三、 裏切り
「わー、やっぱり広いねー」
広大な更地を見ながら夜鈴は言った。
やはり何度見ても感心してしまう。
結局あれから夜鈴は風巳に連れられて、大蜘蛛家に来ていた。
町でわざわざ買ってもらいたい物なんて何も思いつかず、されるがままやって来たのだ。
「だよねー。なんたって大蜘蛛家の誇りだから」
そう言う風巳は言葉通り誇らしげに満面の笑みを浮かべている。
「欲しい物がないなら、何かしたいことでもいいよ?」
「したいこと?」
「例えば、んー……、育成所の見学とか、食事とか、あとは……父上と話す、とか」
(……海琉馬さまと?)
確かに御三家の頭首と良好な関係をもつことは大切だ。個人的に信頼を得ていれば、後々役にも立つだろう。だがお祝いという形でわざわざすることではない。
夜鈴は怪訝に思い、僅かに眉をひそめる。
そんな夜鈴に対し風巳が何か言うかと思ったが、それよりも早く、その人物は現れた。
狙ったような、嫌なタイミングだった。
「やあ、夜鈴。元気そうだね」
「海琉馬さま……」
彼は相変わらず穏やかに微笑みながら、従者を連れて近づいてくる。
そのせいでまたも安心しそうになるのを抑えて、夜鈴は何とか自分の言葉を紡いだ。
「お会いできて光栄です、海琉馬さま。しかし生憎これから用事がありまして、そろそろお暇させていただこうかと思っておりましたところでして。またの機会にじっくりお話できたらと思います」
やっぱり、海琉馬や風巳が、大蜘蛛家が、悪い人だとはどうしても思えない。
それでも、今すぐにここから離れないといけないような気がした。
直感が、殺し屋として磨いてきた感覚が、そう言っている。
「まあまあそう言わず、来たばかりじゃないか。もう少しだけゆっくりしてお行き」
海琉馬は穏やかな表情を保ったまま言う。
「お言葉は大変嬉しいのですが、どうしても行かなくてはいけない用事でして」
「……そんなに大切な用事とは、一体どんな用事なのかい?」
「それは……」
流石に樹宮家からお迎えが来ますなんて言えるわけがない。良さそうな言い訳が思いつかず、夜鈴は口ごもってしまう。
「ああ、殺し屋には守秘義務があるからね。好敵手の我々には話せないか。ごめんごめん」
言いながら、海琉馬はわざとらしく謝る。
夜鈴は思わずぎゅっと唇をかんだ。
「そうです。ですから詳しいことは言えませんが、急がなくてはいけませんので、これで失礼します」
無暗に言い返しても時間の無駄だ。それに機会を逃すわけにはいかない。
実際、そろそろ出発しないと昼までに龍神家に戻れなくなってしまうのだ。
夜鈴はそのまま頭を下げて立ち去ろうとした。
嫌な予感が、的中してしまう前に――。
「そうだね、樹宮家のお方を待たせるわけにはいかない」
海琉馬の声が、一気に低くなった気がした。




