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約束の鈴  作者: 花紅彩葉
第四章 決戦の鈴
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二、 町

 町は、町人たちで賑わっていた。商品を売る者、それらを買う者、皆楽しそうだった。


 貧しい人が多いため、価格は基本的に低く設定されている。だが中には高価な物を売りつけて不法に儲けている者もいるようだ。その金で権力者が裕福な生活をしていると思うと、怒りが噴き上がってきた。


 ()(りん)は慌てて感情を抑える。今日は全てを忘れて自由を満喫するために来たのだ。樹宮(きみや)()のような権力者のことなど思い出していては時間がもったいない。


 気を取り直して町を見渡した。夜鈴は数えるほどしか来たことはないが、道に迷うことはない。なにせ町を自由に歩き回ることすら、夜鈴には特別で忘れられない経験だからだ。


 ふと、町の小さな路地を曲がった所に座り込んでいる人影が見えた。ぼろぼろの衣服から見える手足は黒く細い。どうやら食べる物も着る服もまともに得られないらしい。それも一人や二人ではない。数え切れないくらいの人々が、道端で倒れている。無残な光景に、夜鈴は思わず目を背けてしまった。


 これを見るのは初めてではなかった。賑わう町の裏で苦しむ人々。それは何度見ても慣れるものではなく、慣れてはいけないものだと夜鈴は心から思っていた。

 しかしだからと言って何かができるわけではない。己の無力さを痛感しながら、賑やかな町へと歩き始める。


 こんなにも貧者で溢れているというのに、高価である殺し屋への依頼は絶えない。それほどに情勢が不安定で治安が悪いのだ。その状況は貴族狩りの動きが最も活発だった六年前から変わっておらず、それどころか年々悪化しているように思う。殺し屋が必要とされるのは助かるが、しかしそれによって正義感に浸ることなどできるわけがない。一刻も早く皆が安心して暮らせる時代になってほしいと願うばかりだった。


 考えていると、多くの町人が行き交う中に見知った顔を見つけた。それでこれまでの思考は停止した。


 少し遠くに見えるのは、銀髪に空色の瞳を持つ少年。(かざ)()だ。彼は夜鈴に気付くと、穏やかな笑みを浮かべて駆けてきた。


 一瞬、夜鈴は迷った。

 これまで通り返事をすべきか否か。


 ――大蜘蛛(おおぐも)()には気を付けろ。


 ()(けい)のその言葉は、確かに彼女の頭の中に刻み込まれていた。しかし風巳の(まと)っている空気は不思議と人を安心させる。芽生え始めた疑惑は、考えるよりも先にどこかへ消えてしまった。


「おはよう、風巳。久しぶり、かな?」

「んー、そうなるのかな? 交流会がつい昨日のことのように感じるから、なんか変な感じだけど。それより夜鈴、珍しいね。町に来ることもあるんだ」

「気分転換にね」


 やはり風巳と話していると落ち着く。何を言っても優しく返してくれるし、話題が無くならないよう会話を主導してくれる。肩の力を抜いて話している内に、俐慧の謎の忠告も(そう)()のことも、完全に頭から抜け落ちていった。


「風巳はよく来るの?」

「たまにねー。食糧とか服とか、色々必要な物をまとめて買うんだ。買い出しは基本的に僕の仕事だから」


 龍神(たつがみ)()と大蜘蛛家は多少距離があるが、どちらの家からもこの町が一番近い。必需品の購入をこの町でするのは当然だった。


「風巳の仕事なんだね」

「うん。大蜘蛛家は結構みんな忙しいから、なんだかんだ言って僕が一番暇人なんだよ。ちなみに龍神家は誰が買い出し担当なの?」

「龍神家は特に決まってなくて、行ける人が行くって感じかな。私や(ひづめ)が来ることは滅多にないよ」

「じゃあ今日はその滅多にない日?」

「いや、今日はなんとなく来たかったから来ただけだよ」

「へぇー。そんなこともあるんだね」


 風巳の声が、一瞬低くなった気がした。その言い方に、夜鈴は違和感を覚えた。普段通りの柔らかい口調だが、少し突き放すような、言葉の裏で否定してくるような言い方に聞こえた。


「どうかした?」


 しかし穏やかな笑みで見つめてくる彼は、いつもの彼だった。


「何でもないよ」


 慌てて一言返したものの、すべてを見透かしているような彼の瞳に背筋がぞっとするのを感じた。

 しかし風巳はそんな彼女に構わず、さらににっこりと微笑む。


「そういえば、夜鈴ってなんか変わったよね。交流会の時にはもっとおどおどしてて頼りない感じだったけど」

「そ、そう?」

「全然違うよ。何かあったの?」

「んー。特に何も? 蹄とはちょっとだけ話せるようになった感じかな」


 俐慧や宗蒔のことは、気軽に話してはいけないと思った。樹宮家に関することは単純に言いたくなかったし、俐慧にしてやられたことは知られないほうが龍神家のためだ。短期間にこんなにも多くの問題が起きているなど知れたら、何を言われるかわからない。下手すれば御三家から外されかねないのだ。


「えっ、そうなの!? あの蹄と!?」

「う、うん」


 実際、蹄とは一度話せるようになってからまたすぐに距離ができた。以前よりも遠く、簡単には縮められない距離。ここ一週間姿も見ていない。だがそれも風巳に言えばさらに面倒なことになる気がしたので、あえて宗蒔が来る前までの状況にしておくことにした。


「それは、うん、良かったね!」

「ありがとう」


 (わず)かに引きつった笑顔で返す。盛雲(せいうん)や蹄をあんなに動揺させたばかりなのに、こんなにも隠し事をするのは気が引けた。


「あ、じゃあそのお祝いってことで何か買ってあげるよ! ここで良い物がなくても、大蜘蛛家に来てくれたら何でも用意できると思うから」

「え? いや、いいよそんな。風巳も大蜘蛛家の方たちも忙しいだろうし、そんな祝ってもらうようなことじゃないし……」

「言ったでしょ? 僕は一番の暇人だ。それに父上も夜鈴なら大歓迎だよ!」

「えっ、それってどういう――」

「いいからいいから。早く! 選ばないならもう大蜘蛛家行くよ!」

「あっ、ちょっと待って、風巳!」


 風巳は夜鈴の声をすべて遮って、有無を言わさず彼女の腕を引っ張って行く。その力は宗蒔とは比べものにならないくらい強い。夜鈴は呆れ笑いを浮かべながら、大人しくついて行くしかなかった。


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