37 魔王の家
A66=リュウジは、世間ではバケモノと言われている。
しかしA61の目にはそうは見えなかった。
別に、自分の戒めを解いて優しくしてくれたから、ということではない。
すでに死を決してしまったA61ならでは、もっと深い部分でA66の本質を見ていたようである。
初めてその姿を見た時には鋼のようなその体に圧倒されたが、顔面に大きく刻み込まれた『X』の向こう側に、A61は何かひどく幼さを感じさせるようなものを見たのだ。
たしかに残酷ではある。
その態様は強烈ではあるが、しかしある種こどもの持つ残酷さと似ているようでもある。
ある時、こんなことがあった。
どこかの半グレでリュウジに逆らった男が捕まえられて、龍神城に連れてこられた。
龍次はその男の戒めを解かせて、こう言った。
「男の価値は強さだ。俺を倒せたら許してやろう。伝説になるぞ?」
相手の男の目にある種の希望のようなものが宿る。が、すぐには動けない。A66の圧力がハンパないのだ。
「ハンデをやろう。俺は左手しか使わない。誰も手を出すな。」
そう言って周りを囲む配下どもを見渡した。
A61にもちらと視線を向ける。「見てろ」という表情だ。
つまり一瞬、連れてこられた男が視野から外れて隙ができた。
相手の男がそれを逃すはずがない。
近くにいた配下の腰にあったナイフを目にも止まらない早業で奪い取り、ノーモーションでA66に襲いかかった。
ナイフを構えた体ごとミサイルのようにA66に向かって一直線に飛ぶ。
弾頭のナイフがA66の心臓を貫いた。
‥‥かに見えた時、A66の体はそこにない。
左拳が男の顔面にカウンターで炸裂し、男の体は激しく回転して床に後頭部を強打した。
先ほどの隙は、武術でいう誘いだったんだろう。
およそ格が違う。
そこで止めておけば武道家としても人格を認められるところなのであろうが、そこからがA66の全く異なる部分だ。
床で意識を失っている相手の頭を、さらに左拳で数回殴りつけた。
ぐしゃっ‥‥
と音がして、相手の男の頭部の形が変形した。
眼球が飛び出し、鼻からどろりと赤いものが流れ出す。
A66が顔を上げて、配下たちの方を見て笑った。
悪魔の笑いだ。
「ミンチにして便所にでも流せ。」
これがA66が恐れられる所以だ。
だが、そんなことをしたあとA61の方を向いて帰ってくるA66の顔の『X』の背後に、A61は幼い子供の顔を見る。
この子は、愛されたことがないんだ‥‥。
愛されることを知らずに育った‥‥いや、もしかしたら育つことができなかったのに違いない‥‥とA61はその奥底を見抜いている。
それは同じような境遇に育ったA61だからわかるのかもしれない。
+ + +
自身がいかに残酷で恐ろしい存在か。
A66は、それを見せつけたあと他人が見せる怯えの目の色を、楽しむと同時に軽蔑もしていた。
それは配下の男どもも、すり寄ってくる数多の女どもも同じだった。
怯えと共に、嫌悪と媚態の色が目の中に見える。
男の価値は強さだ。
強くなければ、彼らと同じ目の色を見せることになるのだ。
ただ‥‥
A61だけが、全く違う目の色をしていた。
目の前で人を殺して振り向いたとき‥‥
これまで周りにいた女なら、怯えと、そして自らが次の犠牲者とならないために媚びの色をその目に浮かべて微笑んだりしたものだ。
A61は全く違った。
怯えも嫌悪も否定もなく、あまつさえ媚びなど微塵もなく、ただ、ベッドにいる時と同じようにA66の帰りを待っている。
なんなのだ、こいつは?
だが、A66には撥ねつける気持ちも拒否する気持ちも起きない。
ひどく心地よく、ベッドで性的欲求を満たしたあとの微睡の中でA61に髪を撫でられている時など、ふとミルク色の夢を見ることがあった。
まるごとの肯定。
A61の目の中にある色はそんなものなのかもしれない。
こいつといると、俺は弱くなってしまうのではないか‥‥?
A66はふとそんな不安に駆られることもあったが、しかし、A61を突き放そうという気にもなれなかった。
本人は気づいていないが、龍神帮という遊びに遊び疲れて帰ってくる場所——もしかしたらA61の目の中にあるものはそんなものだったのかもしれない。
しかし、A66の微かな不安は顕在化はしない。
A66は相変わらず、龍神城においては魔王のままであった。




