8 スポーツタオル
倉庫に荷物を積んでいる。
いや、積まなければならない。
なのに、積むべき棚が見つからない。いくら探しても見つからない。
カートラを押しながら荷物のナンバーと同じ数字を探すが、棚に付けられた札に書かれているのは訳のわからない文字で、数字になっていない。
これ、どうやって照合するんだ?
「何やってんだぁ! この愚図!」
背中の方から罵声が飛んでくる。素っ裸の尻に向かって‥‥。
くすくす笑う声が聞こえた。
「モタモタしてると、カンチョするぞぉ?」
今度はあからさまに下卑た笑い声が起こる。
屈辱感を精一杯の精神力で怒りに変えてふり向く。
サーチライトが顔を照らし、眩しさに目が眩んだ。
細めた目をもう一度開けると、夜が明けていた。
ため池の脇の茂みの陰で、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
A65はあたりを見回した。
少し先に明かりの消えた街路灯が立っている。
眠っている間に発見されたりはしなかったんだな‥‥。とまずそのことに安堵した。
茂みの陰になって、道路から見えにくい場所だったのがよかったのかもしれない。
体のあちこちが痛い。
朝の光で見るとため池の水は緑色で、とても飲めるようなものではないことがわかった。
ため池のフェンスに沿って細い道が山の方に続いている。
メンテナンスのために人が通るだけ——という感じで、ところどころ地面が露出した草の丈が短いだけの小道だ。
その道の端に、泥にまみれたタオルのようなものが落ちているのが見えた。
A65は立ち上がって、そっちの方に行く。
拾ってみると、それはスポーツタオルだった。
誰かがフェンスに掛けて忘れていったものが地面に落ちたんだろうか。
いつ頃からそこにあったのか泥だらけだったが、エンジにブルーのラインが入ったデザインで、A65の体に巻きつけられそうなほどには長さがあった。
泥を草で丁寧に拭って、それを腰に巻いてみる。
ただのタオル1枚だが、A65はそれだけでようやく少しだけ守られたような心地になれた。
何からだろう?
自然だろうか?
こんな経験をするまでは、A65は「自然」は美しいもので(部屋からあまり出なかった聖はほぼ動画で見るだけだったが)人間がそれを汚しているんだ——というような固定観念しか持っていなかった。
自然が恐ろしい、と感じたのは拘置所から放逐されてからだ。
裸の身体が受け取るそのナマな感覚は、ニンゲンがなぜ衣服を作り、住居を作ったのかを理屈ではなく教えてくれた。
俺は‥‥何も知らなかった‥‥。
「やっぱりまだいたんだな。」
A65が腰にタオルを巻いたままで、ぼうっと突っ立っていた時、ふいに背後から低い声が聞こえた。
心臓が飛び出そうになってふり返ると、ため池のフェンスの角に昨夜のオヤジがゴルフクラブを持って立っていた。
恐ろしいのは、自然より人間——。
そんな言葉が頭に浮かぶ。
逃げなきゃ‥‥。
と思ったが、足がすくんで動かない。
狩られるのか? ここで‥‥。
あのオヤジ1人じゃないだろう。
ここまでわざわざ探しに来た——ということは。
人数を、集めてきたに違いない。
自分を狩りにきた人間に見つかった——。という恐怖は、たった1人でその場に置かれた者にしかわかるまい。
何もしません!
大人しく山に帰ります!
そんなふうに言えば、許してもらえるのだろうか?
それとも、危険な人権剥奪者は駆除すべき——と考えているだろうか?
人権剥奪者がその後どうなったか、についてはニュースなどでもみることがないが、A65は人里に現れたクマの駆除映像は何度か見たことがある。
あれの立場に今自分がなっているのだ、と‥‥。そう思ったら、背中に嫌な汗がじとりと出てきた。
逃げなきゃいけないのに‥‥。
足が動かない。
オヤジはゴルフクラブを持ったまま、その場に立っている。
こちらに入ってくる様子はない。
応援が来るのを待っているのかもしれない。
そのオヤジが口を開いた。
「人権剥奪者だろうと、言葉はわかるんだろう?」




