第28話 氷原の果て
北方大陸の果て。
地図の端に曖昧な形でしか描かれない。
白銀の世界。
吹雪が止む瞬間、この地には不気味な静寂が訪れる。
音が消え、風が息を潜め、世界そのものが凍りついたかのような錯覚――。
その中心に聳え立つのが、聖ノエル修道院。
かつて祈りと救済の象徴だったその地は、今やクレイモア家の極秘防衛拠点として閉ざされていた。
――そして今。
雪煙を裂き、五つの影がその地を踏みしめていた。
先頭を歩く黒髪の剣士が、ぴたりと足を止める。
その眼差しは、凍てつく空気をも斬り裂くように鋭い。
「……風が止まった。ここが、“氷壁の内側”だ」
アレン・ヴァルデンは、白い息を吐きながら前方を見据えた。
彼の視線の先、薄氷の彼方に氷柱と白石で構成された巨大な聖堂が姿を現していた。
白の神殿――聖ノエル修道院。氷と祈りに封じられた禁域。
リリィ「感じるわね……聖属性の結界。三重構造よ。外層が防御、内層が反射……。あーもう、ややこしい!」
「突破できるのか?」
アレンの問いに、リリィは即答した。
「できるか、じゃないの。するしかないの」
「そりゃ結界が何重だろうと関係ねぇな! 剣が通るなら話は早い!」
ガイアが豪快に笑う。
「脳筋の模範解答ね……」
「褒めてんのか?」
軽口を交わす二人をよそに、カミラは弓の弦を指で弾き、静かに息を整えていた。
「弦が凍りつく寸前。でも視界は悪くない。狙いは取れる」
トレヴァーは一歩遅れて、修道院を見上げていた。
「……ここは“祈りの地”。誰かがまだ祈っている……感じるよ。悲しいほど純粋な祈りの波動」
その言葉に、全員が一瞬だけ黙り込んだ。
吹雪が完全に止み、雲の切れ間から薄い光が差す。
氷壁に刻まれた――クレイモア家の紋章。
巨大な氷の聖門が、軋む音を立てて開いた。
氷の聖門が開かれると同時に、白銀の軍勢が整列した。
全員が祈りの言葉を口にし、氷の槍を構える。
「……随分、歓迎が手厚いな」
アレンが剣を抜く。
刃に、淡い蒼光が宿った。
前に出たのは、氷のマントを纏う男。
「我は聖騎士団長ベルグ!」
重々しい声が響く。
「勇者パーティー――この地に立つ資格はない。我らが主、クレイモア家の意志により、お前たちは“罪人”と断ずる!」
その宣告と同時に、無数の氷槍が空中に生成される。
アレン「罪人、ね。……いいだろう。だったら、俺たちの正義で貫いてみせる!」
蒼い閃光が走った。
「光聖連断――!」
轟音とともに氷壁が崩れ、前線の聖騎士十数名が氷に呑まれる。
リリィ「派手にやるわね……私も負けてられないわ。雷霆ノ楽章――っ!」
空を走る三重の魔法陣。落雷が雨のように降り注ぎ、白銀の聖騎士がさらに十数蒸気と化す。
爆風に乗って雪が舞い上がる中――
「相変わらずやりすぎだな、リリィ!」
大剣を担ぐ戦士――ガイア・ブライトハンドが豪快に笑う。
「この程度で溶ける氷壁が悪いのよ」
リリィがウィンクする。
ガイア「おらあああッ! 氷なんざ砕けりゃ終いだ! 断天轟破ッ!!」
大剣を地に叩きつけた瞬間、地表が波打つように爆裂した。
氷の大地ごと聖堂の壁が粉砕され、衝撃波が敵陣を飲み込む。
カミラ「……見えた。補佐官、右斜め後ろ。心臓を一撃。黒影穿光」
放たれた矢が黒い閃光となり、数百メートル離れた敵の胸を貫く。
反応すら許さない精密射撃。
「……確認。排除完了」
「うわぁ、やっぱり一発で心臓か。カミラ、怖ぇ……」
ガイアが軽口を叩くが、カミラは表情ひとつ変えない。
「感情は不要」
「おいおい、ちょっとは楽しもうぜ?」
「……楽しいのは、百発百中を維持できた時だけ」
「うわ、やっぱ怖ぇ」
トレヴァーが杖を掲げる。
「――我が祈りは断罪の光。聖光断罪」
金色の光が戦場全体を覆い、敵の治癒魔法及び神聖魔法が全て無効化される。
それは“戦闘”ではなかった。
殲滅だった。
氷の防衛陣は、沈黙した
修道院内部――。
崩れた聖像、凍りついた祭壇。
天井の裂け目から月光が差し、粉雪が舞っている。
リリィが杖を掲げる。
「……魔力反応あり。これは……クレイモア家の紋章魔法。でも、攻撃じゃない。封印系ね」
カミラが耳を澄ませながら呟く。
「……誰かの声がする。“主は……まだ目覚めていない”……祈り?」
トレヴァー「……まるで祈りが生きてるみたい。長い時間、誰かを守るために……」
「封印……いや、これは“生贄の儀式”の残滓だ。誰かを犠牲にして何かを封じた――」
アレンは低く言った。
その名が脳裏をよぎる。
――エリアス・フェルン。
「エリアス……あなた、まだ……」
リリィの声は震えていた。
沈黙が落ちる。
その瞬間――。
凍った扉が軋み、重い音を立てて開いた。
吹き荒れる氷気の中から、ボロボロの甲冑姿の聖騎士団長、ベルグが歩み出る。
「ここを越えることは許さぬ。この地は、クレイモア家が“神のため”に守る聖域だ。」
「神、ね……」
リリィが冷笑する。
「あんたたちの“神”って、誰のことかしら?」
ベルグの目が鋭くなる。
「問うな。お前たちには理解できぬ。」
「理解したくもないわ。」
氷の腕から放たれる聖光の槍が天を突く。
修道院全体が青白い輝きに包まれた。
瞬間、吹雪が渦を巻き、氷柱が地面から立ち上がる。
氷の嵐が、勇者たちを呑み込もうとして――
アレン「まだ立つか……! なら、全力で応える!」
ガイア「悪ぃな団長! 氷が相手じゃ、俺の剣が泣くぜッ! 戦剣断層破!!」
地面が波打ち、氷柱を吹き飛ばす。
ベルグの瞳に、恐怖が走った。
「馬鹿な……この力は、神の……」
リリィ「氷の嵐ごと焼き尽くす! 紅蓮昇華!」
炎柱が天へと昇り、氷を蒸発させ空気を歪ませる。
吹雪が一瞬、紅に染まった。
カミラ「狙いは一点。燃え尽きる前に貫く……極近・零射程!
矢が放たれた瞬間、音が消える。
その一矢は光より速く、ベルグの胸甲を貫いた。
トレヴァー「その魂に、安息を。暁光賛歌!」
聖なる旋律が戦場を包み、氷が静かに溶けていく。
アレン:「これで――終わりだ! 蒼天裂斬!!」
蒼と金の光が交わり、剣が放たれる。
光線が一直線に走り、氷の牢獄を貫いた。
ベルグは微笑んだ。
胸を貫かれながらも、どこか安らかな表情で――。
氷の粒となり、風に溶ける。
騎士団の残兵が退き、アレン達は修道院内部へ踏み込んだ。
廊下には氷結した修道女の姿が並ぶ。
祈りの途中で凍り付いた者もいる。
カミラ「……まだ終わってない。地下から、魔力の揺らぎを感じる」
リリィ「“祈りの残滓”……ルシアンが言ってたのは、これね」
アレン「行こう。エリアスが生きているなら――そこに答えがある」
倒れた修道女の亡骸が、微かに唇を動かした。
「主は……すぐに……」
静かに目を閉じると、光の粒となって消えていった。
氷の大地に、五つの影が進む。
その先には――封印された地下聖堂“祈りの残滓”が待っている。




