第8話 【冬中旬】ふたりきりの冬支度、手のぬくもり
しっかりと冬の気配が、リビエ村に忍びよってきた。
朝の空気はキーンと冷たく、畑にはうっすらと霜が降りている。
軒先に吊るされた干し柿が、風に揺れてころりと鳴り、
遠くの山のてっぺんは、もう白く雪をかぶっていた。
ピッカルドの家にも、冬支度の季節がやってきた。
「パパっ!
今日はふたりでおうちの冬支度やろうねっ!」
モカナはあったかそうな手袋をぱちんっとはめて、
元気いっぱいに走って来た。
ピッカルドは腹巻きをぎゅっと締め直し、深くうなずいた。
「……うむ……冬……
腹弱勇者にとって最大の敵……冷気との全面戦争や……!」
モカナは思わずくすっと笑った。
「パパ、めっちゃやる気だねっ!
でもね、今年はわたし、ひとりでできることいっぱいがんばるんだっ!」
その言葉に、ピッカルドは少しだけ目を細めた。
「……頼もしいな、モカナ……
なら父ちゃんは、副官として全力サポートや」
* * *
朝のやわらかな光が差しこむ中、
最初の仕事は、窓に断熱シートを貼ることだった。
「パパっ、こっち押さえててねっ!」
「うむ」
モカナは背伸びをしながら、位置を丁寧に確認し、
ぴたっとシートを貼っていく。
ピッカルドは黙って手を添えながら、
その小さな背中を、じっと見つめていた。
「……成長したなぁ……
去年は届かんかった場所も……今はおまえの手が届いとる……」
「えへへっ!
だって去年、パパが教えてくれたもんっ!」
その一言に、胸の奥があたたかくなる。
(そういえば、この村に帰って来て……
二度目の冬やな)
次は、薪運び。
「パパ、ちょっと重いやつはわたしががんばるねっ!」
モカナは小さな腕で薪を抱え、
えっちらおっちらと運び始めた。
「……うむ……
ちょっと重いやつは頼んだぞ。
娘の頼もしき姿に、父ちゃん……
胸が熱なるばかりや……」
その時だった。
薪の山の中に、霜をまとった冷たそうな一本が混じっているのが見えた。
ピッカルドは、ぴたっと動きを止める。
「……むっ……
悪しき冷気が……腹に来る前に……」
「パパっ!」
モカナがすぐに気づき、声を上げる。
「その薪はわたしが運ぶっ!
パパは乾いてるやつだけお願いねっ!」
ピッカルドは思わず、ふっと笑った。
「……さすがモカナ……
父ちゃん、もう教えること減ってきたなぁ……」
* * *
お昼すぎ。
作業の合間に、モカナが湯気の立つハーブティーを持ってきた。
「パパ、ちょっと休けいっ!
これ、冷えないうちに飲んでねっ!」
ピッカルドはカップを両手で包み込み、ほっと息を吐く。
「……うむ……
おまえの心づかいが……何より腹に効くわぁ……」
モカナは隣にちょこんと座り、膝をぎゅっと抱えた。
「……パパ、わたしね。
今年の冬は、
パパが心配しすぎなくても
大丈夫なくらい、がんばれるよっ!」
ピッカルドは、
静かに娘を見つめる。
「……そうか……
それは誇らしい……
けどな、父ちゃんは
いつでもおまえの後ろにおる。
それだけは、忘れんといてな」
モカナは、
にっこり笑って、こくんとうなずいた。
「うんっ!
パパの後ろじゃなくて……
いまは、隣にいてくれるのが
嬉しいんだっ!」
その言葉に、
胸の奥が、きゅっと鳴った。
* * *
午後の作業をすべて終えたころ、
家の中はぽかぽかと、
やさしいぬくもりに包まれていた。
カーテンのすきまから、
夕陽がやわらかく差しこむ。
こたつの同じ場所に入った親子は、
自然と肩をくっつけ合った。
「パパ、今日も一緒にがんばって……
楽しかったねっ!」
「……うむ……
おまえの成長を見届けるのが……
父ちゃんにとっては、
この上ない喜びや……」
モカナは、
にこにこしながら続ける。
「でもね、パパ。
いくつになっても……
パパには“パパ”でいてほしいんだからねっ!」
ピッカルドは目を細め、
娘の頭をそっとなでた。
「……約束するで。
おまえが望む限り……
父ちゃんは、変わらぬ父ちゃんで
おるよ……」
夜。
窓の外では、
静かに雪が舞いはじめていた。
こたつの中で、
モカナはピッカルドの胡坐の中に収まる。
筋肉質の腿の上に、
ごつい父の手が置かれている。
その上に、小さなモミジのような手が、そっと重なった。
「……だけどね。
ホントはね……
パパが後ろにいてくれるのも、
すっごく好きなんだ」
その声は、
こたつのぬくもりに溶けるように、小さかった。
冷たい冬が来ても――
(ここは、ずっとお前の特等席や。
……けど、いつまで来てくれるんやろな)
胸の奥に浮かんだ想いを、
ピッカルドは言葉にしなかった。
この手のぬくもりだけは、
きっと、変わらない。




