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約束の鈴  作者: 花紅彩葉
第一章 殺し屋の鈴
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六、 百目鬼家

 翌日。薄暗い雲の下、()(りん)百目鬼(どうめき)()の屋敷に向かった。


「入れ」


 招待しておきながら冷たい口調で(しゅう)に言われるまま、夜鈴は百目鬼家の門をくぐる。

 落ち着く雰囲気で素敵な庭がうかがえる龍神(たつがみ)()、訓練生たちの声が響いて活気溢れる大蜘蛛(おおぐも)()とは違い、百目鬼家は嫌なくらい静かで不気味さを帯びていた。その空気に夜鈴は思わず身構える。


 柊は、それから一言も発さずに早足で歩いていた。いや、足の長さが違うせいで夜鈴にはそう感じたのかもしれない。しかしそれが、夜鈴をさらに不安にさせた。


「失礼します」


 応接室らしき部屋の前で立ち止まった柊は、そう言って戸を開け、中に入った。目で、中に入るように促してくる。


「し、失礼いたします」


 夜鈴はびくびく震えながら一礼して、部屋に入った。中には、柊とは比べ物にならないくらい大きくて、柊以上の冷酷さを持ち合わせた風貌の男が座っていた。その横に、柊が一歩下がって立つ。


「初めまして、だな。知っているとは思うが、俺は百目鬼家頭首、剛将(ごうしょう)だ」

「お初にお目にかかります。龍神家頭首、盛雲(せいうん)の娘、夜鈴と申します。この度は、ち、父上、及び私の掟破りをお許しいただき、ありがとうございます」


 そう言って夜鈴は深々と頭を下げた。盛雲のことを父上と言うのは多少抵抗があったが、剛将の前で「盛雲さま」と言うわけにはいかない。


「俺がなぜ今日お前を呼んだか、わかるか」

「い、いえ……」


 剛将の圧に、夜鈴の声は小さくなる。


「確かめておきたいことがあるのだ」

「確かめる、とは……」

「お前が今後、殺し屋を続けるべきか否か」


 その言葉に、夜鈴は疑問と不安を募らせる。百目鬼家は夜鈴を殺し屋として、龍神家の跡取りとして、認めてくれたのではなかったのか。


「身構えなくとも、少し会話をして見極めるだけだ。あまり時間も取りたくない。手短に終わらせる」

「は、はい……」


 そう言われて安心できるわけがない。だが、無視するわけにもいかず、小さく返事をした。


「柊から聞いた話だと、かなりの実力だったようだな」


 想定外の評価に驚き、夜鈴はずっと黙っている柊を見た。本音を知られたことに照れて顔を背けるかと思ったが、表情一つ変えずに無言で見返してくる。別に隠す気はないようだ。それどころか、剛将の言葉を強く肯定しているかのようだった。


「そ、それは、……大変光栄です」


 驚きのあまり、力の抜けたような声で答える。


 だが、違う。柊のそれは過大評価だ。浮かれて本気にしてはいけない。言わなければ、自分はまだ大事なところで力を発揮できない、未熟者だと……。


「……しかしあれは、柊のおかげです。柊が私を正気に戻してくれなかったら、私は何もできませんでした……」

「それは、どういうことだ」

「私はあの時、認めていただくことばかり気にして、もし認めていただけなかったら、殺し屋を続けられなくなったら……、そんなことばかり考えて、最初、実力を出し切れなかったんです。だんだん、力任せになって……、その時、柊が声をかけて、一発入れてくれました。私はそれでやっと、今ある力を出すことができました。でも、きちんと発揮できない力は、本当の実力とは言えません。私は、まだ……」


 交流会の日からずっと胸の中で引っかかっていたことを、やっと言うことができた。最後には認められるだけの力を出せたが、夜鈴は納得できていなかった。力不足であることを、身に染みて思い知らされた。言えば、「やっぱり認めない」と言われると思ったが、それでも言わずにはいられなかった。


「そうだな。それでは本当の実力ではない」


 剛将のきっぱりとした言葉に、わかっていながらも落ち込んでしまう。夜鈴は唇を噛みしめて俯いた。


「だが、跡取りは力不足で当然だ」


 一変した剛将の言葉に、夜鈴はゆっくりと顔を上げる。


「柊も、まだまだ未熟だ。だがもしも頭首になるに相応しい力を既に有しているのであれば、俺が頭首であり続ける意味がない。跡取りは、頭首のもとで学び、力を付けていってこそのものだ」


 聞きながら、夜鈴の口は力が抜けてぽっかりと開いていく。


「だから、力を発揮できる、できないは大した問題ではない。俺と柊が認めたのは、お前が最も力を発揮した時の強さだ。六年間で得たにしては大きすぎる強さだったようだな」

「……え? ……そ、そうでしたか……?」

「六年間、何をした」

「何を、って……特に、何も……。他の者たちと同じような訓練だけですが」


 確かに、他の殺し屋に、(ひづめ)に追いつくために、必死で鍛錬を積んだ。毎日、朝から晩まで、仁鑑(じんかん)に稽古をつけてもらったり、一人で特訓したり、とにかく努力してきた。だが、特別なことは何もしていない。


「そうか。では……殺し屋になる前は、何をしていた」


 その問いに、夜鈴は思わず目を見開いた。ハッと息を呑む。


「覚えていないのか? それとも――」

「お、覚えて、いません」


 剛将の言葉を遮って、夜鈴は言った。その様子を見て、剛将は何かに感づいた。が、それ以上は訊かなかった。


「では、殺しをやめたい、とは思ったことはあるか」

「そ、それは……。確かに、人殺しは良い気がしませんし、正当化はできないと思います。ですが……、私にはこの生き方しかないんです。六年前、龍神家に来たあの日、殺し屋として生きると決めたから。強くなりたかった私は、盛雲さまに頼み込んでまで、娘にしてもらいました。それを、簡単に手放そうとは思いません。だから……」


 森の中で盛雲に出会った日、あの日のことを一度だって忘れたことはない。

 鈴を鳴らし続ける不気味な少女に、名前をくれた。一緒に来るか、って言ってくれた。本当に連れて帰ってくれて、殺し屋だって知っても怖がらない少女を、何も疑わずに屋敷に入れてくれた。行き場のない少女が、強くなりたい、って懇願したら、殺し屋として育ててくれた。

 そこまでしてくれた人に恩を仇で返すようなことはしたくないし、そこまでして手に入れた居場所を捨てる気は(はなは)だない。


「それに、殺し屋がいることで救われる人もたくさんいます。その人たちのためにも、殺し屋をやめるつもりはありません」


 夜鈴は剛将の目を見て、はっきりと言い切った。剛将はしばらくの間夜鈴の瞳をじっと見つめた後、小さく息を吐いて視線を外した。


「わかった。百目鬼家は今後一切、龍神家の跡取り、夜鈴について口出しをしない。今日はこれで終わりだ」

「私のことを認めていただき、ありがとうございます」


 夜鈴は満面の笑みでそう言い、深く頭を下げた。しかし剛将はそれに反応することなく、黙って部屋を出て行った。


 それから柊に見送られる形で門まで一緒に向かったが、彼もまた、一つも言葉を発さなかった。まったく、百目鬼家は効率重視で必要のないことは喋らないんだから。夜鈴は心の中でそう文句を垂れたが、これも悪くないか、と受け入れたのだった。


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