表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アニマル  作者: Aju


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/20

4 A61 サチコ

「おら、クスリ飲んどけ。おべべ着せてやるからよ。」

 A61の前に、ポンと避妊薬の錠剤が放り投げられた。

「人権剥奪者との間にガキなんか出来たら冗談じゃ済まねーからよ。」

 健次はそう言って、へっ、という感じの息を吐いた。


 A61はのろのろとその錠剤を口に入れ、コップの水で飲み下す。

 ベッドの上に白っぽいワンピースが投げられる。

 おべべ着せてやる——といっても、それは着せてくれるという意味ではなく、着ることを許可する、という意味だ。

 A61に許可されている衣類は、その尻がぎりぎり隠れるような短いワンピースと黒いハイソックスだけだ。

 そのいでたちは健次の趣味である。


 A61は法律上は健次の飼育獣ということになっている。

 平たくいえば「飼い犬(ペット)」だ。

 怯えながら橋の下を彷徨(さまよ)っていたところを健次に拾われた。

 法律上の「飼い主」は健次として届けてあるが、実質的には組の財産である。


 拾ってきたのが健次ということで、一応、組からは健次に飼い主としての特権が与えられている。

 つまり、A61とヤりたい時にヤっていい、というだけの特権だが健次は「得をした」と思っている。


 A61は、いわゆる可愛い系美人だ。

 その顔の大きな「X」が、かえって否応なく健次をそそった。

 拾った理由の一番目がそれなんだから、得したと思わないわけがない。

 上の者が「ヤらせろ」と言ってきた時には、もちろん健次に断れるわけではないが、別段健次はA61を独占したいとは思っていない。

 下の若い連中にも、手柄を立てた時の褒美として貸してやることがあった。


 もちろん、それだけの用途でA61が組に飼われているわけではない。


「おい、散歩に行くぞ。ハーネスを付けろ。」

 散歩、というのは仕事のことだ。


 一応、表向きA61は猛獣として飼い主による厳格な管理が義務付けられている。

 健次が外出する時や定期監査が入る時には室内の檻に入れられるが、健次がいる時は室内ならば自由に歩き回ることができた。

 ときに健次は優しい顔を見せることもあった。


 かつて『幸子』という名前があったA61は、こうして餌がもらえて飼ってもらえるだけで幸運なのだと思うしかないのだと自分に言い聞かせている。

 ご主人様は、——健次。

 その言うことは絶対で、A61の意思も気持ちも関係ない。


 今に始まったことではない。

 子どもの時からそうだった。

 あたしは‥‥結局、こういう世界からは逃げられないのだ。こういうふうに生きてゆくことしかできないのだ。

 出られるかもしれない‥‥と思ったこともあったけれど、結局ここに舞い戻った。

 子どもを2人も殺したんだから、当然の罰だろう。

 こういう人生しか用意されていないのだ。この先もずっと‥‥。


 死のう‥‥とは思えなかった。

 そういう観念的な「死」は、裸でむき出しの自然の中に放り出されたとき、身体そのものが拒絶した。

 その圧倒的な肉体の足掻きの前に、ひ弱な精神は屈服するしかなかった。


 A61は自分の首にハーネスの付いた首輪をつける。

 カギは健次が持つ。


 ()()とは、健次の仕事の相棒として健次の行くところについてゆくことだった。

 法律上も、ハーネスでしっかり管理されていれば「人権剥奪者」の屋外散歩も合法なのである。

 そこから先が、グレーゾーンになる。


 健次の仕事は、金の取り立てだった。

 組が運営する闇ローンの返済金や、他のトーシロ闇金の利用者の過払い金‥‥などである。

 時効を理由に過払い金を返そうとしない金融業者などの事務所に、()()()を連れて乗り込むのだ。


 尻が見えそうな短いワンピースに黒のハイソックス。

 そんないでたちの美形の女。

 その顔には、デカデカと「X」の刺青(いれずみ)——。


 大きくニュースで取り上げられていたから、誰もがその顔を知っている。

 子ども2人を含む3人の喉頸(のどくび)を鋭利な刃物で切り裂いて、人権剥奪の判決を受けた女。


 男なら、まずそのいでたちに思わず下半身に目がいってしまうだろう。

 そして再び、大きく「X」が刻印されたその美しい無表情な顔に視線が移動する——。

 たいてい誰もがそういう反応をした。


 健次は別に脅し文句を言うわけでもなんでもない。

 穏やかな声音で「支払いの期限がきましたので‥‥」と言うだけだ。A61に銃刀法に違反しない程度の刃渡りの小さい果物ナイフを渡しながら——だ。

 それでたいていは、相手方はおとなしく払ってくれる。

 A61は特に何もする必要はなかった。


 いかつい男ではなくて、美人で(はかな)そうな女だからこそ、そんな女がやや哀しみをたたえたような無表情で立っているからこそ、相手の恐怖も膨れ上がるのだろう。

 組にとって、さまざまな交渉ごとの場でA61という()()()は役に立った。


 ひと仕事終えれば、健次はA61にベッドの上で四つん這いになるように命じる。

 それも、また、生きていくための日常のルーティーン。


 笑えと命じられればA61は健次に微笑んで見せるが、通常はいつも表情が薄い。


 あたしは心をどこに置いてきたんだろうか?

 あの裁判所の中だろうか?

 それとも、子どもを殺したとき?

 いいえ、あの時の方がむしろそれらしいものがあったような気がする‥‥。

 もしかしたら、もっともっとずっと前に取りあげられてしまっていたのかもしれない。

 子どもだったあたしには、手の届かないところに‥‥。






これ‥‥「R15」で大丈夫かな?

一応直接的な表現は避けるようにしているけど‥‥。(^^;)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ