表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破滅フラグ回避しまくったら、冷徹チートで無双してました!  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/26

第7話 笑う悪役、揺れる王女

王女セリーヌが侯爵邸を後にして、まだ半日も経たぬうちに――。

王都の空気は、まるで火のついた油のようにざわめいていた。


「聞いたか? 侯爵が王女殿下を泣かせたって!」

「“お飾りの王女”って言ったらしい!」

「うわぁ……命知らずだな。さすが“冷酷侯爵”!」


酒場でも市場でも、噂は瞬く間に広がった。

事実は誰も知らない。だが、尾ひれは羽ばたくように増え続ける。

“侯爵ルシアン=ヴァルグレイ、王女侮辱事件”――その見出しが人々の口に踊っていた。


その報告を受け、侯爵邸の執務室。

重厚なカーテンの隙間から光が差し込み、机上の文書を照らす。


「……ふむ。」

ルシアンは報告書をめくり、口元にわずかな笑みを浮かべた。


「面白い。民の口は実に軽い。だが、悪評も使いようだ。」

「侯爵様……よろしいのですか? 王女殿下の怒りを買えば、やがて勇者様にも――」

「望むところだ。敵意が深まるほど、筋書きは自然になる。」


紅茶の香りが静かに漂う。

だがその瞳の奥に宿る光は、鋭く、何かを見据えていた。


「……この国の“正義”は、感情で動く。ならば俺は、感情を操る悪として生きよう。」

「……」

セバスチャンは黙して頭を下げた。

その表情の奥に、わずかな影が差す。

――主はどこまで“悪”を演じ続けるのか。

忠誠の心に、ほんの一滴の疑念が落ちた。




数日後、午前。

王都中心区を抜ける石畳の道を、黒塗りの馬車が進んでいた。

その中で、ルシアンは書簡を読みながらぼそりと呟く。


「議事堂での面会、か。……面倒だな。」


外ではセバスチャンが御者を務める。

王都の喧騒の中、突然――


ガタン、と馬車が大きく揺れた。


「……何だ?」


前方の角を曲がった瞬間、眩い白銀の馬車が現れた。

王家の紋章――リグレインの双翼が刻まれている。


「……王女殿下、か。」


目と目が、わずかな隙間からぶつかる。

互いに一瞬、時が止まったようだった。


「……っ!」

セリーヌの表情がこわばる。だがその直後――


ゴトンッ!


王女の馬車が石畳の段差で大きく揺れた。

セリーヌの身体がふわりと浮き、窓際に傾く。


「きゃあっ――!」


咄嗟に馬車を飛び降り、駆け寄ったのはルシアンだった。

黒い外套が翻り、伸ばされた腕が彼女の腰を確かに掴む。


「……殿下。」


金糸のような髪が風に舞い、二人の間をかすめた。

一瞬、世界の音が消える。

青と黒――二つの瞳が、間近で交わった。


「~~~~っ!」

セリーヌの顔が、瞬時に真っ赤に染まる。

まるで煮え立つ紅茶のように、頬まで熱くなった。


「王女殿下ともあろうお方が、この程度で転びかけるとは……やはり“お飾り”か?」

「な、な……! だ、誰が助けてくれと頼みましたの!? 放しなさいっ!」

「……では、落ちますよ?」

「~~っ! お、お放しなさいってばぁ!」


周囲には、通りの人々がぽかんと見つめていた。

護衛たちが慌てて駆け寄るが、セリーヌはルシアンの腕を乱暴に払い、ふらつきながらも立ち上がる。


「もう結構ですわ! 二度と関わらないで!」

「ええ、願ってもない。」


皮肉げに微笑むルシアン。

その目の奥には、冷たい計算が宿っていた。


(敵意も評判も、すべて計算通りだ。俺は“悪役”で構わない。だが――見られている。民衆は、“侯爵が王女を助けた”という光景を。)


通りの噂はまたひとつ、尾ひれを得る。

『侯爵は冷酷だが、義理は通す』と。

それが、ルシアンの狙いだった。




王宮の一室。

夜の帳が下り、窓辺に月光が差し込む。


セリーヌはベッドの上で転がっていた。

金の髪を乱し、顔を真っ赤にして枕を抱きしめている。


「~~~~~っっ!」

「お、お嬢様……お体の具合でも?」

「な、なんでもありませんっ! 誰も入らないでっ!」


侍女が慌てて退室し、部屋にはセリーヌ一人。

彼女は枕に顔を埋めながら、ぐるぐると唸る。


「冷たくて、意地悪で、最低で……! でも――」


脳裏に蘇る、あの瞬間。

自分を支えたルシアンの腕の強さ。

わずかに香った紅茶と黒檀の匂い。

そして――ほんの一瞬、彼の瞳に映った“柔らかい何か”。


「……あれは、錯覚よね?」

心臓が、ドクンと鳴る。

「どうして……どうしてこんなに気になるの……?」


怒りとも恥とも違う、もどかしい熱が胸を締め付ける。


「……嫌い。大っ嫌い。……なのに、なぜ……」


枕に顔を埋め、声にならない叫びをあげた。

その瞳の奥で、小さな“興味”が芽生える。

彼の冷たい仮面の下にあるものを、知りたい――

危うい想いが、彼女の心に根を張り始めた。




夜。侯爵邸。

ランプの灯りが執務机を照らし、書類が整然と並ぶ。


「王女殿下は、たいそうお怒りのようで。」

セバスチャンの声に、ルシアンは視線も上げず答えた。

「予定通りだ。」


さらりと紙をめくる音。

だが、指先がわずかに止まった。


(……あの顔。頬の赤みは怒りか、羞恥か……それとも。)


「……くだらん。」

椅子にもたれ、低く呟く。

「俺が気にすべきは“破滅回避”だけだ。」


ペンを走らせながらも、胸の奥に妙な引っかかりが残る。

セバスチャンは静かにそれを見つめた。


「……侯爵様。」

「なんだ。」

「……あなたは、本当に“悪”を演じ切れるおつもりですか。」

「演じる? 違うな。これは選択だ。俺が生き残るための。」


静寂。

ランプの炎が、二人の影を揺らした。

セバスチャンは深く頭を下げ、ただ一言、心の中で祈る。

――願わくば、この仮面の裏に、まだ人の心が残っていますように。




その頃、王都南区の訓練場。

勇者アレンは剣を握りしめていた。

風を切る剣閃。額を流れる汗。

だが、その瞳は穏やかではなかった。


「……ルシアン=ヴァルグレイが、王女殿下を侮辱した?」


仲間の騎士が息を呑む。

アレンは剣を鞘に戻し、静かに言った。


「王女殿下は、俺たちの希望だ。彼女を貶めることは、この国を侮辱することと同じだ。」


握りしめた拳が、震えている。

それは怒りだけではない。

ほんのわずかに混じる“嫉妬”が、彼の胸を焦がしていた。


(侯爵……次に会う時は、必ずお前を裁く。

光の名の下に――お前の“偽りの正義”を、俺が終わらせる。)




その瞳に宿った蒼き炎が、次の悲劇を呼ぶことを、彼はまだ知らなかった。



夜風が吹く。

侯爵邸のバルコニーに、黒衣の男が立っていた。

月光を浴び、静かに目を閉じる。


「……俺を憎め。お前たちが笑える未来のために。」


彼の瞳に映るのは、遠く光る王城の灯り。

その下で、王女もまた、窓辺で同じ光を見つめていた。


セバスチャンが静かに背後で言う。

「……もしも“悪”を演じる理由があるのなら。どうか、その道の果てで救われますように。」


風が二人の間を通り抜け、夜空に溶けていった。

まるで誰かの祈りを運ぶように――。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ