一、 約束の日
「本日の任務を確認しに参りました」
夜鈴は盛雲の部屋でいつも通り日課をこなしていた。
「任務って……、今日は宗蒔さまが来られる日じゃないか」
盛雲は何を言っているんだと言わんばかりの声色で言う。夜鈴にため口を使うことには慣れてきたようだった。
「ですが、恐らく来られるのは夕方、早くても昼以降だと思います。それまででしたら可能ですよ」
「そんな無茶なことはさせられない」
「無茶ではありません。私はこの一週間、何も仕事をしておりません。休暇は十分いただきました。そろそろ任務をいただいてもよろしいかと」
「そろそろと言ってもな……」
そこまで言って盛雲は言葉を濁らせる。言いたいことはなんとなくわかった。
「――結局、どうするつもりなんだ?」
それは、宗蒔が来たらどうするのか、ということだ。
貴族に戻るのか、殺し屋を続けるのか。
決断のための一週間はあっという間だった。
「……反抗するつもりです。ずっと龍神家にいられるように。ですが、どうなるかはわかりません。場合によっては、諦めることも大切だと考えています」
夜鈴ははっきりと言った。決意に満ちた声だった。
「そうか……」
盛雲はどこか落胆したようだった。反抗するのが嫌だったのか、諦めるのが嫌だったのか、それとも他に理由があるのか。それは夜鈴にはわからないことだった。
しかし彼女はその理由に興味はない。すぐに別の思考へと移る。
「ところで、蹄の今日の予定を教えていただけますか?」
夜鈴が貴族だと知ってから、蹄とはまともに話せていない。もし今日が龍神家にいられる最後の日になってしまったらと思うと、きちんと話をしておきたかった。
「蹄には今日、二件請けてもらっている。もう出発していると思うぞ」
「そうですか……」
夜鈴は残念そうに言う。しかし何か思いついたかのように尋ねた。
「蹄に二件も任せるということは、そんなに大変な任務なのですか?」
「まあな。他の者には行かせられない」
「それでは一件、私にやらせていただけませんか? 私なら問題なく蹄の代わりになると思いますが」
「そ、それは……」
思いもしなかったことを言い出して、盛雲は焦った。せっかく話題を逸らせたと思っていたのに、と思う。
「それは、流石にできない。ため口を使うだけでも精一杯なんだ。貴族様に人殺しをさせるなんて、俺にはとても……」
そこまで言って盛雲は黙ってしまった。
その様子を見て、夜鈴は諦めたように言う。
「……そうですか。わかりました、二件とも蹄に任せましょう」
「……そうしてくれると、助かるよ」
やはり、殺し屋と上流貴族では扱いが違うようだ。こればかりは盛雲が悪いわけではないが、どうしても嫌になってしまう。
夜鈴は無意識に低くなった声で、静かに言った。
「では、私はこれで失礼します」
これで諦めてしまうのか。
龍神家にいられる最後の日かもしれないのに?
もう、やり残したことはないだろうか。
そこで夜鈴はあることを思い出した。
貴族に戻ってしまったら、もうできないこと。
部屋を出ようとしていた足を止めて、振り返る。盛雲が不思議そうな顔をした。
「盛雲さま。外出許可をいただけませんか? もしも樹宮家に戻ることになったときに後悔しないよう、最後に町を見ておきたいんです。昼までには戻りますから」
「……許可しよう。金はあるか」
「はい。ありがとうございます」
夜鈴は少しばかり心を弾ませながら、盛雲の部屋を後にした。




