天才と呼ばれた妹が私の古代文字を盗んだ結果、全ての罪が暴かれました
私は今日が、自分の誕生日だったことすら忘れていた。
祝われるべき主役は、最初から決まっている。
きらびやかなシャンデリアが放つ光は、影に立つ私にはあまりに眩しすぎた。
大広間の中心では、双子の妹、リリアンが蝶のように軽やかにターンを決めている。彼女が纏うシルクのドレスには、金糸で繊細かつ奇妙な「幾何学模様」がびっしりと施されていた。
「見て、お父様、お母様! お姉様のノートから拝借したの。模様としては可愛いでしょう? だって、お姉様の努力って地味でつまらないんですもの。こうして私が華やかに使ってあげないと、一生ゴミ箱の中で腐るだけだわ」
両親は「流石リリアン、審美眼がある」と手放しで絶賛する。その傍らで、給仕のトレイを持たされている私は、冷たい指先を震わせてそのドレスを見つめた。
あれは――私が心血を注ぎ、古文書の海を泳ぎ、死に物狂いで解読した【真実を喚起する古代術式】だ。
「……リリアン。古代文字には意思があるの。嘘つきがそれを纏えば、すべては自分に返るわよ」
私の蚊の鳴くような呟きは、楽しげな祝杯の音にかき消された。
「エルナ、文字を敬いなさい。偽りの言葉は、必ず持ち主を裏切るわ」
亡き祖母・ロザリアの、厳しくも温かい声を思い出す。彼女はかつて王宮主席解読官として、この国の繁栄を影で支えた賢者だった。家族の中で唯一、私を「できそこない」ではなく「エルナ」と呼び、私のペンだこを撫でてくれた人。
「これは、貴方が真実に辿り着くための鍵よ。いつか、世界が貴方を拒んだ時に使いなさい」
祖母が遺した形見の【解析のモノクル】を、私はそっと胸の奥で握りしめる。
これを通すと、世界は単なる物質ではなく、文字の奔流となる。妹が私の部屋から盗み出し、ツギハギにしてドレスに貼り付けた文字たちが、「偽物だ」「汚らわしい」と不快な金属音を立てて泣いているのが、私には痛いほど見えていた。
祖母がこの世を去ってから、私の世界は反転した。
部屋は奪われ、寝床は冷え切った屋根裏へ。私はリリアンの名声を作るための「文字書き人形」に成り下がった。彼女は私の解読成果を自分のものとして学園に提出し、「百年の一才」と称えられ、天才の称号を横取りしたのだ。
「お姉様は一生、カビ臭い部屋で意味のない記号でも書いていればいいのよ。あはは!」
リリアンは、自分がドレスに縫い込んだ文字が『王家への忠誠』ではなく『隠し事の開示』を強制する術式だとも知らずに、意気揚々と王宮夜会へと乗り込んでいった。
夜会の中心には、第一王子ヴィルフリート殿下がいた。彼は亡きロザリアの後継者、つまり「文字の真理」を知る者を探しているという。
「この石板を解読できた者を、私の正妃として迎えよう」
王子が提示したのは、数百年もの間、誰もその意図を読み解けなかった『呪いの石板』。
リリアンは自信満々に登壇した。その手には、私が昨夜、あえて机に残しておいた「偽の解読メモ」が握られている。
「――闇を照らし、真実の扉を開け!」
リリアンが鋭くその言葉を紡いだ瞬間、石板がボッと青白く輝いた。会場からは「おおっ!」とどよめきに近い歓声が上がる。リリアンは勝ち誇った顔で、給仕係の中に紛れる私を見下ろした。
しかし、異変は彼女の足元から起きた。
彼女のドレスの刺繍が、ドクドクと心臓のように脈打ち始め、赤黒い光を放ち出したのだ。
「な、なにこれ……!? 熱い、脱げない! 助けて!」
古代文字が黄金の糸となって、蛇のようにリリアンの体に巻き付いていく。
――パキィィィン!
空間がひび割れるような硬質な音が響き渡り、リリアンの頭上に、血のような色の文字が巨大な影となって浮かび上がった。
【虚偽】【窃盗】【怠慢】【無知】
「これ、は……リリアン嬢、これが君の『本質』か?」
王子の冷徹な声が、静まり返った広間に突き刺さる。
さっきまで彼女をちやほやしていた貴族たちが、汚物を見るような目で一歩、また一歩と後ずさる。会場全体を支配したのは、あまりに重苦しい沈黙だった。
「違うわ! これは……これは、そこにあるエルナが書いたの! 私はただ、お姉様の書いた通りに……あッ!」
リリアンは慌てて口を塞いだが、もう遅かった。盗用を自ら白状した彼女に、聴衆の冷ややかな蔑みの視線が突き刺さる。
その時、初めて――会場にいた全員の視線が、壁際に控えていた私へと集まった。
リリアンの豪華絢爛な最新ドレスの隣で、私の姿はあまりに惨めだった。着せられているのは、数年も前の流行遅れで、生地の擦り切れた古ぼけたドレス。リリアンの美しさを際立たせるための「比較対象」として、あえて選ばれた煤けた色の衣装だ。
背筋を伸ばし、顎を引く。ボロボロのドレスを纏っていても、その所作だけは祖母から叩き込まれた「真の貴婦人」のものであれるように。
私はポケットから、古びた、けれど磨き抜かれた祖母のモノクルを取り出した。それを左目に嵌めた瞬間、視界を覆っていた夜会の淀みが一掃され、世界の色が鮮やかに塗り替えられた。
「リリアン。その文字は、願いを叶えるための道具ではありません。――持ち主の罪を暴く、鏡なのですよ」
私は石板にそっと手を触れた。
すると、さっきまで牙を剥いて荒れ狂っていた文字たちが、まるで懐かしい飼い主に会った子犬のように、私の指先へと優しく吸い付いてきた。
「祖母は言いました。文字は心の色を映すと。……ヴィルフリート殿下、この石板に刻まれているのは呪いではありません。私たち後継者への、時を超えた道標です」
私が古の旋律をなぞるように、凛とした声で一節を読み上げる。
その瞬間、私の煤けたドレスの裾から、黄金の光が溢れ出した。粗末な生地が光の繊維に編み変えられ、まるで星屑を纏ったかのような輝きを放ち始める。
赤黒い断罪の光は浄化され、会場は暖かい黄金の粒子で満たされた。それはまるで、何年も忘れ去られていた私の誕生日を祝う、祝福の雪のようだった。
「信じられない、あんな不吉な文字を浮かび上がらせるなんて」
「あのドレス、姉から盗んだものだったのか? 伯爵家は我々を欺いていたのか!」
「見て、あちらの娘こそが真実を読み解いた。あの凛とした佇まい……あれこそが賢者ロザリアの再来ではないか」
手のひらを返したような賛美と、両親への冷ややかな蔑視。父は顔を真っ赤にして狼狽し、母は今さら私を「自慢の娘」のように見つめようとした。だが、その視線は王子の鋭い一喝に遮られた。
「静粛に!」
殿下が声を張ると、たちまち場が静まり返る。
「……嘘つきに、私の国を託すわけにはいかないな」
王子の短い合図で、騎士たちがリリアンと両親を取り押さえる。
「殿下、お待ちください! これは、何かの間違いで!」
「離して、お姉様助けて! 貴方のせいでしょ!?」
喚き散らす家族の醜態を、殿下は冷たく一蹴した。
「才を見抜けぬどころか、宝を泥に沈めようとした者に、家を治める資格はない。その無能さ、じっくりと吟味させてもらおう」
――これはあとから聞いた話だが、実家は取り潰し。妹は一生、その肌から「虚偽」の文字が消えない呪いと共に、日の当たらない辺境へ追放されることが決まった。
静まり返る会場で、ヴィルフリート殿下が私の前に跪いた。
「……やっと見つけた。その筆跡、その魔力の揺らぎ。ロザリア殿から遺言を預かっていたのだ。『私の愛する孫娘が、その輝きに見合う場所へ辿り着けるよう力を貸してほしい』とね。君こそが、私が探し続けていた唯一の光だ」
殿下は私の、ペンだこで荒れた指先に優しく口づけをした。何年も書き物をしてきたせいで硬くなった皮膚、インクのシミが落ちない指先。彼はそれを「汚い」と蔑むどころか、愛おしそうに、慈しむように。
「君を、屋根裏部屋なんかに置いておいた世界が間違っている。これからは、私の隣で君の言葉を、君の物語を紡いでほしい」
遠くで、懐かしい祖母の穏やかな笑い声が聞こえた気がした。「全部わかっていたわよ」と、優しく頭を撫でてくれるような感覚。
祖母が遺した文字の先に、私だけの幸せな物語が今、始まった。




