七、 帰宅
龍神家に帰ると、待ち構えていたかのように仁鑑が声をかけてきた。
「夜鈴さま! 見たところ無事なようで何よりです。百目鬼家はいかがでしたか? 何もされませんでしたか? 大丈夫でしたか?」
「大丈夫だったよ。心配してくれてありがとう。あ、敬称はなくていいって」
相変わらず仁鑑は心配性だ。特に夜鈴に対しては程度がひどい。が、夜鈴はそう悪い気はしていなかった。
「いえ、盛雲さまの娘、龍神家の跡取りである以上、私が貴女に敬称を付けなくてよい理由はありません」
「最初は呼び捨てにしてくれてたじゃない」
「あの時はまだ、盛雲さまの娘にはなられていませんでしたから。それよりも、ここ最近忙しくてなかなか面倒を見られず、申し訳ありませんでした」
そう言って頭を下げてくる。
盛雲の命により、仁鑑は夜鈴の指導及びお世話係になっているのだ。
そういえばここ二、三週間、姿を見ていなかった気がする。
「謝らなくていいよ。別に、常に付いていてもらわなくても大丈夫だから。ていうか、ずっと忙しかったんでしょ? それならちょっと休んでよ。私も休むから」
「ですが」
「もう私だってそんなに子供じゃないんだから。心配しなくていいよ」
そう微笑んで、夜鈴は再び歩き始める。
仁鑑はまだ気にしていたが、夜鈴の姿が見えなくなると、諦めて休むことにしたようだった。
* * *
夜鈴は部屋に戻る前に盛雲のいる頭首室に寄る。
任務でなくとも、無事に帰宅したことを報告しなくてはいけない。
「失礼いたします。只今帰りました」
「おお、おかえり。どうだった?」
「剛将さまから、龍神家の娘として正式に認めていただけました」
「それは良かった」
そう言いながら満足げに何度も頷いている。
そこで、夜鈴は少し気になっていたことを尋ねてみることにした。
「あの、盛雲さま。今回の交流会の件からですが、もしかして私のために何か動いてくださったのですか?」
六年間、一度も呼ばれなかった御三家跡取りの交流会。
剛将と盛雲の間で決められていた力試し。
力どころか存在すら認めなかった、無いものとして扱っていた百目鬼家が、急にこんなことをしたとは考えにくい。
「ん? さあ、何のことだか」
盛雲はわかりやすく惚けて見せる。しかし答えてくれないことをわざわざ追及ような元気は、今の夜鈴にはなかった。
「お答えいただけないなら、無理に答えなくて結構です。ですが、もしそうなのであれば、……ありがとうございました」
「…………」
夜鈴は少し恥ずかしそうに言って、深々と頭を下げた。
それを盛雲は珍しいものでも見るような、だが少し嬉しそうな表情で見つめている。
「では今日はこれで失礼いたします」
今度は淡々とそう言い、もう一度軽く礼をして頭首室を出て行った。
盛雲はしばらくの間表情筋一つ動かさず止まっていたが、やっと事が理解できたかのように優しく微笑んだ。
「ちょっとは子供らしくなったかな……」
夜鈴は思っていることを一切口に出してくれなかった。あんなに照れくさそうな表情をしたこともない。頭首である盛雲には、特にそうであった。
子供らしくなかったというより、人間らしさがどこか欠けているようだったのだ。他の人には届かない、どこか遠くにいるような感覚さえ覚えさせるほどに。
そんな夜鈴が、少しだけ自分に近づいた気がして微笑んでいる盛雲は、まさに本当の父親であるように見えた。
* * *
一方の夜鈴は、盛雲とのやり取りなどすぐに忘れてしまうくらいに、別のことで頭がいっぱいだった。
部屋に入って、畳の上に横になる。
先程仁鑑に言ったように、本当に少し休みたかった。
百目鬼家を出た時からずっと、剛将の言葉が頭の中から離れなかったのだ。
――殺し屋になる前は、何をしていた。
夜鈴は昔のことを思い出して、ぎゅっと目を瞑り、大きく頭を振った。
「母上……」
口をついて出た呟きとともに、隠しに手を入れて、鈴を握りしめる。
チリン、という弱弱しい音が、小さく響いた。