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約束の鈴  作者: 花紅彩葉
第一章 殺し屋の鈴
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五、 力試し

 とっても広い訓練場の一部、とは言ってもそれでも広い敷地を借りて、()(りん)は木刀を構えて(しゅう)と向かい合っていた。

 急ではあるが、頭首の息子、(かざ)()の命令とあって、すぐに貸してくれた。


 離れたところから、(ひづめ)は不満げに、風巳は心配そうに見守っている。


「ルールは特にない。そもそも勝ち負けは関係ないからな。俺が終わりと言ったら終わりだ。お前の強さによっては手加減するから、本気でかかってこい」


 必要事項だけを述べる柊に、夜鈴はしっかり頷く。

 片手で、隠しに入れている鈴を小さく鳴らした。


 チリン……。


 その音には気づかず、すべてを言い終えた柊は風巳を見た。


「……始め!」


 風巳の声を合図に、夜鈴は駆け出す。


 大丈夫、いつも通りだ。


 勢いそのままに、柊に向かって木刀を振り下ろす。しかし当然のように止められた。それでも止まることなく、木刀を振り続ける。


 雑に振ってはいけない。

 最小限の動きで、最大限の威力を。


 教わってきたことを心の中で繰り返しながら、攻撃を続ける。当てられそうになったら、素早くかわす。


 それでも柊はほとんど動くことなく、片手だけで対応してくる。完全に手を抜かれている。舐められている。


 そう実感し、だんだん焦ってきた。


 集中、集中、集中。大丈夫、いつも通り。


 しかし時折頭の中に盛雲(せいうん)の姿が浮かび、集中が途切れる。今は戦うことだけに集中しなければいけないのに、気にしてしまう。


 駄目だ、考えたら。


 戦う時はいつも、何も考えない。

 勝つか負けるかも、人を刺す感触も、相手が死んだらどうなるかも、何も。

 考えたら、力を発揮できないから。


(これじゃ、認められない。百目鬼(どうめき)()にも、盛雲さまにもっ!)


 どう頑張ってもその思いが頭から離れなくて、どんどん動きが雑になる。力任せになる。考えないようにしようとしたら、もっと考えてしまう。


「おい」


 柊の冷徹な声に、ハッと我に返った。考えてしまうどころか、周りも見えなくなっていた。


「お前、本気じゃないだろ」


 次の瞬間、横腹に衝撃が走った。気を抜いた隙に、柊にやられていた。


「もう()めるのか?」


 横腹に手を当ててうずくまる夜鈴に、柊が挑発的に声をかけた。

 少し腹が立ったが、思わず笑みが漏れる。

 やっと目が覚めた。


()めない!」


 立ち上がりながら、叫んだ。

 そのまま駆け出す。流れるように、必死だった瞳から感情が抜け落ちていく。柊の前に辿り着くころには、背筋が凍るような冷酷な目が、そこにはあった。


「っ!」


 柊は思わず息を呑んだ。


 先程までと全く動きが違う。一切無駄がない。そして、目で追うのがやっとの速さ。

 何度か攻撃をかわしたものの、あっという間に追い込まれて、夜鈴の攻撃が決まった。

 柊はそのままよろめく。


「まさかな……」と呟く彼は、笑っていた。もう、笑うしかなかった。


 再び鈴を鳴らして息を整えた夜鈴が駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫だった? ちょっと力入れすぎちゃって。痛かったよね」


 ついさっき見た姿が嘘のように、そこには年相応の少女しかいなかった。それが柊にとっては少し、気味が悪かった。


「大丈夫に決まっているだろう。ただの木だぞ」


 動揺を悟られないように、冷たく突き放す。それでも夜鈴は心配していた。


「大丈夫だ。それよりもお前、何なんだ、さっきのは」


 一瞬で、人が変わっていた。

 確かに殺しをする時、誰でも多少は人格が変わる。それでもあれは変わりすぎだ。


「? さっきって?」


 夜鈴は(とぼ)けているわけではなく、本気で何のことかわからないようだった。


「いや、何でもない」


 本人が気づいていないことをわざわざ訊くつもりはない。訊いたところで、時間の無駄だからだ。


 だがあれは気になるところだ。強すぎる。何が彼女をあそこまで強くさせたのか。

 そしてその強さを本人は理解していない。恐ろしいものだ。もしも彼女が百目鬼家に敵対心を持つようなことがあれば、恐るべき脅威となるだろう。そうなる前に手を打っておかなければ……。


「おーい、夜鈴!」


 遠くで見ていた風巳が、大きく手を振りながら駆け寄ってくる。後ろからついて来ている蹄は、気まずそうで、でも何だか少し嬉しそうだった。


「おい、まだ終わりとは言ってないぞ」

「えー、だって柊、もう終わったーみたいな感じだったじゃん。どうせ終わるんでしょ? ってそれより夜鈴、凄いね! めっちゃ強いじゃん。想像以上だった! 僕も蹄も、柊に攻撃当てれたこと一回もないんだよ? あー、気持ち良かった」


 風巳は物凄く興奮していた。柊のことすら流している。


「あ、ありがとう」


 興奮しすぎた風巳に、夜鈴は圧倒されていた。


「ね、柊、夜鈴強かった? 強かったんでしょ?」

「一発決まったからと調子に乗るな。対戦は終わりだ、俺はもう帰る」


 柊はきっぱり切り捨てると、出口に向かって歩き始める。


「あっ、あの、結果は……」


 夜鈴が思い出したかのように問いかけた。


「父上と相談してからだ。(じき)にわかる」


 柊は軽く振り返ってそう言った。

 そのまますぐに歩き出す。


 認められただろうか。わからない。

 だが最初、自分の感情に振り回されたことが、悔しくて、胸を締め付けた。最後は一発決まったが、どうだろう。一応、期待はしておきたいが、不安だ。


 その後、交流会は興奮しきった風巳から逃げるように、お開きになった。



 * * *



 約一週間後。

 夜鈴は盛雲に呼び出されていた。


「あの、用件は……?」


 やけにご機嫌の盛雲を前に、夜鈴は戸惑い気味に尋ねた。答えるように笑顔を返してくる。


「先日、交流会で柊と戦っただろう?」

「はい」


 どうやら結果が届いたようだ。

 まあ、聞かなくても盛雲の様子を見ればわかるが。

 思わず口元が緩む。


「それで、なんと! 百目鬼家が、あの百目鬼家が! 夜鈴を龍神(たつがみ)()の跡取りとして認める、との報告がありました!」


 重大発表のように言ってくるが、態度がわかりやすすぎて反応に困る。とても嬉しいが、盛大には喜べない。だがここは、喜ぶべきところなのだろうとへたくそな演技で喜んだ。それで十分満足したようだ。


「それでだな」


 一瞬で落ち着きを取り戻した盛雲が、真面目な顔になって話を続ける。何かあるのかと、夜鈴も真剣な顔になる。


剛将(ごうしょう)が夜鈴に会ってみたいと言ってきているんだ。急だが明日、百目鬼家に行けるか?」


 頭首の申し出に、はい以外の返事は許されない。


「わかりました」


 百目鬼家。柊のいる、百目鬼家。

 何事もなければいいが……。


 夜鈴の心に、不安の色が(にじ)み出ていた。


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