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2-1.望まぬ事態と思わぬ展開

辺境の小さな島国、アヴランシュ。

敗戦直後の爪痕を色濃く残すその城塞、北西の侍女の控え室──厨房へ繋がる小階段の下、斜め天井のごく狭い部屋で、質素な装いの元王女と、普段着の現王が対峙する。

元王女はいままさに逃げ出さんと腰を浮かせ、現王はそれを制そうと室内に一歩を踏み出す。──ああ、楽にしてくれていい、これはお忍びだ……などとのたまう彼の台詞を書くと、まるで下手な王宮モノ恋愛小説の書き出しのような展開を予想してしまうところだが、実際はそうではない。


肩で息をする荒んだ男と、いましがた身を整えたばかりの華奢な少女が、火花を散らすように視線を合わせた。

男──略奪王、もといアーサーは、びっと音を立てて「俺」を指し示す。

その表情は、友好的とはとても言い難い、険のあるものだった。


「元の居室にも、俺が与えた新しい部屋にも居付かず、夜通し行方をくらませるとはいい度胸だ──俺は、そんなに信用がないか?」


どこか一抹の憂いを載せたアーサーの声音に、俺が疑問を感じる間もなく、カメリアが言葉尻を取って返す。

俺は、ただ黙って遣り取りを聞いていた。


「ご自身に信用があるとお思いですか。いつ夜襲を受けるか分からない不安な場所で、この方に夜を過ごせと?」

「取って喰いやしないさ。笑顔で待てとは言わないが、少しは会話の機会を与えてくれてもいいんじゃないのか」

「会話ですって?被征服地の姫ですよ。用心して当たり前です。貴方様が、周辺諸国からどう呼ばれているかご存知ないのですか」

「名誉棄損だ。俺は自ら名乗った覚えはない」

「なればこそ真実でしょう。第三者から、貴方様は『そのように』見えているということです」

「不本意甚だしいな。こんなに礼を尽くして新天地を治めようとしている男に向かって」


やれやれと肩を竦めるアーサーを見て、カメリアが半眼になっている。「シャルロット」を守るように立ちはだかっている彼女の背越しに、俺は、改めてアーサーという男を眺めた。

彼は、見れば見る程に、いい男だった。

手足が長く、背はすらりと高い。同じくらいの身長の、我が近衛兵の連中と比べれば、些か筋肉量を心許なく感じるのが玉に瑕か。

かといって線の細さを感じないのは、相応に肩周りががしりとして見えるからだろう。品質の良さを思わせる薄手のシャツを纏ってさえ、中身の充実具合が察される。

きゅっと絞ったウエストにはもう少し肉付きがあっても良いと思うが、我が身を振り返っても然程に差がないものだから、同じく、元々鍛えた成果を得にくい体質なのかもしれなかった。

妙な部分で共感を覚えていると、思わぬタイミングで奴と視線が絡み、すわ心臓が跳ねる。

アーサーが、すう、と音を立てて真顔になった。


「……お前が、俺に正面から顔を見せるとは珍しいな」

「──は?」

「少しは気を許してくれたのか、それとも──俺の身体に、興味でももってくれたか?」


にかっ、とまるで少年のように笑われて、寸時、妹の頬が熱を持つ。

咄嗟に顔を逸らせて俯けば、カメリアが後ろ手に扇子を手渡してくれた。さすがはできる侍女長だ。開いた扇で視線を遮り、無駄と知りつつ身を竦ませる。

ちょうど半歩分、室内に身を寄せたアーサーを、すかさずカメリアが言葉で制した。

それしきで、怯む略奪王ではない。


「──なあ、興味がないわけじゃないんだろう?兄の最期をだ。看取ったのは俺だからな」

「──……っな──!」


思わず息を飲んだカメリア。俺はと言えば、扇の骨組み越しに、ついアーサーを振り返る。

男は、さも酷薄そうに笑んでいた。


「そうだ。奴は、確かに俺の目の前で息を引き取った──その、はずだった。だのに、その遺体だけがいつまで経ってもあがってこない。うちの連中は『これが魔王の呪いだ』とかなんとか言ってやがるが、所詮、相対したあいつだって人間には違いなかった──俺と同じ、ちょっと戦場に愛されただけで、そこでしか生きられない哀れな男さ」

「──……」

「お前が、遺体の行方について何か知ってるんなら、早めに吐いちまった方が身のためだぜ。それこそ取って喰いやしない──俺に、死喰いの趣味はないからな」


王太子たる「俺」の身と、もしかしたらこの「国」そのもの──そのいずれもを「死に体」だと馬鹿にされた気がして、先程とは違った意味で顔面が熱を持った。

踏み締めた両足に力が籠る前に、カメリアが吼えるように叫ぶ。


「不敬ですよ!尊き方の身を、そうと決まる前に──!」

「信じたいんなら、勝手にそう信じてりゃいいけどな。少なくとも俺は、現実的な戦後交渉をもってきてるつもりだ。逃げ回ってるどこかの姫君とは違ってな」


アーサーの声音から、嘲りの色が消える。残ったのは、酷く冷酷に冴えた響きで、思わず俺は、止めるカメリアを制して立ち上がっていた。

正面から、「略奪王」に相対する。

予想と反して、思ったよりも相手の視線の位置が高かった。──俺の視点が、多少なりと低くなっただけかもしれないが。


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