表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破滅フラグ回避しまくったら、冷徹チートで無双してました!  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/26

第17話 届かない矢、揺れる英雄

夜明け前。

 薄明の空を裂くように、白い靄が街を包む。


「――行こう。北の砦へ」


 アレン・ヴァルデンは、朝の冷気を胸に吸い込んだ。

 その横顔には決意が宿っている。彼の瞳の奥には、まるで“正義”そのものが灯っているように見えた。


 私は――カミラ・ナイトウィンド。

 その背中を少し離れた場所から見つめながら、無意識に弓の弦を指で弾いた。


 音は乾いて、冷たく響く。

 旅の始まりを告げる音にも似ていた。


「今日も無口だね、カミラ」

 リリィが微笑む。白金の髪が朝日を受けてきらめいた。


「緊張してるの?」


「……いつも通りよ」

 私は淡々と答える。


「じゃあ、私の分まで喋ってよ」


「それは勘弁して」


 そんな小さな笑いが交わる中、アレンが地図を広げた。


「北の砦までは三日の行程。道中の森で魔物の目撃がある。油断するな」


 仲間たちが一斉に頷く。

 ガイアが背の大剣を肩に担ぎ、トレヴァーが弩を確認する。エリアスは小さく祈りの言葉を唱えていた。


 私たちは王都を後にした。

 靄の中、蹄の音だけが響く。


 誰も口を開かない。

 ただ、胸の中でそれぞれが“使命”を噛み締めていた。



 三日目の朝、風が変わった。

 空気が重い。獣の臭いが混ざっている。


「……来る」

 私は矢を一本、弦に番えた。


 谷間の岩壁が震え、地面が波打つ。

 大地を割って姿を現したのは――灰色の巨体。地竜グラウンド・レックス


 体長十五メートル。

 皮膚は岩のように硬く、片目に魔石が埋め込まれている。


「前衛、俺とガイアが引きつける! リリィ、魔法支援! トレヴァーは後方から援護!」

 アレンの声が飛ぶ。


「了解!」

「行くぞ!」


 瞬間、炎と砂塵が交錯した。

 アレンの聖剣が閃き、地竜の咆哮が空を裂く。


 私は断崖の上へと駆け上がり、視界を確保する。

 地形を利用すれば、射線は通る。


「……動くな」


 矢を放つ。

 金属音のような衝撃。矢は鱗に弾かれたが、次の一射は軟らかい関節を狙う。

 命中。地竜が苦悶の声を上げる。


「今だ!」

 アレンが斬り込み、仲間たちが続く。


 一見、順調だった。

 ――だが、その一瞬の判断が、悲劇を呼ぶ。


「アレン、右後方! 岩陰から追加個体!」

「なにっ――!」


 地面を破って、もう一体が姿を現した。

 リリィの足元が崩れ、彼女が滑落しかける。


「リリィ!」

 アレンが手を伸ばす――が、届かない。


 私は矢を放った。

 風を裂いて一直線に飛ぶ矢は、崩れかけた岩を貫き、彼女の落下を止めた。


「……助かった」

 リリィが震える声で呟く。


 その瞬間、アレンの怒声が響いた。

「勝手な行動はやめろ、カミラ!」


 私は振り返る。

「仲間が死にかけてたのよ」


「だが、指示に従えば――!」

「指示に従えば、助けられないこともある」


 火花のような言葉がぶつかる。

 戦場の熱と怒気が、互いの視線の間で混ざり合った。




 戦闘が終わり、一行は森の小さな洞窟で休んでいた。

 焚き火の炎が、疲れ切った顔を赤く染める。


「怪我は?」

 アレンが声をかける。


「大丈夫。エリアスの回復で何とか」

 リリィが微笑むが、笑顔の奥には疲労が滲んでいた。


 アレンは火を見つめたまま、静かに口を開いた。

「……戦場では、信頼がすべてだ。命令を無視すれば、全員が危険になる」


「信頼?」

 私は低く呟いた。


「なら、あなたは誰を信じているの? 自分だけ?」


 アレンの瞳がわずかに揺れた。

「俺は皆を信じている」


「なら――信じて任せればよかった」


 焚き火が爆ぜ、沈黙が落ちる。

 リリィが不安げに二人の間を見たが、誰も口を開かなかった。


 外では、夜風が木々を揺らしている。

 私は弓を磨きながら、胸の中のざらつきを感じていた。


 (……この人は“英雄”だ。けれど、完璧じゃない)

 (仲間の声が、届かないときがある)


 焚き火の影に、誰も知らない小さな“罅”が入った。




 翌朝。霧が立ち込める谷を進んでいたときだった。


 ――地鳴り。

 大地が震え、再び地竜の影が現れる。


「くそっ、まだ生きていたか!」

 ガイアが大剣を構える。


「全員散開!」

 アレンが叫び、再び戦闘が始まった。


 だが今回は、前日の疲労が残っている。

 リリィの魔法の詠唱が遅れ、陣形が崩れる。

「アレン! 下がって!」

「俺が囮になる!」


 アレンは再び突撃する。

 その背中に、私は違和感を覚えた。


 (……また一人で背負うつもり?)


 矢を引く。

 狙うは、地竜の片目――わずかな隙。


「――射抜け」


 弓弦が鳴った瞬間、世界が静止したかのようだった。

 次の瞬間、地竜の咆哮が響き、血と炎が弾けた。


 片目を失った地竜が暴れ、仲間たちは距離を取る。

 アレンが斬り込み、トレヴァーの弩が唸る。


 やがて巨体が崩れ落ち、谷に静寂が戻った。


「……勝った、のか」

 ガイアが肩で息をつく。


 その背後で、アレンがこちらを振り返った。

 その目には怒りがあった。


「カミラ、なぜ勝手な真似をした!」


 私は淡々と矢を収める。

「勝手、ね。あなたが無茶をしてたからでしょ」


「俺は勇者だ。人を守るのが役目だ!」

「違う。人を“生かす”のが仲間の役目よ」


 雨が降り出した。

 激しい雨が地面を叩き、互いの言葉をかき消す。


 アレンは剣を握り締めたまま、言葉を飲み込んだ。




 夕暮れ。

 砦まであと半日の距離。

 二人だけが、雨の中で立ち止まっていた。


「……俺は間違っていたのかもしれない」

 アレンが静かに呟く。

「誰かを救いたいって気持ちが、いつの間にか“自分の使命”になってた」


「それは悪いことじゃない」

 私は雨に濡れた髪を払う。

「でも、誰もがあなたみたいに“救う側”じゃいられない」


「じゃあ、俺はどうすればいい?」

「見なさいよ。皆の顔を。疲れても笑ってる人たちを。それが“救われてる”ってことよ」


 アレンは目を伏せた。

 その表情は、初めて“人間らしさ”を帯びていた。


「君は……強いな、カミラ」

「強い? 違うわ。私はただ、“届かない矢”を撃ち続けてるだけ」


 風が吹き、雨が止む。

 雲間から光が差し込む。


 私は弓を背にかけ、歩き出した。

 アレンはその背を見つめ、何かを掴もうとするように拳を握る。





 遠くの丘の上。

 黒衣の男が双眼鏡を下ろした。


「ふむ……いい。少しずつ、軋み始めたな」

 ルシアン=ヴァルグレイは、呟く。


「英雄の光と、狙撃手の影。交われば必ず“歪み”が生まれる」

 唇に笑みを浮かべ、夜空を見上げた。


「――さあ、物語を続けよう。次は“選択”の章だ」


 稲妻が走り、遠雷が響く。

 まるで次の試練を告げる合図のように。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ