2-2.
「──戦後交渉だって?」
「初めて、お前から話し掛けてくれたなシャルロット。──ここらの言葉じゃ、どう縮めるのが愛称のセオリーなんだ?シャーリィ?それともロッティ?」
「……略奪王だろう。呼びたきゃ好きに呼べばいいさ。別に拒みはしない」
「俺もアーサーでいいって言ってるんだがな」
「会話をしてもらっていいか」
「じゃあ話そう。容姿を褒める前向上が必要かい、お嬢さん」
「抜かせ。海の向こう側じゃ、そんな時間の無駄は貴族の流儀から省略されてるはずだ。──端的にでいい。ロウチェスタは、アヴランシュに何を望む?」
言外に、個人のそれではなく国同士の会話だと示して胸の前で手を組むと、アーサーがこれみよがしにぴゅうと下手な口笛を吹いた。
背後で、カメリアが天を仰いだ気配がする。……なんでだ。
「王太子が敗れた時点で、国の統治権はロウチェスタに渡っているだろう。この島はまるごと、貴殿のものになっているはずだ」
「ああ、その通りだ」
「ならば、貴殿さえ望めば、この国のものはなんだって手に入る状況が成立しているだろう?何をもって、交渉だなどと戯言を抜かす」
見上げる形になる濃い碧の瞳を、正面から睨み上げる。
俺は、この眼が至って気に入らなかった。値踏みするような、まるで状況を面白がる双眸だ。
戦場で睨み合っていたなら、きっとさぞ必要外に勇んでいたことだろう。挑発されて、乗らないのは歴戦の「魔王」の名が廃る。
「もう一度言うが、略奪王だろう?欲しいなら命じればいい。こちらの顔色など窺う必要はない、それが戦勝者だ。──だから、改めて問おう──ロウチェスタは、アヴランシュに何を望むんだ」
俺がそう静かに告げてから、一拍、二拍、束の間を置いて、アーサーがゆらりと右手を挙げた。ぴっと親指で俺を示し、真顔のままに応える。
「──望むもの──そうだな。強いて言うなら、『シャルロット王女殿下』を?」
「……話にならないな。それなら交渉じゃないだろう。そりゃあ貴国にとっては喉から手が出る程にほしい『正当なる血筋』かもしれないが、それはこちらが拒んだって貴殿になら奪えるものだ」
呆れたような声で告げれば、何が可笑しいのか、アーサーは腹を抱えた。開いた扉に半身を寄り掛からせて、さも愉快そうにこちらを睥睨する。
「あくまで『交渉』とするならば、ロウチェスタが一方的に譲歩するのではなく、アヴランシュにとっても対等な立場のモノ言う権利が欲しいって話だな?なら、お前が俺の第一妃になれば、『女王』に統治権を半分戻してやれるよ。ほら、正当な戦後交渉の始まりだ」
「自分で言っただろう、一方的な譲歩は施しと同じだ。なぜ対等な立場で交渉のテーブルにつかせてくれるのかと、敗者にとっちゃ気が気じゃないな」
「それだけ、俺にとってお前が特別なんだよって言ったら、どう返す?」
「敗戦地の姫が?元より、望まれるなら差し出す身だ。交渉材料にはならないさ」
「俺はお前の身体じゃない、心が欲しいんだ」
「──正気かと問い返すな。それこそ交渉でもなんでもない。どうやって、心なんて不確かなものを得たかどうか確かめるつもりだ?」
淡々と詰めれば、アーサーが今度こそまじまじと「シャルロット」を眺める。瞳の端には今尚もって興味の切れ端が透け見えて、俺は至って面白くなかった。
段々と、会話そのものが無駄に思えてならなくなってくる。これだから、妹は、彼から逃げ回っていたのだろうか──?
「……話せば話すほど、深窓の令嬢らしくないな」
「どういう意味だ」
「浮ついたやりとりに夢想的な機微を見出さない、悲観的なヒロイズムに酔って色男の甘い言葉に靡かない」
「色男を自称するとは驚きだな。鏡ならあるぞ?」
「そういうところだよ」
アーサーが、これみよがしに盛大な溜息を吐いて見せる。瞬時視線を彷徨わせて、腰に両手をついて僅かに反った。
その、金糸を掻き上げる様といい、何をしても絵になる男だ。同性ながら、羨ましい──
「お気に召さない自称が続いて恐縮だが、これでも、このみてくれのおかげで、いままでの『戦後交渉』じゃ断られたことがないんだぜ?それこそ『略奪王』って二つ名の由来だが、奪ってくれって姫の方が多いくらいだ」
「見る目のない姫ばかりに当たってたってだけだろう。少なくとも、アヴランシュにとっちゃ意味通りの『略奪』さ」
「あくまで目じゃ惚れちゃくれないか」
「だから、なんでそう固執するんだよ」
「悪い見た目じゃないと思うんだが」
「──強いて言うなら、肉付きが足らん」
「……なるほど……」
思わず、といった体で、背後から噴き出す声が聞こえる。
振り返れば、カメリアが懸命にそっぽを向いていた。視線でだけ、「ご自身も、なかなか鍛えられないって気にしてらっしゃいましたものね」と和まれた。……なんでだ。