第24話 影の使者
雪原を渡る風は冷たく、空は鉛のように重かった。
勇者アレンたちは、巡礼街《祈望街》に訪れていた。。
「……あれが、“聖女エリアス”が祈りを捧げていた修道院か」
アレンが小さく呟く。
雪の中でもその白い尖塔はくっきりと浮かび上がり、まるで時の流れを拒むように佇んでいた。
「静かね。まるで、時間が止まってるみたい」
カミラがマントを翻しながら呟く。
リリィは凍える指をこすりながら、窓の奥に灯るわずかな光を見つめた。
扉を開くと、温かな空気と共に修道女たちが現れた。
彼女たちはアレンたちを見るなり、驚いたように口元を覆う。
「あなたたちは……勇者様方、ですね」
「はい。聖女エリアスの祈りについて、確かめたいことがあるんです」
アレンが礼儀正しく頭を下げると、年配の修道女がゆっくりと頷いた。
その瞳の奥には――尊敬と、そしてわずかな“恐れ”があった。
「彼女の祈りは……優しかったのです。けれど、あの夜から“闇の鈴音”が聞こえるようになって……」
「鈴音?」カミラが眉を寄せる。
「魔族の呪いとは違うわね。もっと……人の心に響く音」
「“音”を媒介にした祈りか」トレヴァーが頷く。
「古代教典にも記録があります。“共鳴の祈り”――想いを音に変える術式だ」
「行こう」アレンの声が鋭く響く。
「真実を確かめる。彼女が本当に“闇”に堕ちたのか――」
礼拝堂は静寂に包まれていた。
祭壇の上に、淡い蒼光を放つ紋章が残っている。
リリィがそっと手を伸ばした瞬間――
光が弾け、空間がゆがんだ。
そこに、微笑むエリアスの幻影が現れる。
「……これは――」
子どもたちと花を編み、病人の枕元で歌を紡ぐ、優しい姿。
その光景は、まるで春の夢のように穏やかだった。
だが次の瞬間、映像は乱れ、黒い霧が礼拝堂を覆う。
《……どうか、この国に……あの戦を、繰り返させないで……》
《もし私が――なら、きっと“彼”は……》
《……運命を……変えなきゃ……》
「っ――!」
リリィは思わず耳を塞ぐ。
その声は祈りのようであり、叫びのようでもあった。
「……これ、祈りの記録?」
「違う」カミラが首を振る。
「これは、“未来”を見た声よ」
「未来……?」
アレンは唇を噛み締めた。
「……つまり、エリアスは視ていたんだ。王国が戦争を仕掛けるのを。」
静寂が落ちる。
アレンの声が低く響く。
「彼女は祈った。自己を犠牲にしてでも戦争を止めたかった。」
リリィの目に涙が浮かぶ。
「……そんな、優しい人なのに。どうして闇なんて言われたの……」
修道女たちの案内で、一行は教会の奥にある記録室へ向かった。
そこには、エリアスが残した手記や絵画が整然と並んでいた。
一枚一枚に綴られた言葉は、どれも人を想うものばかり。
貧しい子どもたちへの施し、疫病の村を救う祈り――
だが、リリィが一枚の壁画の前で立ち止まる。
「……この絵だけ、空が黒い」
絵の中央には、灰色の空の下で黒い花を手に祈るエリアスが描かれていた。
その瞳には悲しみが宿り、背後には見慣れぬ紋章――“王国と帝国の旗”が交錯していた。
「この時点で、彼女はもう……未来を知っていたのかも」トレヴァーが呟く。
「希望を描く絵じゃない。“覚悟”の絵よ」カミラが静かに言った。
「祈りは、もう願いじゃなかった。運命を変えるための――決意」
アレンは壁画を見つめ、拳を握る。
「……俺たちが、その祈りの続きを証明する」
教会を出て一日後。
雪原の真ん中、冷気が凍りつく夜明け前――。
勇者アレンたちは小さな丘で休息を取っていた――その矢先。
最初に気づいたのはカミラだった。
雪を踏みしめる音が、風よりも軽く、影よりも早い。
「……来るわ」
彼女の声に、全員が即座に反応する。
リリィは杖を構え、トレヴァーは祈りの書を開く。
ガイアは巨大な大剣を肩に担ぎ、アレンは静かに剣を抜いた。
雪の彼方――黒衣の影が、数十。
全身を覆う黒の外套、顔を布で隠し、統率された動き。
ただの野盗ではない。
殺意と沈黙、訓練された兵のそれ。
「数、六十二。斥候十三、狙撃十二、前衛四十七……狙いは、俺たちだな」
アレンが短く分析する。
風の中、トレヴァーが頷いた。
「中心の男、あれが――」
「……指揮官だな」
アレンの声が低くなる。
瞬間、雪原が爆ぜた。
爆音とともに、黒衣の部隊が一斉に飛び出す。
「来るぞ――構えろッ!」
ガイアが吠えた瞬間、彼の大剣が唸りを上げた。
「――《戦鎚断層破》!!」
轟音が雪原を裂く。
地面が波のようにめくれ上がり、前衛の暗殺者たちが雪煙ごと吹き飛ぶ。
雪原全体が震えた。
「一気に粉砕よ!」
豪快な声が響く。
その隙を逃さず、アレンが疾駆した。
剣を構え、刹那の光を生む。
「――《光閃突》!」
閃光のような突きが走り、敵首領の剣を粉砕。
男の体が地に叩きつけられ、雪煙を上げた。
その直後、後方の狙撃手が矢を放つ。
しかし――。
「見えてる。」
カミラの声。
彼女は風の流れを読み、わずかに首を傾ける。
狙撃手の矢が彼女の頬を掠めた瞬間、カミラの手が動いた。
「――《零距離狙撃・二連閃》!」
二発の閃光が逆光を切り裂き、背後の狙撃手を撃ち抜く。
雪の上に、黒衣が二人、糸が切れたように崩れた。
「後衛は落ちたわ。次――誰?」
カミラが余裕の笑みを見せる。
「誰でもいいが、もうちょい残っててくれ。リリィが魔力溜めてる」
ガイアが苦笑しながら構える。
「光と闇の狭間で――星よ、砕けろ!」
リリィが杖を掲げた。
雪原全体が青白く染まる。
「《星辰裂光》――発動!」
天から流星のような光線が降り注ぎ、範囲内の敵を焼き尽くす。
空気が震え、魔力が雪片を弾き飛ばす。
「ひゃっ……!ま、眩しい!」
ガイアが目を覆いながら叫ぶ。
「ごめん!ちょっと威力上げすぎたかも!」
「“ちょっと”の範囲で都市殲滅魔法撃たないで!?」
爆煙の中、敵の陣形が完全に崩れた。
トレヴァーがすぐに詠唱を開始。
「――《癒光輪》」
金の光が雪上に広がり、勇者パーティを包み込む。
星辰裂光で受けた傷が塞がり、体力が瞬時に戻る。
「助かる、トレヴァー!」
「冷静に。まだ首領が動いています」
雪煙の中から、首領が立ち上がった。
黒衣は裂け、血を吐きながらも予備の剣を構える。
「……やるな……だが、我らの使命は――」
「残念、それもここで終わりだ。」
アレンが低く呟き、剣を構え直した。
アレンが踏み込む。
剣先が閃き、雷光のような光条が走った。
戦闘時間、わずか五十秒。
雪に倒れながら、首領は必死に両手を上げた。
「ま、待て!言う!全部言う!言ってないことまで言う!」
「おっと、喋るタイプだな」
ガイアが大剣を肩に乗せる。
「まず――聖女エリアス! 戦乱を誘発する可能性があるって上層部が言ってたんだ! 本当だ!」
「あ、それとセリーヌ王女暗殺計画も進行中!でも多分関係ない!いや、関係あるかも!」
「我らはクレイモア家暗殺部隊! 首領は私だ! 昇格理由? くじ引きだ!」
「あと昼食はパンだった! 具はハム!いや関係ないけど!」
「実は俺、クレイモア家を裏切る予定なんです!……今はまだ内緒で!」
「任務書面もあるけど、雪で滲んで読めません!誓って偽物じゃないです!」
「いや誰も聞いてねぇけど!?」
ガイアが全力でツッコむ。
「余計な情報までありがとう」
カミラが冷たく言い放つ。
「……まだ変なこと言ってる」
リリィが呆れ声で呟く。
首領は必死に続けた。
「今後のお、王国と帝国の戦争……仕組まれてる!魔族の介入だ!上層部も知ってる!いや、むしろ乗り気だ!」
一瞬、空気が凍りついた。
その言葉だけは、笑えなかった。
アレンがゆっくりと歩み寄る。
剣の切っ先を首領の喉元に突きつけた。
「……命乞いより――祈れ。お前の神に。」
鋼の光が一閃した。
雪が静かに血を吸い、赤が白に滲んでいく。
風が再び吹き、雪片が舞った。
戦場は一瞬で静寂に包まれる。
「……戦乱誘発、か」
アレンが呟く。
剣を鞘に収める音が、やけに重く響いた。
「つまり、聖女エリアスの“祈り”が……未来の戦を止めるためのもの?」
リリィの瞳が揺れる。
「けど上層部は、それを“誘発”だと決めつけた……皮肉ね」
カミラが吐き捨てるように言う。
トレヴァーが静かに頷いた。
「恐らく、真実を隠したかったのでしょう。戦が“仕組まれている”と知られれば、国そのものが揺らぐ」
「……クソったれな話だ」
ガイアが大剣を地に突き刺した。
「聖女が命を懸けた祈りを、勝手に“罪”にしたってわけか」
アレンは小さく目を閉じた。
「なら、俺たちが確かめるしかない。彼女の祈りの意味を。」
雪原の向こう、遠くに《祈望街》の灯が見えた。
その光は、まるで――誰かの“祈り”の残り火のように揺れていた。
場面は変わり、高台。
ルシアンは望遠鏡を覗き、遠くで光る爆発を見て眉をひそめた。
風が止んだ。
雪に染み込む血が凍り、やがて透明な氷に変わる。
そこに映ったのは、五人の影。
勇者パーティ。
その背に、聖女の祈りがまだ息づいている。
「……、全滅クレイモア家暗殺部隊。ふむ。やはり“勇者”は物語を壊す存在だな。
………勇者パーティ、強すぎだろ。北の砦の地竜戦、あれ茶番か? 何だよこのインフレ」
背後から、優雅な声。
セリーヌ王女が白い外套を翻して現れる。
「ルシアン、どうしました?顔色が悪いようですが」
「いえ……勇者たちが、お強いだけで。援護が不要になりまして」
「ふふ。さすがは勇者アレン様。では、私たちも合流しましょう」
(心の声):「いやいやいや!合流したらバレるって!エリアスの件バレたら俺、粛清されるって!!」




