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約束の鈴  作者: 花紅彩葉
第二章 桜柄の鈴
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八、 依頼内容

 ()(りん)の話を聞いて、青年はしばらく黙っていた。


「わかってはいたが、大変だったんだな……」


 ようやく重たい口を開き、訊いてはいけないことを訊いてしまった時のような、申し訳なさそうな声でそう言った。


樹宮(きみや)()が来ることは、一度もなかったの?」

「はい。本当は一度くらい来てほしかったんですが、もう諦めています。それに今更来たところで、嬉しくはありません」


 六年も放っておいて。もう樹宮家に戻る気なんてない。関わりたいとも思わない。


「まぁ、そうだろうね……。そういえば、君を貴族狩りから助けたのは、誰だったんだろうな?」

「それが……。よく覚えていないんです」


 殺されるかもしれないという恐怖と、大切な人を殺されたという悲しみで心を塞ぎこんでいたせいだろう。

 だが――。


「気のせいだと思いますが、その人、鵺重(やえ)だったような気がするんです……。思い込み、でしょうけどね」


 そう。あれは、死んだはずの、殺されたはずの鵺重だったような記憶がある。そんなことはあるはずがないが……。


「そうなんじゃない?」


 青年はさらっと、恐ろしいことを言った。


「え?」

「いや、君が死んだと思い込んでいただけで、本当は生きていたかもしれない、ということだよ。ほら、仁鑑(じんかん)を斬ったけど、多分生きてるでしょ?」


 そうなのだろうか。もしそれが事実だとすれば、鵺重は今も、生きているのだろうか? だとしたら、会いたい。


「そうだと、良いですね」


 夜鈴は素直にそう言った。望み薄ではあるが、そうであることを願って。


「じゃあ、夜鈴の正体は樹宮(きみやの)都女(とめ)で、貴族狩りに(さら)われた後逃げ出して、龍神(たつがみ)()に拾われて、殺し屋になったと。そういうことだよね」


 青年が夜鈴の成り立ちを簡潔にまとめた。夜鈴は頷く。そうして、ずっと思っていたことを訊いた。


貴方(あなた)は、私が元貴族だと知っても敬語を使わないんですね」


 それは決して、青年を責めているわけではなかった。一応確認、という感じだ。


「使ってほしくないんでしょ? 貴族に戻りたがっていない時点で、そういうのにも多少抵抗があるっていうか」


 本当にその通りだ。貴族だからといって距離を置かれるのは好きではない。盛雲(せいうん)(ひづめ)に正体を隠しているもう一つの理由として、今の関係を崩したくないから、というのもある。

「よくお分かりですね」と、目を伏せながら、小さく言った。


 そして、青年を見据えて。それでいて自分に言い聞かせるように。


「私はもう、樹宮都女ではありません」


 はっきりと、力強い声で言った。

 何か言われるかと思ったが、特に反応はない。心なしか、不安げな表情にも見えた。何だか恥ずかしくなって、話題を変える。


「ところで、ここまでお話ししたので、貴方の名前くらい教えていただけませんか?」


 こんなに他人の過去を掘り返しておいて、自分は何も教えないとは、あまりにもわがままが過ぎる。話をしている内に気付いたが、この青年は鵺重に似ている。態度や性格は全く違うが、藍色の髪や灰色の瞳はそっくりだ。何か関係があるのだろうか。


「えー、どうしようかなー」


 いつの間にかお茶らけた態度に戻っていた青年が、そうやって惚けようとした時。



()(けい)さま!! 龍神家が!!」



 青年の手下らしき男が地下に駆け込んできた。反動で夜鈴と青年は立ち上がる。どうやら龍神家が助けに来てくれたようだ。

 だが正直、夜鈴にはそんなことどうでも良かった。


「俐慧……」


 聞いたことのある名前だった。記憶を探る。


 一方で青年――俐慧は、焦っている様子は一切なかった。誰も気づかないくらいではあるが、(わず)かに口角を上げてすらいる。


「龍神家が何だって言うんだ?」


 低い声でそう言いながら入ってくるのは、珍しく怒ったような様子の盛雲だ。そのまま駆け込んできていた男を捕らえる。男は見苦しい程に怯えて、変な声を漏らした。


「お呼ばれされたから来ただけだ」

「お呼ばれ?」


 夜鈴は思わず復唱した。記憶を辿りながら。


「そうだ。まさか居場所を記した紙片を残して行くとはな」


 盛雲の言葉に、夜鈴だけでなく捕らえられた男も唖然とする。俐慧に向かって、「どういうことですか?」と問うた。全員の視線が俐慧に集中する。


「よく来てくれましたね。龍神家の皆様」


 俐慧は、笑っていた。危機的状況のはずなのに、嬉しそうに、微笑んでいた。


「他の者たちは殺しましたか?」

「……いや、殺していない。拘束はしている。だから……夜鈴を返してもらおうか」


 盛雲は脅しの材料のように、事実を言った。だが、俐慧の返答は予想を遥かに上回るものだった。


「そうですか。もう目的は済みましたので、夜鈴はお返ししますよ。ただし、条件があります。――拘束した者全員を、殺してください」


 手下であるはずの者たちの殺害を、要求したのだ。その依頼に、目の前にいる手下の男は呆然とした。盛雲も状況を理解できない。


「……本気か?」

「はい」

「り、俐慧さま? 何をおっしゃるのですか。仲間ではないですか」


 男の(なだ)めるような声に、俐慧はわかりやすく拒絶する。


「仲間? 何を言っているんだお前は。『俐慧さま』なんて呼びやがって……」


 そう言って男を睨んだ。

 俐慧の態度に、夜鈴も盛雲も付いていけない。


「さあ、早く殺してください。殺し屋ですよね?」


 それでも盛雲は男を殺さない。仁鑑を斬って夜鈴を攫った青年が、仲間の殺しを願うとは思えなかった。何かの罠ではないかと疑ってしまう。


「本当に、殺してほしいのか……?」

「本当ですよ」


 それでも信じてもらえないと判断した俐慧は、諦めたように息を吐き、表情を引き締めて深々と頭を下げた。


「これが俺の依頼です。どうか、あいつらを殺してください。お願いします」


 その声に、嘘はなかった。年相応の青年の、懇願するような声だった。


「……わかった。ただし、後できちんと報酬は貰うぞ」


 切り替えの早い盛雲に、俐慧はしっかりと頷く。


「お前たち、任務だ。ここにいる奴らを全員殺せ」


 盛雲は一緒に来ていた部下たちに命令した。すぐに「御意」という返事が返ってきて、素早く動き出す。目の前にいた男も、殺された。


「おい、君。ここを開けろ」


 任務を部下に任せた盛雲は、牢の中にいる俐慧に声をかけた。俐慧は抵抗することなく鍵を開ける。そのまま夜鈴とともに牢を出た。


「依頼内容はこれだったのか……。なぜわざわざこんなことを?」


 仲間の殺しが目的なら、わざわざ夜鈴を攫う必要はないはずだ。


「一つは、夜鈴と話したかったからです。もう一つは、……こうしないと、殺せなかったからです」

「どういうことだ?」



「あいつら、俺のことを『俐慧さま』と呼んでいましたが、手下ではありません。本当は、俺のことを監視していたんです」


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