四、 宗蒔来訪(1)
暗い建物の中、少年は豪快に男たちを殺していく。
一瞬も止まることなく血しぶきが舞う、異様な光景が広がっていた。
しかし男たちは怯える様子もなく、武器を持って対抗してくる。が、ただの一つも少年に当たることはなかった。
「……蹄さま、今日は一段と手荒でしたね」
「二件もあるからな。一つに時間をかけてられない。早く次行くぞ」
蹄はそう言って、それなりの実力者であったであろう男たちの山には目もくれずに大股で建物を出て行く。付き添いの殺し屋は慌ててその後を追った。
蹄は何とも言えない感情を押し殺すように、俯き気味に顔をしかめる。
ここ最近頻発していた質の悪い強盗集団。
そんなことはどうでもいい。
一日に二件の任務。
そんなの大したことではない。何も知らない従者へのただの言い訳だ。
今、蹄は、夜鈴のことしか考えられなかった。
それも当然だ。今日は、樹宮家が夜鈴を連れ戻しに来る日なのだから。
結局一度も彼女と口を利けていない。
話したくても、胸が締め付けられて、喉の辺りに何かが詰まった感じがして、声が出ないのだ。
でももう時間がない。早く任務を終わらせて、きちんと話をしたい。
――ずっと龍神家にいてくれ。
その一言さえ、まだ伝えていないのだから。
* * *
「只今戻りました」
蹄は血まみれのまま盛雲に軽く頭を下げた。
「……おい、蹄。相当雑にやっただろう……」
盛雲は呆れたように言う。それに対して蹄は焦ったように早口で言い返してきた。
「任務はきちんと果たしましたよ。それよりも夜鈴はどこにいますか?」
「それよりも早く顔を洗って着替えて来い。流石に見苦しい」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ。早くしないと――」
「蹄、一旦落ち着け。よく考えろ。そんな恰好で夜鈴に会うつもりか? それに、夜鈴なら町に出掛けた。恐らくもう少しで帰ってくるだろうが、その状態で会うのはいくら何でも無礼ではないのか?」
穏やかに、しかし力強い声で言う盛雲に諭されて、蹄は冷静になったようだった。
「……わかりました。着替えてきます」
そう小さく言い残し、部屋を出て行く。
そんな蹄を見送りほっとするも、盛雲はまた少し心配になっていた。
(夜鈴……、遅いな)
蹄にはもう少しで帰ってくると言ったが、本当ならもう帰って来ていても良い頃だった。あんなに従順だった夜鈴が約束を破るはずがない。
(最後になるかもしれないから夢中になっているだけだろうか。いや、でも何かあったのか? 夜鈴は強いから多少のことは大丈夫だろうが……。もしかして、樹宮家の方がいらした騒ぎで貴族だとバレてしまったのか?)
嫌な妄想はどんどん広がっていくばかりだ。仁鑑が療養中とはいえ、代わりの護衛を付けなかったことを後悔した。
(まあ、夜鈴にとっては護衛にもならないだろうが、……それでも気休め程度にはなっていただろう)
そんなことを考えていると、扉をたたく音がして従者が入ってきた。
「俐慧への聞き取り調査の報告に参りました」
一礼する従者を盛雲は表情一つ変えずに眺めたまま、そう言えば色々とありすぎて確認するのを忘れていたな、と反省する。
「どうだった?」
「あそこまでの事件を起こしたにしては、かなり大人しいです。ある程度の質問には即答しました。ですが、事あるごとに夜鈴さまを呼べとしつこく要求してきました」
「夜鈴か……。夜鈴自身も彼のことを知っていたようだが、どういう関係なんだろうな」
盛雲は顎に手を当てて考え込む。
事件の際からやけに夜鈴に執着していたようだが、何が目的なのだろうか。
「俐慧によると、彼は元々大蜘蛛家の訓練生だそうです」
「大蜘蛛家の?」
「はい。夜鈴さまとは五年前に大蜘蛛家で一度会っただけとのことですが、実際どうなのかはわかりません。その他の聞き取りの詳細はこちらに」
盛雲は思考を巡らせながら、従者が差し出した木簡を受け取る。
それに目を通そうとした時だった。
「盛雲さま! 樹宮家の方が来られました」
報告に来ていた従者とは別の者が、慌ただしく駆け込んできた。
従者たちは夜鈴が樹宮家の姫であることを知らないので、依頼人という体で、今日再び来られるとだけ伝えていた。ノックもせずに入ってくるとは、よほど急いでいるようだ。つまり、それだけ宗蒔に急かされたということ。夜鈴の姿が見えないことに怒っているのだろうか。
「すぐに行く。……すまないが報告はまたあとにしてくれ」
盛雲は早口にそう言って、受け取ったばかりの木簡を従者に返す。守秘義務があるため、ちょっとした物であっても机の上に野ざらしにはできない。
御意、という従順な返事を聞くともなしに聞きながら、盛雲は部屋を後にした。
重たい気持ちとは裏腹に駆け足気味に表門へ向かう。当然のようにそれに続く従者のほうを軽く振り向いて、「少し外してくれ」と短く言った。こちらの従者もまたすぐに従う。
一人になった盛雲は、どんなことをするかもわからない宗蒔への対応と、一向に帰ってくる気配のない夜鈴の心配で思考も感情も埋め尽くされながら、何とか平静を保って宗蒔のもとへ急いだ。




