第18話 北の砦 ― 地竜変異種
北方への進軍路は、まるで世界の終焉を思わせる荒れ地だった。風が乾いた砂を巻き上げ、岩肌を叩きつける音は、まるで地獄の予告のように耳を突く。勇者アレン・ヴァルデンは先頭を進みながら地図を確認し、仲間たちに声を掛けた。
「あと一日で砦だ。気を抜くな」
ガイア・ブライトハンドは大剣を肩に担ぎ、笑みを浮かべる。
「まとめてぶっ飛ばしてやる!」
その声に、仲間たちは自然と士気を高める。しかし、カミラ・ナイトウィンドは少し離れた崖上から、静かに観察していた。影のように、孤高の射手として。
矢を番え、目を鋭く光らせる。
「矢は放てば戻らない。けれど……仲間の背中を守るためなら、何本でも射つ」
小型の魔物が岩陰から姿を現す。鋭い牙を光らせ、群れをなして迫る。リリィ・セントローズが杖を掲げる。
「炎弾! 焼き尽くして!」
火球が魔物たちに直撃し、体が焦げる匂いが風に乗った。ガイアはその隙に「連撃斬」を叩き込み、複数の魔物をなぎ払う。トレヴァー・シルバーホークが呪文を唱え、ガイアの筋力を補強する。
「勇者様! このまま行きます!」
アレンが剣を抜き、蒼刃・連斬を放つ。光が舞う剣閃が、魔物たちを一瞬で薙ぎ倒す。だが、カミラはまだ矢を番え、群れの後方に目を配る。
「流石カミラ! 狙いは外さないな!」アレンが声を上げる。
孤独な狙撃手の心に、わずかな熱が灯る。
夕刻。
北の砦に辿り着いた一行を待っていたのは、半壊した石壁と血の匂い、そして防衛線を必死に保つ兵士たちの姿だった。
「援軍だ! 勇者アレンが来てくれたぞ!」
歓声が響く。
しかしその直後、地鳴りのような轟音とともに砦の向こうから巨影が現れる。
「……っ、地竜!」リリィが蒼白になる。
全身を岩の鱗に覆った通常の地竜よりさらに巨大な竜が、頭突きで砦の防壁を粉砕する。赤く光る眼光は、まるでこの世の全てを踏みにじるかのようだ。
「俺が正面を抑える!」
アレンが叫び、蒼刃・連斬で竜の前脚に斬撃を叩き込む。
しかし鱗は厚く、斬撃はほとんど効かない。
カミラの矢が岩肌を貫くことはなく、焦りが胸をかすめる。
「駄目……抜けない……!」
リリィは魔法を展開する。
「氷柱降下! 足止めよ!」
氷の槍が地竜の足元に降り注ぐが、竜は微動だにせず振り払う。ガイアは破壊衝撃で地面を叩き、巻き上がる土煙で視界を乱すが、それも焼け石に水。トレヴァーは祈りを唱え、アレンの体力を強化する。
戦場は絶望に満ちていた。兵士たちは顔を青ざめ、勇者でさえも後退を余儀なくされる。
「勇者様でも……駄目なのか……」ある兵士が呟いた。
カミラは矢を握りしめ、冷静さを取り戻す。
「……なら、射ち続けるしかない!」
戦いは混沌を極めた。竜の咆哮が夜空を震わせ、砦の壁が崩れる中、勇者一行の連携が試される。
ガイアが前方で「連撃斬」を繰り出し、竜の注意を引く。
その背後でリリィが「雷槌」を叩き込み、閃光と轟音が夜空を裂く。
アレンは蒼刃・連斬で竜の側面を切り裂き、トレヴァーが防御強化「ガーディアン」をかける。
カミラは崖上から「影矢」を放ち、竜の赤眼を正確に射抜く。矢は一瞬の光となって砦の闇に溶ける。
「助かった、カミラ!」
アレンが振り返り、笑みを見せる。
「……なら、射ち続けるしかない!」カミラの声には迷いも恐怖もなく、ただ使命感だけが響く。
エリアスも結界防御で仲間を守り、戦況を支える。仲間の連携が光となり、影のように孤独なカミラの心に微かな温もりを灯す。
「気を抜くな! 支え合え!」
アレンが叫ぶ。戦場の絶望の中に、わずかな希望が生まれた。
地竜変異種の巨体は砦を圧倒した。頭突きで兵士を吹き飛ばし、尾を振れば石壁が粉砕される。血の匂いと石の崩れる音が戦場に満ちる。
「立て、皆!」
アレンが叫ぶが、砦は崩れ落ち、戦況は絶望的だ。
カミラは矢を番えながら、己の役割を再認識する。
「矢しか、頼れるものはない……
射つ」
一矢一矢が命をかけた行動だ。
竜の眼を狙い、注意を引くことで、仲間が再び立ち上がる時間を作る。
兵士たちは勇者の背中を見つめ、希望と絶望の狭間で揺れる。
丘の上。
月明かりに照らされたルシアン=ヴァルグレイ侯爵は、戦場を静かに見下ろしていた。赤い瞳が、勇者アレンと地竜を交互に追う。
「勇者よ。これがお前の最初の絶望か」
唇に薄く笑みを浮かべ、冷ややかに続ける。
「だが――ここからどう立ち上がる? 私はそれを見届けてやろう」
セバスチャンは静かに従い、忠誠心と恐怖が入り混じった視線を送る。
侯爵の観察眼は、戦局に直接手を下さずとも、すべてを塗り替える影のような存在であった。
北の砦は崩壊寸前。
勇者一行は立ち向かい、光と影が交錯する戦場で再起を図る。
カミラの矢、アレンの剣、仲間の魔法と援護が戦局を支え、絶望の中で希望の火を灯す。
「戦いはまだ、始まったばかり――
勇者と影、そして絶望の舞台が交錯する北の砦で」
戦況は一進一退。光と影の戦いは、これからさらに苛烈になることを予感させた。




