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アニマル  作者: Aju


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7 ヒトの住む世界

 道が、砂利からアスファルト舗装に変わった。

 足の痛みが少なくなって歩きやすくなり、A65は少しほっとする。


 道はさらに下って1本だけの街路灯のあるところにくると、左側に小さなため池があった。

 水‥‥

 と思ったが、フェンスに隔てられている。

 錆びた鉄のフェンスは、むき出しの肌を傷つけそうで乗り越えるのをためらった。


 少し先に人家がある。

 外水栓があるかもしれない。

 いや、あるはずだ。車なんか洗ったりするから——。

 一時、建設現場のバイトをしたことのあるA65はそんな知識を持っていた。


 窓から明かりが漏れている。

 A65は用心深く近づいた。


 いきなり明かりが(とも)って、A65は心臓が止まりそうなほど驚いた。

 ただの人感センサーだと気がついても、まだ胸がドキドキしている。


 中の人には気づかれなかったようだな‥‥。


 その明かりの中で、駐車場のコンクリートに埋め込まれたBOX型水栓が見えた。

 思わず駆け寄ってしゃがみ込み、フタを開ける。

 蛇口をひねると水が出た。


 水だ!


 喉を鳴らして水を飲む。

 涙が出た。


 腹が減っているのでガブガブ飲んでしまう。

 そうして少し人心地ついた頃、A65は思い出した。

 そうだ、GPS!

 近づくとスマホに警報が鳴るんだった。


 誰かいないか——と顔をあげてあたりを見回す。

 駐車場に面した小さな窓からこちらを見ている顔と目が合った。

 その目に恐怖の色が浮かんでいる。


 A65は慌てて立ち上がって走り出した。

 転びそうになりながら、もと来た道の方に走り出す。

 たぶんA65の目にも同じ色が浮かんでいるだろう。

 腹がちゃぷちゃぷいった。


 最初の街路灯の近くまで後ろも見ずに走って、道傍の暗がりの中からふり返る。

 誰も追いかけてきてないか?


 追いかけてきてはいなかった。

 しかし、さっき目が合った人だろう。ゴルフクラブを持って外に出てきていた。

 あたりを警戒しながら、しゃがんで何かをする。


 ああ、そうか。

 蛇口閉めるのも忘れて逃げてきたんだ‥‥。


 その人は立ち上がってもまだゴルフクラブを構えたまま、油断なくあたりを警戒して眺めまわしている。

 50がらみの体格のしっかりした男性だった。


 ゴルフクラブ‥‥。


 迂闊に人家には近づけない。

 どれくらいの距離に近づいたら警報が鳴るのだろう?


 あんな物で襲われたら、ひとたまりもない。

 何か防ぐための棒‥‥と思ってあたりを見回してみたが、そんなものは落ちていなかった。

 いや、たとえあったとしても反撃して怪我でも負わせたら、今度こそ猟友会が山狩りに乗り出して()()されるだけになる。


 しばらく暗がりの中で怯えながら身を潜めていると、やがてその男性はゴルフクラブをぶら下げて家の中に入っていった。


 A65は行き場を失った。

 道路は全て、人家の前を通っている。


 暗がりにうずくまったまま、自分が出てきた山の方を見る。

 道の先は、漆黒の闇だ。


 ホホッホ‥‥

 ホッホッホ‥‥‥


 何かの動物が鳴き交わす声が聞こえた。

 猿だろうか。


 目を凝らしても、闇しか見えない。

 そこは彼らの縄張りなんだろうか?

 鋭い爪もなければ、煎餅を噛み砕く程度の歯しか持たない。貧弱な筋肉と、ひ弱な皮膚。身体を守るふさふさの体毛すらない。夜目も効かない。

 襲われればひとたまりもない脆弱な生き物‥‥。


 夜のそちらは、A65の行ける場所ではない。


 反対側を見た。

 人家の暖かそうな明かりが見える。

 しかしそこに住んでいるのは、A65を危険な獣として恐れ、駆除しようとする()()()()()()たちだ。

 向けられるのは恐怖と嫌悪に裏打ちされた攻撃の眼差し。

 そこは一瞬たりとも居られる場所ではない。


 行く場所がない。

 この小さな闇溜まり以外‥‥。


 かつて、A65がまだ『(さとし)』だった頃。

 全ての社会との関係を絶って人生を終わりにしようと思った。

 軽トラックで店舗のガラスに突っ込み、逃げ惑う人々を手当たり次第に刺した。

 死刑で構わないと思った。‥‥いや、それを望んでさえいた。

 しかし、「死刑」は2年前に廃止されていた。



「被告人を人権剥奪刑に処す。」



 あれほど「断ち切ってやる!」と思っていた人間社会から、完全に断絶してしまった今‥‥。

 全ての人間社会からの保護を失った今‥‥。

 A65はただのひ弱な生き物以外の何でもなかった。


 A65は街灯の脇の小さな暗がりの中で震えている。

 寒いわけではない。

 1匹の獣としての身体が、ただ生を求めて足掻いているのだ。


 その足掻きに逆らうだけの何ものも、A65の精神は持っていなかった。



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