3-2.
「……取り敢えずノエ、一発殴ってええか……」
「待て、殴られるのはロッティの身体なんだ。俺じゃ許可は出せない」
「余計に腹立つヤツやで……人の心配をなんやと思とんねん」
「心配?お前が?何の?」
「──勝手に討ち死にして、勝手に命駆けた術式組み立てて、ホンマ好き勝手に──この兄妹は──!!」
勢い込んで叫んだウィスタリアが、ピクニックシートの上へぐわっと立ち上がる。次いで、尻すぼみに勢いをなくした。
遂には俯いて言葉をなくしてしまったもので、俺もつい、かける台詞を見失ってしまった。
──心配は、間違いなく、「俺たち」に対してのものだったらしい。
「──……悪い。あっという間だったんだ。ろくな抗戦もできないままで」
「チャーリーちゃんの見た目でしおらしく謝んなや鬱陶しい……ノエなんか大嫌いや……」
「だから、悪かったって」
なんだか彼の台詞の語尾が湿っている気さえして、俺はつい、ウィスタリアの服の裾を握り締めた。
ぐっ、と妙な音が聞こえた気がしたが、出どころがよくわからなかったので、この際、無視することにする。
「……兄妹そろって、それぞれにタチ悪かったんが……無自覚に、自乗されとる……」
「……ウィズ、本当に悪いんだが、俺はお前ほど頭の回転が早くないから、お前の言ってることがよくわかんねんだけど」
「そんな難しいことちゃうよ。あとで、カメリアちゃんによーおく教えてもろて」
「はあ」
ぐす、と鼻を啜る音がして、ウィスタリアが徐にその場に着席した。俺は、取り敢えず話をすすめることにする。
──経緯の説明は、アヴランシュが敗戦して、俺たち兄妹が入れ替わった次第までの全てを終えていた。ウィスタリアが、涙目のままに紅茶をイッキ飲みし、カップをカメリアに差し出す。
「次、カモミール系のにして、カメリアちゃん。とても正気で聞かれへんわ。……そんでなんなん、ノエは、無事に復活した暁には、その『略奪王』を相手にクーデターでも起こしたいいうんか。新兵器をもった急先鋒相手に?旧式の魔力戦で?負け戦を重ねて、引導渡してほしい、いうんなら別やけどな」
すっかり目の据わったウィスタリアが、茶葉を蒸らすカメリアを見もせずに俺へと向き合う。
彼の西方訛りで告げられると、まるでなんてことはないような軽さで響く内容が、その実かなり核心に近い重いものになるものだから、俺もつい唸ってしまった。
──だから、この男は侮れないのだ。
「だから、お前を頼りに来たんだろ。──……宝杖を、握ってみてほしいんだよ。ウィズに」
「──アホか!!俺はいっぺん断ったやろが!」
「そこをなんとか!」
「いやや!」
「先っちょだけでいいから!」
「悪徳営業マンか!!」
「いまなら亡国の王の椅子に、クーデターの座長の旗もついてくる!」
「余計いらんわ!!」
まるで軽快なやりとりに、思わずカメリアの噴き出す音が重なる。
つい先ほどまでの陰鬱さが少し払拭された気がして、俺は、いい意味で肩の力が抜けていた。
ウィスタリアが、やや不貞腐れた声で台詞を継ぐ。
「……ノエは、ずっとそない言うけどな。そもそも俺は、お前が言う程に『王の器』なんて持ってへんねん。そんなん、こんな研究馬鹿に大事な国を継がれたら、フランシスのおっちゃんも嫌やろ」
「いや、それは全然大丈夫だと思う。父さん、ウィズのことは気に入ってたし」
「……あれは、よくて王立研究所の名誉所長としてとかやろ……」
「いや、婿養子としてだよ」
「──せやから、それが──ッ」
再びウィスタリアが立ち上がって、真っ直ぐに俺を見据え──ぼん、と音を立て、顔から湯気を立てた。はくはく、と言葉にならない声で悲鳴を上げ、黄金色の双眸を右往左往させてから着席する。
カメリアが、カモミールティーを差し出して閑話休題した。
ウィスタリアが、至って弱く反論する。
「──確かに、時期を見て、どこかでちゃんと告白せんととは思てたけど──なんで、よりによってその見た目のお前に、そんなことチクられなあかんねん。横暴やわ。やってええことと悪いこととあるやろ、王族言うたかて」
「……悪かったよ。だけど、俺から見てても、お前ら充分にお似合いだったから」
「いや、お前がそれでええんなら、俺も悪くは思てないしええんやけど──って、え、お似合い?なに?」
「──……うん?だから、お前らが」
「お前、ら?」
「そうだろ。お前と、ロッティ」
「俺と──チャーリーちゃん?」
「他に誰がいる?」
「────……ああ、うん、せやな。お前は、そういう男やな、ノエ」
「……ウィズ?」
「いや、うん、別にええわ。兄妹そろって節穴なん、俺もよーお知っとるし」
「…………?」
「こっちのはなし。告白は先送りでええわ、また今度な」
「……??」
ウィスタリアの話が難解なのは、今に始まったことではないのだけど──話題は、何やら、俺には理解の及ばない内容であるらしかった。カメリアだけが、わかった風にうんうんと頷いている。
そう、俺にはよくわからないけれど──いま必要ではない、と彼が判断したのならば、きっとそうなのだろう。
俺のなかだけのもやもやはひとまず捨て置くことにして、俺は、話題を宝杖へと引き戻すことにした。