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破滅フラグ回避しまくったら、冷徹チートで無双してました!  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第20話 勝利の代償 ― 崩れゆく祈り

戦いは終わった。

 だが、北の砦には“勝利の音”よりも、“崩壊の音”が響いていた。


 焦げた石壁。崩れた城門。

 風が吹くたび、黒い灰が舞い上がり、夜空を曇らせる。


 勇者アレン・ヴァルデンは剣を地に突き立て、息を吐いた。

 その額には汗と血が混ざり、指先はまだ震えている。


「……これが、俺たちの勝利の代償か」


 誰に向けたわけでもない呟きが、静かに夜風へ溶けていく。

 周囲では兵士たちが歓喜と涙を混ぜた声を上げていた。


「やったぞ! 地竜が倒れた!」 「勇者様が――本当にあの化け物を!」


 叫びは歓喜であり、同時に悲鳴でもあった。

 仲間を失い、城壁を失い、それでも「生き延びた」ことへの安堵。

 それが、北の砦に残る唯一の“勝利”だった。


 アレンは空を見上げる。

 煙の向こうに、かすかに星が見えた。


「……誰かが、見ていてくれたらいいんだがな」


 その呟きに答える声は、まだなかった。



「……っ、はぁ……!」


 砦の隅。崩れた壁際で、僧侶エリアスが膝をついていた。

 白い法衣は裂け、袖口から血が滴る。

 彼女の張った《光の結界》が、地竜の業火を防いだのはつい数刻前のことだ。


「エリアス!」

 駆け寄ったのはトレヴァー・シルバーホーク。

 彼女の指先から放たれる治癒光が、淡く傷を包み込む。


「ヒール――……お願い、塞がって!」


 光が迸る。だが、血は止まらない。

 深く裂かれた腕の筋肉が、彼女の限界を物語っていた。


「ごめんなさい……」

 エリアスは、唇を噛んだ。

「皆さんの盾になるには……まだ、力が足りませんでした」


「違う!」

 低く、だが力強い声が響いた。アレンだ。


「お前がいなければ、砦は炎に呑まれてた。お前の光が、俺たちを守ったんだ」


 その言葉に、エリアスの指が震える。

 だが、俯いた瞳の奥には――小さな影があった。


 守れなかった命も、あった。

 祈ったのに、届かなかった。


 その事実が、彼女の胸を締め付ける。


「……私は、まだ未熟です」

 掠れた声が夜風に揺れた。

 その影は、静かに、確実に彼女の心を蝕み始めていた。



 夜。

 砦の広間には、焦げた匂いと安堵の香りが混ざり合っていた。

 粗末な木のテーブルに並ぶのは、乾いたパンと冷めた肉。

 それでも兵士たちは笑っていた。

 勝利の酒は、たとえ涙で薄められても甘いものだ。


「ははっ! 死ぬかと思ったな! だが勝てば痛みも旨い酒の肴だ!」

 ガイア・ブライトハンドが豪快に笑い、肉を引きちぎる。


「あなたの傷は肴にならないわ」

 冷たく刺すような声。リリィが淡々と返した。


「おいおい、冷てぇな。少しは労ってくれよ、魔法使い様よ」


「……なら、次はもう少し計画的に突っ込んでくれると助かるわ」


「へへっ、それは無理だな。俺の剣は勢いで振るうもんだからよ」


 そんな二人のやり取りを、アレンは黙って見ていた。

 テーブルの隅で、カミラ・ナイトウィンドが弓を磨く。

 戦場を映した碧い瞳は、静かに揺れていた。


 トレヴァーはまだ兵士たちの治療を続けている。

 癒しの光が広間の端で淡く揺れ、その中でカミラが小さく呟いた。


「勝利って……いつも、こんなに重いものなの?」


 アレンは顔を上げた。

「重くなければ、誰でも英雄になれる」


 カミラは微笑んだ。

 だがその笑みは、どこか寂しげだった。

 彼女は弦を指で鳴らし、夜空を見上げる。

 窓の外では、星がひとつ流れて消えた。



 広間の喧騒が静まり返った頃。

 アレンは一人、隅で剣を磨いていた。

 刃に映るのは、戦場と、自分の影。


「また、無茶をしたわね」

 声がした。振り向くと、リリィが立っていた。

 いつもの凛とした瞳に、少しの疲労が滲む。


「……エリアスのことか?」


「ええ。あの子、無理してたわ。限界を超えてたのに、それでも祈り続けた」


 アレンは磨く手を止め、剣を見つめた。


「俺たちが、あいつに背負わせすぎたんだろうな」

「違うわ。あの子が、誰よりもあなたを信じてたのよ」


「……だから、余計に怖いんだ」


 リリィの瞳がわずかに揺れた。

 アレンの声には、自嘲の色が混ざる。


「守れなかった人が、いる。俺のせいで。……また、同じことを繰り返すんじゃないかって思う」


「アレン……」


 リリィは少しだけ微笑んだ。

 その表情は優しく、けれどどこか切ない。


「あなたは“勇者”であっても、神様じゃない。だからこそ、私たちがいるんでしょ」


 アレンはその言葉に息を呑んだ。

 刃に映る自分の顔が、少しだけ柔らかくなる。


「……ありがとう、リリィ」

「ふふ、感謝の言葉は次の戦いで聞くわ。今夜は、休みなさい」


 リリィが背を向ける。

 その金髪が揺れ、香りだけを残して消えた。

 アレンは剣を見つめ、呟く。


「休めるものなら、な……」




 砦の外。

 夜風に月が滲む丘の上で、黒衣の男が立っていた。

 侯爵――ルシアン・ヴァルグレイ。


 手にしたワイングラスが、月光を反射して紅く光る。


「なるほど。僧侶は、すでに綻びを見せているな」

 薄く笑うその唇は、獲物を観察する蛇のよう。


「英雄は、傷つき、迷い、そして――“ほころび”から崩れる。

 その瞬間こそ、最も芸術的だ」


 ワイングラスを傾け、赤い液体が月を映す。

 その目は、既に次の舞台を見据えていた。



 翌朝。

 砦に冷たい風が吹いた。

 兵士たちは撤退の準備を進めている。

 そんな中、エリアスは一人、崩れた城門の前で跪いていた。


「どうか……私に、力を……」


 掌を組み、祈りを捧げる。

 だが、何も起きない。

 光はこぼれず、ただ風が通り抜けるだけ。


 その沈黙が、彼女の胸を締め付けた。


「私の祈り……届いていないのですか?」


 声が震える。

 涙が頬を伝い落ちる。


「エリアス」

 背後からアレンの声がした。


「もういい。休め」


 彼女は振り返り、微笑んだ。

 けれどその笑顔は、どこか壊れかけている。


「大丈夫です。……次は、もっと強くなってみせますから」


 その言葉に、アレンは何も返せなかった。

 ただ彼女の背を見つめる。

 その背が、まるで“祈りを手放す”予兆のように見えた。





 昼。

 砦を離れる一行。風が冷たく頬を撫でた。


 リリィが小声で呟く。

「……嫌な予感がするの」


「気のせいだろ」ガイアが笑う。

 だがその笑いもどこか乾いていた。


 アレンは剣を握りしめる。

「俺たちは、まだ終わっていない。

 この道の先に、また誰かを救えるなら……」


 その言葉は、自分自身への誓いのようだった。


 丘の上。

 遠くからそれを見下ろすルシアンが、再びワインを傾ける。


「さあ、“英雄譚”の幕をもう一度――壊すとしよう」

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