一、 夢
一度だけ、訊いてみたことがある。なぜそんなに体を鍛えているのか。
大きくて父親みたいな雰囲気の彼は小さな私ににっこりと微笑んで、優しく言った。
「強くなければ、守れませんから」
「守るって?」
「最近は、貴族狩りが増えていますでしょう? 貴女方を守るのが、わたくしの仕事ですからね」
そう答える藍色の髪の男を、不思議に思いながら眺めた。
その数日後だった。
目の前で、赤い液体が飛び散った。
私は、瞬きすら忘れて、それを見ていた。
「ねぇ! 鵺重! 返事をして! 鵺重ってば!」
返事はなかった。ただ、血を流して、倒れていた。
幼かった私は、強くなかった私は、その時、どうすれば良いのかわからなかった。
* * * * *
はっと目を開く。頬には、生ぬるい液体が伝っていた。
「……夢か……」
久しぶりに夢を見ていたようだ。頬の涙をぬぐって、起き上がった。
こんな夢を見るなんて、と思いながら夜鈴は朝支度をする。
百目鬼家に行った日から、二週間近く経っていた。その間も、夜鈴はこれまでと変わらず任務をこなしていた。
ただ、その使命感は以前よりも強い。彼女を掟破りだと罵る者は、もういないのだ。
だが一方で、心に引っかかっていることもあった。
決して覚えていないわけではない。忘れるはずもない。
あの日、何があったのか。彼女は何を見たのか。
今でも鮮明に覚えている。だからこそ、わからないこともあった。
「鵺重……、貴方は、誰?」