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約束の鈴  作者: 花紅彩葉
第四章 決戦の鈴
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五、 宗蒔来訪(2)

 普段とは比べものにならないくらいの速さで着替えを済ませた(ひづめ)は、急ぎ足で頭首室に向かっていた。すると、同じく早足でこちらに向かってくる盛雲(せいうん)と目が合った。


「どうしたのですか?」


 盛雲がこんなに急いでいるなんて珍しい。

 蹄はなんとなく察しが付きながらも確かめずにはいられなかった。


 彼は一瞬足を止め、「樹宮(きみや)()の方がいらっしゃった」と短く言うとまたすぐに歩き始めてしまう。思わず立ちすくみそうになるのを抑えて、蹄も盛雲の横について行く。


()(りん)は?」

「まだ帰ってきていない。昼までには戻ると言っていたんだが……」

「もう昼過ぎですよ?」

「……何かあったのかもしれない」


 盛雲がぽつりと漏らしたその一言で、蹄も最悪な事態を想像してしまう。


 ――上級貴族の姫。

 その正体が、もし誰かに知られたら。

 一人で町に出掛けたその存在を、見て見ぬふりをして放っておくだろうか。

 六年程前には貴族狩りのような物騒な集団もいたくらいだ。少し魔が差せば誰でも同じようなことをやりかねないだろう。


 それに、もしそうでなかったなら、夜鈴はきっと迷っているのだ。貴族に戻るのか、殺し屋を続けるのか。

 前に謝罪しに来た時のことはよく覚えている。あの時は何も言えなかったが、今度はちゃんと支えてあげないといけない。


「……俺、夜鈴を探してきます」


 蹄は意を決したようにそう言い、盛雲の返事も待たずに、すぐに駆けだした。


 盛雲はやれやれと思いながらも、ふっと笑みが漏れる。


 何を焦っていたのか。

 頭首だからとすべてを一人で抱え込む必要はない。


 蹄はここ数週間で見違えるほど成長した。

 夜鈴が、成長させたのだ。


 だから盛雲はそんな彼らのために、自分のすべきこと、できることをしよう、と思い直す。


 先程よりも軽くなった足取りで、盛雲は再び歩を進めた。



 * * *



都女(とめ)はどこだ?」


 (そう)()は相変わらず厳しい声で言う。

 しかし盛雲は屈することなく、堂々とした口調で応じる。


「只今、出掛けておりまして。もうすぐ帰ってくるはずです」


 そう答えた途端、明らかに宗蒔の目がつり上がった。

 それでも盛雲は動じない。蹄が自ら夜鈴を探しに行ってくれているという安心感が、彼の勇気を支えていた。


「そうやってしらを切るつもりか? 早く都女を連れて来い」

「ですから、町に行っているのです。もう少しお待ちください」


 盛雲は間を開けることなく、はっきりと答える。


「貴族を馬鹿にするのもいい加減にしろ。……次はないぞ。殺されたくなかったら、今すぐ都女を出せ」

「そう言われましても。いない者は出せません」


 宗蒔の怒りが、沸点に達したのがわかった。


「……殺し屋というものは命が惜しくないのか? ……捕らえろ」


 彼は連れてきていた家臣たちに命じる。だが所詮(しょせん)は貴族お抱えの護衛たちだ。殺しを専門にやっている盛雲にとっては、伸ばされた手や武器を避けることなどお遊び同然だった。


「まだ抵抗する気か? どうやら龍神(たつがみ)()全員を処刑されても良いようだな」

「まったく、貴方(あなた)も悪いお方ですね。町に出掛けたと言っているのですから、探しに行くかここで待つという選択肢もあるでしょう。よく確かめもせずに善良な民を処刑するのは、殺し屋よりも卑劣な行為ですよ」


 全員処刑などと言われて流石(さすが)に腹が立った盛雲は怒りを発散させるために、嫌味らしく、努めて柔らかい口調で言った。


 だがどうやら効果はあったようで、宗蒔の反論はすぐには来ない。


「……そうやって騙すつもりなんだろう? そんなやり方は、もううんざりだ」


 宗蒔は何だか悔しそうな声でそう言い、再び家臣に「捕らえろ」と指示する。


 軽々しく盛雲に避けられたのを反省したのだろうか、彼らは盛雲が予想した以上に速い動きで迫ってきた。油断していた盛雲に家臣の手が触れようとした時――。


「お待ちください、樹宮(きみやの)(そう)()さま」


 夜鈴でも蹄でもない、怪しく不気味な、しかし力強い声がその場に響いた。


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