら、アンタもパンツ見せろや!」


 ジュンがくり出した魔の手。

 蔵六はいともたやすく、それをかわした。


「あー、避けられた!」


「単純で愚鈍な動きだ。見切れない方がどうかしている。俺なら眠っている時を狙われたとしても、お前を返り討ちにできる」


「ぐぬぬ。うどんな動きっていわれた。どんなたとえだし」


「愚鈍……。ノロマという意味だ」


「あー、ノロマね! それならわかりやすい! ていうか、最初から簡単にいえば良いのに! アンタって回りくどいよ、蔵六ちゃん!」


「お前、少しは本でも読んだらどうなんだ」


「んー。考えとくかなー」


 そういいながら、フェイント気味にスカートをねらう。

 今度も蔵六の守りは鉄壁。ばっちりガードされた。


「自分だけパンツ見せないつもりか、この卑怯者! エロエロエローエ、ムッソリーニ!」


「お前はうかつに見せすぎだ、バカ。少しは恥じらいを持て、バカ。下品な言葉を連呼するな、バカ」


「そういう蔵六ちゃんは小賢しいよね。暑い季節だってのにタイツなんかで完全防備しちゃってさー。そうさ、アンタはそういう奴さ。アンタは、人にパンツを見せる勇気がないんだ。仲良しのジュンちゃんにさえ! オープン・ユア・スカート!」


「誰が仲良しだ。触媒」


「チクショー、今日の蔵六ちゃんはいつにも増して冷たいぜ! いつか絶対アンタのパンツを目に焼き付けてやるから、今日のところはこれで勘弁してやらぁ。覚えておきやがれ!」


 アホさ全開のすてゼリフをはいて、ジュンは他のセーラー服の集団にまぎれていった。


「……バカだ。アイツは」


 そんなごく普通の一日。




 寝転がった姿勢で図書館で借りた古びた本のページをめくりながら、ジュンは奇妙な同居人に話しかける。


「そういやさー。蔵六ちゃんって、何かこの世でやり残したことでもあんの?」


 きちんと正座して古雑誌を熟読していた蔵六が顔を上げた。

 よれよれのファッション誌がうたう流行は、すでに数ヶ月ほど過去のもの。


「具体的にこれが、といったものはないな。ただ平穏に……。そう生きられたのなら、さぞ楽しかろう、というだけで」


 蔵六の視線はすぐに紙面へ戻される。

 古文書を解く眼差しで、イマドキの女子高生文化を修得せんとしている。

 ジュンの方を見ないまま、ぽつりと小声でつけたした。


「しいてあげれば、太陽の光を思うままあびたい」


「日焼けー? ダメダメ! せっかく色白でキレイな肌なのに。もったいない!」


「……」


「それに、こんな暑い天気なのに日光浴なんてしたら、ひからびちゃうよー」


 ひととおり不平をぶちまけた後で、ジュンは単純な思いつきでこう提案した。


「ね、ね。こんな暑い天気だから、アイスでも食べいこっか?」




 駅前のアイス屋は、カップルと若い娘の集団でにぎわっていた。


「ねー。問題です。ラムレーズンとカプチーノと新作のピスタチオのフレーバーがあります。どれが一番美味しいと思う? 個人的にはコーヒー風味に、心惹かれるものがあるんだけどさー。となるとカプチーノ?」


「しらん。俺には関係ない。小豆シャーベットにするか、抹茶ソフトクリームにするか……。それを考えるのにいそがしい」


「渋い好みですなぁ。んじゃ、こっちの宇治金時にすれば? 夏限定のかき氷シリーズの。アンコと抹茶が一度に楽しめるはず」


「良い案だな。たまにはお前も役に立つことをいう」


「へいへい。そーですかー」


 それぞれ注文の品を手にして、席に着く。

 蔵六は黒蜜と抹茶のソースがたっぷりかかった氷を匙ですくう。

 銀色の匙を桜色の唇へと運ぶと、顔をほころばせた。


「好きなものを食べられるのは、本当に幸福なことだ。魂が満たされていく」


「もー。蔵六ちゃんは大げさだなー。なんか軽く涙目になってるし」


「だっ、誰が泣いてなどいるものか! バカ者め。お前の目がおかしいのだ」


 蔵六は憤慨しながら、一匙分の宇治金時を口に入れた。


「いようっ、幽霊の兄貴! 現代の女子高生ライフも楽しいもんでしょ?」


「たのっ……、しくない! 何をいわせるんだ。まったく」


 蔵六はぷいっと顔をそむけた。

 耳まで赤くなっている。


 抹茶やアンコといった、いかにも和風なものが好きなのか。

 なら次は純和風な甘味処に誘ってみよう。普段はいかない店だけど。

 ジュンはぼんやりと今後の予定を立てる。ぽけーっとした顔のまま、自分が注文したアイスをスプーンですくう。


 ジュンが選んだのは、結局いつもどおりのバニラだった。




 家へとむかう川ぞいの道。

 ジュンの前を蔵六が歩いている。きびきびとした足取りは、だらだらしたジュンの歩行とは対照的だ。

 紺色のプリーツスカートから伸びるふくらはぎを見るともなしに見てしまう。黒のタイツに包まれた、すらっとしたライン。


 その脚が止まった。


「うわっぷ!」


 激突しそうになる寸前、ジュンは蔵六の華奢な肩をつかむ。今度は、結界ではじかれなかった。

 古代の怨霊入りの少女は橋のむこうを見つめ、微動だにしない。


「どした? あっちに何かあるの?」


 ジュンの目に映るのは、無粋なコンクリート橋としょぼい川。

 それと、時折道路をいきかう自動車の無関心な流れぐらいだ。


「ああ、ほら。もー、危ないってばー。蔵六ちゃん」


 車とすれ違う。

 ジュンは蔵六の腕をぐいとつかんで、白線の内側に引き寄せる。


 やがて涼やかな鈴の音と子供たちのかけ声が耳に届き、ようやくジュンにも蔵六の気を引いたものがなんなのか判明した。

 小さなお神輿が、人の海の上でゆられている。

 半纏姿のちびっ子とその保護者、町内会のご老人といった面々が、橋のむこう側の道をすぎ去った。

 にぎやかな祭り囃子も、やがて遠くに消えていく。


「……良いな……」


 ぽつり、とつぶやく声がジュンの耳に届く。

 かすかな羨望のため息が、セミの声に混じって消えていった。

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