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約束の鈴  作者: 花紅彩葉
第四章 決戦の鈴
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七、 貴族狩り

 天高く昇った太陽が照り付ける大蜘蛛(おおぐも)()に、海琉馬(かるま)の声が重く響いた。


樹宮(きみや)()のお方を待たせるわけにはいかない」


 ()(りん)は血の気が引いていくのを感じる。


「……今、何と?」


 そういえば()(けい)は、「動き出している(やから)」がいると言っていた。夜鈴はてっきり樹宮家のことだと思っていたが、よく考えると、いくら俐慧でも樹宮家のことを輩とまでは言わない気がする。


 青ざめる夜鈴を見ながら、海琉馬は不敵な笑みを浮かべた。


「だから、上流貴族の方を待たせてはいけないだろう。――樹宮(きみやの)都女(とめ)さま?」


 今、目の前にいるのはもう、これまでの穏やかな海琉馬ではなかった。

 あの時、樹宮家で柴淑(しよ)鵺重(やえ)を殺した者たちと同じ、恐ろしい男だ。


「そんなに驚くとはね」

「……どうして」

「おや、まだ気づいていないのかい? ――我々が貴族狩りだということだよ」


 理解が追い付かない。いや、ずっと恐れてきた、一番の脅威が目の前にいるということが、彼女の思考を奪っていた。

 足は恐怖で震えて、立っているだけで精一杯だ。


「やっと一番の大物を捕らえたと思ったのに、逃げられるとはね。流石(さすが)に焦ったよ。だけどまあ、まさか龍神(たつがみ)()の娘となって現れてくれるとは、幸運なこともあるものだねぇ。常に見張れるし、いつでも何でもし放題だ」


 夜鈴は何とか逃げ出そうと足に力を入れる。

 だが一歩後ろに下がった瞬間、海琉馬に付いていた従者たちに囲まれてしまった。


「逃がさないよ」


 海琉馬が威圧的に言う。


 夜鈴は怯えながらも、自分を囲んでいる大蜘蛛家の殺し屋たちの様子を確認した。

 いつ、どこから襲ってくるかわからない。全身の神経を最大限に研ぎ澄ませながら、状況を把握していく。


 しかし、どうしてもその存在に気を取られずにはいられなかった。


「……(かざ)()


 彼もまた、他の殺し屋と共に夜鈴を囲んでいる。

 夜鈴が名前を言っても全く反応しない。

 ただ静かに、冷たく殺意のこもった眼を彼女に向けていた。


 夜鈴はそんな風巳が恐ろしいというよりも、今までの彼の態度が、自分に向けてくれた優しさが、すべて嘘だったということがショックだった。


「こんなにも簡単に騙されてくれるとは思わなかったよ。おかげでここまですごく順調にいった」


 海琉馬の声でまた背筋がぞっとする。


「……全部、嘘だったんですね」

「演技だと言ってくれ。卑怯だと思うなよ? 相手を騙して信用させ、油断したところを襲う、これが大蜘蛛家のやり方だ」


 そう、確かに御三家にはそれぞれの信念がある。しかしだからと言って、六年もの間騙され続けていたと思うと、とても悔しい。


「さあ、お喋りはこのくらいにして。早くしないと邪魔者が来るかもしれない」


 海琉馬は再びにっこりと微笑み、穏やかな声で言う。だがそれが演技であることは明らかで、夜鈴は底の見えない恐ろしさを感じた。


「夜鈴、抵抗しないでね。そうすれば楽に殺してあげるから」


 海琉馬が柔らかくそう言った次の瞬間、夜鈴を囲んでいた殺し屋たちが一気に襲いかかった。


 彼らが構えているのはもちろん木刀なんかではない。加えて、夜鈴は不幸にも武器を持っていない。風巳も含めた一流の殺し屋数名を相手にして、夜鈴に勝ち目などなかった。


 それでも諦めるわけにはいかない。諦めるということはすなわち、死ぬということだ。

 夜鈴はその身軽な体型を活かして何とか四方八方からの攻撃を間一髪で避けながら、少しでも玄関に近づこうとする。


「無駄な抵抗だよ。既に結果はわかっているんだから」


 海琉馬の冷ややかな声が飛んでくる。


 彼の言う通りだ。

 夜鈴はもう息が切れていた。このまま同じことを続けても、夜鈴の体力が尽きるだけだ。

 だが死ぬわけにはいかない。死にたくなどない。

 夜鈴は力を振り絞って、攻撃を避けたその状態から相手に蹴りを入れ、彼の持っていた太刀(たち)を奪う。だがその隙に別の殺し屋が斬りかかった。


「……っ!!」


 避けきれなかった。


 左腕に激痛が走る。


 痛みを抑えようと動きが鈍くなった夜鈴に対し、太刀を取られた男を除く全員がここぞとばかりに斬りかかる。夜鈴はどうにか痛みを堪え、奪った太刀を振りかざして攻撃を止めた。


 だがそれも一時的なものだ。

 またすぐに、一斉に襲ってくる。


 動きが早い。

 普段の標的たちとは話が違う。

 武器だって、使い慣れたものではない。


 今度ばかりは、避けられない。


 考えるよりも先に、直感がそう告げていた。

 無意識のうちにぎゅっと目を(つむ)る。


(……ああ、私はこれで終わるんだな……)


 その時間は一瞬のはずなのに、異常に長く感じられた。


 そして、いくつもの(やいば)が己を切り裂くのだと思った時――、目の前で刀と刀が重なり合う音がした。


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