思い出してしまったのです
ある日、鏡に映る自分の顔を見て、思い出してしまったのです。
私、『獅子は微睡みの中、子猫の夢を見る』に出てくる、当て馬姉じゃない!!
そりゃ家族にも、婚約者にも愛されないはずだ。
だって私、種族からして違うもの。
私は長年、どうして自分だけ愛されないのか?
家族からも婚約者からも愛されない自分は、何がいけないのか?と悩んでいた。
まだ10歳の子供なのに、何故かご飯も1人で食べていたし、学校に行く際も、婚約者は迎えに来るけれど、何故か妹と先に行ってしまうので、私はいつも1人、歩いて通っていた…。
何のことはない、家族は血のつながらない養子の私より、自分の本当の娘の方が可愛いし、ライオン獣人の婚約者は、背反する龍人族の気を纏う私より、同じ猫科の猫獣人の妹の方が好ましいと感じるのは当然だ。
では、婚約者を変更すれば良いのでは?という話になるが、そもそも身分の低いパレード家の私が王子の婚約者に選ばれたのは、私が龍人族の娘だからで、単なる男爵家の娘のルルでは意味がない。
龍人族は神通力が使え、全てにおいてとても能力が高く、そして美しい者が多い。
決して他の種族と交わることがなく、運命の番としか結ばれない。だから他の種族が龍人族の力を取り入れたいと婚姻を望んだとしても、受け入れられることはないのだ。
もちろん龍人族は戦闘力も高いため、無理矢理縁を結ぶことも出来ない。
だから私のような龍人族からはぐれた龍人の娘は、奇跡のような存在で、王家としてはこのチャンスを逃がすまいとして、早い段階で第一王子との婚約を結んだ。
じゃあ、どうして龍人の私が猫獣人の家族の中に紛れ込んでいたのかというと…。
たまたま行き倒れていた女性を助けたら、それが幼い子供を抱えた龍人族の女性で、その女性は間もなく息を引き取り、幼い子供だけが残された。
こんな幼い子供を1人にさせるのは可哀想だと夫婦は自分達の子供として引き取り、自分達の娘と一緒に姉妹として育てることにしたからだ。
一件、美談に聞こえるが、勿論下心があっての事だ。
だって単なる男爵家にしてはこの家、妙に羽振りが良いもの。絶対、王家から何かしらの手当が渡されているはず。
そうと分かれば、いつまでもこの家に留まる必要はない。
だって私、とっくに龍体になれるし、ひとっ飛びで実家に帰れるもの。
『獅子は微睡みの中、子猫の夢を見る』
男爵令嬢のルルには、とても美しく完璧な姉カトレアがいる。姉妹で仲良くしたいのに、完璧な姉は平凡で何の取り柄もない妹になど見向きもしない。
そんなルルの寂しさに気付いてくれたのは、姉の婚約者で、この国の皇太子のレオナルド。
「ルルにはルルにしかない良いところがある」と励ましてくれる。
そんなレオナルドにどんどん惹かれていくルル。
一方レオナルドもルルに義妹として以上の感情を抱き始める。
しかし、学園を卒業したら王命でカトレアとの結婚が決まっている。
そんな二人は、せめて最後の思い出にと、お揃いの衣装で卒業パーティーに参加する。
事件はその卒業パーティーの最中に起こった。
番を無くして発狂した龍人が、番の匂いを求めてパーティーに乱入したのだ。
正気を失った龍人を誰も止めることが出来ない。
逃げ遅れたルルが、あわや龍人の咆哮の標的になるというところで、レオナルドがそれを庇うように前に躍り出る。
それを見たカトレアは、最愛の婚約者と妹を守るため、自らが盾となって咆哮に打たれる。
息を引き取る間際、二人の手を握り、「私の分まで幸せになって」と告げ、そのまま帰らぬ人となってしまうカトレア。
姉が自分を愛してくれていた事を知り、二人はカトレアの意志を継いで結ばれる。
一方龍人は、自分が殺してしまったのが愛しい娘だと気づき、正気を取り戻すが、そのまま自ら命を絶ってしまう。
こんな悲しい出来事が二度と起きないようにと獣人国と龍人国の間で条約が結ばれ、二国は友好国となる。
平和の礎となったレオナルドとルルは国民から祝福され、幸せな結婚生活を送ることとなる。
めでたしめでたし。な、訳あるか!!
色々と突っ込みどころ満載の、ご都合主義の物語ではあるが…
とりあえず、私はあんな二人のために死にたくないし、お父さんも死なせたくない。
卒業式の時点で私は18歳だけれど、今は10歳。
お父さんもギリギリまだ狂っていないだろう。
私が龍人国に帰ると、匂いを嗅ぎつけたお父さんがやって来て、絞め殺されるかと思う勢いで抱きしめられた。
それから、涙と鼻水まみれにされ、3日間ほど離してもらえなかったのは苦い思い出だ。
龍人国には、私の運命の番もいた。こちらも皇太子で、私の従兄でもあった。
お父さんが王弟なので。
お母さんと私の経緯を聞いた龍人国の皇帝は、とてもカンカンで即刻獣人国に異議申し立てをし、お母さんの遺体を返却するよう通達を出した。
普通に考えて、番第一主義の龍人の遺体を返さず獣人国に埋葬するなんて、あり得ないよね。
パレード男爵も獣人国王も、すぐに龍人国に連絡するべきだったのだ。
お母さんが獣人国に行ったのは、お父さんがかかった龍人だけが患う伝染病に効く薬草を摘みに行くためだった。
私を連れて行ったのは、まさか自分も罹患しているとは思わず、幼い私を1人で病気の父と留守番させられないと思ったからだ。
すぐに獣人国から連絡があり、私とお父さんと新しい婚約者の白蓮の3人でお母さんを迎えに行くことにした。
白蓮は名前の通り、真っ直ぐな腰まである白髪に、深紅の瞳をしたとても美しい人だ。
龍体になると、巨大な白銀色の龍となる。
私の本当の名前は、金花。
波打つ金色の髪に金色の瞳をしている。龍体も金色だ。
ちょっと、「目が~!!目が~!!」と言いたくなるくらい、目に優しくない。
この派手な色もレオナルドに好かれなかった理由の1つではないか?と思うけれど、白蓮はこの私の色が空を飛ぶ時も見つけやすく、太陽に反射した時に一番美しい色だと言ってくれる。
ちなみにお父さんは、翠柳。私達の中で一番目に優しい、緑色の龍だ。
この三頭の龍で、獣人国スーカラの王城へと向かった。
「ようこそスーカラへ。私が国王のロナウド、そして王太子のレオナルドです。龍人国の皆様を心より歓迎いたします」
その謁見の場には、何故か、物言いたげなパレード家の人達もいた。
「いらぬ御託はよい!!さっさと叔母上の亡骸を返せ!!」
取り付く島もない白蓮の怒りに焦ったロナウドは、何とか会話を成り立たせようと私の表情を伺いながら、話を続けた。
「確かに公爵夫人と気づかずに、そのままご遺体を埋葬してしまったのは申し訳ございません。ですが、パレード男爵は見ず知らずの病人であった御婦人の看病をし、亡くなられた後も丁寧にご遺体を永久保管する棺に入れ、取り残された金花様を自分の娘として大切に育てて参りました」
パレード夫妻も同情を求めるように、こちらを見て、ウンウン頷いている。
「そもそも、それが間違いだと言うのだ。叔母上も金花も明らかに龍人の特徴があったのだから、叔母上の死後は、速やかに龍人国に連絡をとるべきだった。
しかも育てたと言っても、ただ衣食住を与えるのみで、金花は幼い頃から食事も1人寂しく取らされたそうだな。
家族は頻繁に外食や旅行に出掛けるのに、その時も金花は1人留守番だったと聞いている」
それを聞いた国王は、パレード男爵を睨みつけた。それはそうだろう。
金花と出掛けると言って、その費用は全て国費で賄われていたのだから。
「金花様は、王太子妃としての勉強に忙しく、私達と共に過ごす時間がどうしても短くなってしまいました。今思えば、もっと一緒に過ごせば良かったと反省しております」
パレード男爵は殊勝な態度でその場を取り繕うとした。家族も、沈痛な表情で乗り切ろうと必死だ。
「いや、無理だろう。そもそも、たかが猫獣人の貴様らが、龍人の中でも皇族の血を引く金花の強い気を、まともに耐えられるはずがないのだから」
そう、パレード家の家族達が早い段階で食卓を別にしたのは、金花の気に圧倒された状態では、まともに食事を取ることも出来なかったからだ。
今も目を合わせることを避けている。
「待って下さい!!」
母の柩を取り返し、さあ帰ろうとする私達を引き留めるツワモノがいた。
さすがヒロイン、空気を読まない。
「お姉様が龍人国に行かれたら、レオ様との結婚はどうなるのですか?」
それ、今話す必要がある?という空気が流れたが、さっさとこの場を離れたい白蓮が簡潔に答えてくれた。
「龍人は同族同士でないと子を成さないし、運命の番としか番わない」
「じゃあ、龍人のお姉様とライオン獣人のレオ様では、結婚出来ないということですか?」
「そうだ」
それを聞いたルルは、花が咲いたような満面の笑顔で
「良かった!!レオ様、これで私達、結婚することが出来ますね!!」
と告げた。
「「「「「 ・・・・ 」」」」」
誰も何も言わない。と言うか、納得させるのが面倒くさそうなので、誰かが説明してくれるのを待っている。
「「「じゃあ、私達はこれで!!」」」
その後、私達は龍人国に帰り、亡くなってはいるけれど最愛の番と大切な娘を取り戻した父が狂うことは無かった。
私と白蓮は学園卒業と同時に結婚し、今では二人の王子と一人の姫に恵まれ、幸せに暮らしている。
そして、獣人国スーカラでは、婚約者のいなくなったレオナルド王太子と豹獣人の公爵令嬢エリザベス様が婚約し、そちらも卒業と同時に結婚した。
元々高位貴族なので語学やマナーは習得済みなうえ、私と婚約解消したのが早い時期だったため、妃教育も何の問題もなく修了した。
同じ猫科で幼い頃から交流のあったエリザベス様との仲はとても良く、私と婚約していた頃よりもずっと幸せそうだ。
最近、双子の男女の可愛い王子と王女が産まれたと、紙面を賑わせていた。
さて、では物語のヒロイン、ルルはどうなったかというと…
「ジョージ、私は本当はお姫様になるはずだったんだからね!!」
「はいはい、承知してますよ。僕の可愛いお姫様」
両腕に子供達を抱えた大柄な男性が、ニコニコと笑顔で、いつまでも夢見がちな愛しい幼妻を見ている。
「朝は温かいホットミルクを作ってくれなきゃ起きないから」
「愛しのルルはもう少し眠っていて良いよ。昨日もマルとルイの夜泣きがひどくて眠れてないだろう」
夜、なかなか寝付いてくれなかった子供達は、今は安定感のあるお父さんの腕の中で良く眠っている。
「じゃあ、もう少しだけ眠るわ。目覚めはパンの焼ける香ばしい匂いで起きたいの」
「じゃあ、今から用意して君が起きるくらいに焼き上がるようにしておくから、お腹がすいたら起きておいで」
「ありがとう…」
金花のためにと言って公費を使いこんでいたパレード家は、今さら返却しろとは言われなかったけれど、元々何の才覚もなく領地も狭いので、あっという間に貧乏貴族に戻ってしまった。
ルルは嫁に行くにしても、特に持参金も無かったため、身一つで来てくれたら良いという、ひと回り以上年の離れた裕福な商家に嫁いだ。
今ではルルも少し大人になり、自分ではお姫様に成れなかった事も理解している。
パンの良い匂いが漂って来るまでのしばし、ベッドの中で微睡もう。起きたらまた、子供達とジョージの相手をしてあげなきゃ…。
『猫は微睡みの中、子猫と熊の夢を見る』
お読みいただきありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。
こちらの作品はアルファポリス様にも掲載しております。
最近、現実世界恋愛ジャンルで連載物『理想の恋人』を更新しております。
笑い要素を求めて書き始めた作品です。
よろしければ、そちらもご笑納ください。