七、 過去
「私は、六年前、貴族狩りに攫われて消えた上流貴族・樹宮家の姫、樹宮都女です」
夜鈴ははっきりと、真実を告げた。
六年間、隠し続けてきた真実を。
それを聞いた青年は、納得したような、それでいてなぜか悔しそうな顔をして、小さく溜息を吐いた。
「やっぱり……。どうして、隠していたんだ?」
貴族だと知っても、敬語は使わない。
「それは……。知られたら殺し屋を続けられませんし、それどころか樹宮家に帰されてしまうでしょう?」
しかし夜鈴はそんなことは気にせず、質問に答えた。
「帰りたく、ないのか?」
「そういうわけでは……。いや、そうなのかもしれません。樹宮家は私たちを見捨てました。いくら母上が当主・徳実さまの正妻ではないとはいえ、私たち二人に対してたった一人しか護衛を付けなかったのです。……そのせいで、母上は貴族狩りに殺され、私は攫われた。そう思うと、どうしても樹宮家を憎んでしまうんです」
こんなことを誰かに話すのは初めてだ。絶対に話さないと心に決めていたが、いざ話してみると抑えていた感情が溢れ出して、止まらなくなる。
しかし、なぜ正体もわからない謎の青年に話してしまうのか、夜鈴はわからなかった。
「だから貴族であることを隠して龍神家にいるのか。それはわかった。だけど、謎が多すぎる。貴族狩りに捕まった後、売られたわけじゃないんだよね? どうやって殺し屋になったんだ? 樹宮家は助けに来なかったのか?」
青年は夜鈴を責めるわけではなく、浮かび上がってくる疑問を口にしているだけのようだった。
「まぁ、そうですよね。では、順を追って話しましょう」
そう言って夜鈴は、記憶の奥底に封じ込めていた過去を、話し始めた。
* * * * *
樹宮家の当主・樹宮徳実は、夜鈴――都女の母親である樹宮柴淑に飽きた。最初の頃はとても大切にしていたが、それも時間とともになくなっていった。
正妻である樹宮晏菫ばかりを大切にする徳実のことを、柴淑は多少は嫌に思ったが、すぐに諦めた。だから、娘の都女だけは寂しい思いをしないようにと、最大限に愛情を注いだ。
その結果、都女は父親の存在を求めることも、恨むこともしなかった。上流貴族とは思えないほど質素な生活にも不満はなく、ただ静かな日々を、柴淑と護衛の鵺重と一緒に過ごせることが嬉しかった。
しかしその生活も、終わりを迎える。
当主に見放されていた二人には、鵺重以外に護ってくれる人などいなかった。決して弱かったわけではない鵺重でも、複数人で襲ってきた貴族狩りには勝てなかった。そのまま、一緒にいた柴淑も殺された。
貴族狩りの狙いは、都女のようだった。
屋敷で恐怖に泣き叫んでいた彼女は、気づけば見知らぬ地下にいた。土がむき出しで、異臭が漂う、劣悪な環境だった。
そこからの記憶は曖昧だ。
恐怖と悲哀により、すべてを拒絶するようにうずくまっていた彼女に、誰かが話しかけてきた気がする。その誰かが、都女をそこから出してくれた。外に出るまでは誰にも見つからないようにコソコソとしていた彼は、地上に出てから色々と話をしてくれた。
その中で唯一覚えている言葉がある。
「騙して、ごめんなさい」
それが何を意味するのか、九歳だった都女はわからなかった。そして大きくなった今も、記憶が曖昧で、よくわからない。
彼は閉じ込められていた場所からかなり離れた場所まで来ると、都女に僅かな食糧を渡し、
「強く、生きてくださいね」
そう言い残して去っていった。
藍色の髪を持つ彼の後ろ姿は、印象的だった。
その後、どこなのかもわからない薄暗い森の中に取り残された都女はとても怖かった。元々怖がりである上に、母親と護衛を殺した奴らが自分を追ってきているかもしれないという不安が重なり、その場から動くことなどできなかった。
――鈴の音は、怖いものから守ってくれるのよ。
まるでその様子を見透かした柴淑が囁いたかのように、その声が蘇った。都女はハッとして、隠しに入れていた桜柄の鈴を取り出した。
チリン。
屋敷にいた時はとても綺麗だと感じた鈴の音は、今は寄り添ってくれる母親のようだった。その音に安心感を覚え、都女は何度も鈴を鳴らした。
何度も、何度も。
しかし、昼間は鳴らさなかった。貴族狩りが都女を探しているかもしれない、もしそうならば、音を鳴らしたら見つかってしまう。それがもっと怖かった。
助けてくれた彼に貰った食糧がなくなった日の夜。
この夜のことはよく覚えている。
何かに救いを求めるように、鈴を鳴らし続けた。貴族狩りに見つからなかったとしても、このままでは餓死してしまうことくらい、九歳の都女でもわかった。
そして――
ガサッ!!
隠れていた茂みが勢いよくかき分けられ、目の前に大勢の男たちが現れた。鈴の音に夢中になっていた都女は、先程から叫んでいた彼らには気づいていなかったのだ。驚いて鈴を落とす。
チリン!!
都女は恐怖で震えていた。
目の前にいる男たちは、貴族狩りだろうか。見つかってしまったのだろうか。どうしよう、逃げられない。自分も、殺されてしまうのか……。
恐怖に支配された結果、情けないくらい小さな声しか出なかった。
「……だっ、……れ……」
少し後からやって来た男――盛雲は、怖い顔を穏やかな笑みに変えて、都女の目線の高さに合わせるようにしゃがみこんだ。そばに落ちていた桜柄の鈴を拾い、そっと差し出してくる。
「おじさんたち、怖い人じゃないよ。人助けをしているんだ」
都女は恐る恐る顔を上げ、視界に飛び込んできた鈴を盛雲の手から奪い取った。
その様子を見ていた従者――仁鑑が、クスクス笑いながら言う。
「そんな言い方したら、余計に怖いですよ」
「……そうか?」
「はい。それに人助けなんて、綺麗事を……」
「おい、仁鑑……」
そのやりとりは、柴淑と鵺重を殺した奴らのものとは思えなかった。だから、信用することにした。
「いい人、なのですね……」
一応貴族として育ったので、平民の子供とは程遠い丁寧な口調になってしまった。が、都女はそんなことは何も考えていなかった。
「なぜこんな森の中で、鈴を鳴らしていたんだ?」
優しい口調のまま、盛雲は問う。しかしそれを人から言われると、急に恥ずかしくなった。
ただの鈴の音が守ってくれると本気で信じているなんて、あまりに幼稚すぎる。
「え、えーっと……す、鈴の音は、怖いものから守ってくれると、聞きましたから……」
だが他に良い返答も思いつかず、口ごもりながら答えた。
一瞬盛雲に不思議そうな表情をされたが、すぐに「とても大切な物なんだな」と柔らかい口調で言われ、都女は大きく頷いた。
その通りだ。
そしてそれ以上鈴について触れられなかったことに安心した。
「お前、名は何と言う?」
名前を訊かれ、都女は驚いた。まさか名前を尋ねられるとは思っていなかったのだ。
しかし樹宮都女と名乗れば、お屋敷に返されてしまう。それは何だか嫌だったし、また貴族狩りに襲われるかもしれないと思うと怖くて、黙り込んでしまった。
「……名がないのか? まあいい。では、帰る場所はわかるか?」
「…………」
帰る場所なんて、ない。
何も言わない都女に困ったらしい盛雲は、仁鑑を見た。
「どうするかは、貴方次第ですよ」
「そうだな……」
少しおいて、盛雲は決心したように言った。
「帰る場所がないなら、俺たちのところに来るか?」
予想外のその言葉に、夜鈴は驚きながらぱっと顔を上げた。そう、もし彼らのところに行けば、食糧の問題も解決し貴族狩りからも逃れられる。
人様に迷惑をかけてはいけないと思いながらも、どうしようもなく「行きたい」と思ってしまった。
そんな彼女の様子を見た盛雲は、穏やかに微笑む。
「決まりだな」
そうして、都女は龍神家に引き取られることになった。
名乗らなかった為に夜鈴という名前を貰った。
都女はその「よりん」という響きがとても気に入った。そして、母親以外に初めて呼び捨てにされたことが、とても新鮮で嬉しかった。
ただ一つ嫌だったのは、楽しそうに話していた盛雲と仁鑑の間に、確かな主従関係があったことだ。
上流貴族である都女にとって、立場は絶対的なものだった。だからこそ、立場に縛られない生き方に憧れていた。しかしどこに行っても見えない壁は存在していて、それが樹宮家での記憶を蘇らせて、嫌だった。
その後、都女――夜鈴をどうするかという話になった。一時引き取りは可能でも、そのまま育てることは掟破りになるそうだった。
しかし夜鈴は、龍神家で、殺し屋として生きたかった。
――強くなければ、守れませんから。
――都女……、生きて……ね…………。
――強く、生きてくださいね。
生きていくには、大切なものを守るには、強くならなければならない。
もう二度とこんな思いをしないためにも、強くなりたかった。そして強くなるには、殺し屋になるしかない、と考えた。
「強くなりたいのです。私を殺し屋として、鍛えていただけませんか?」
断られた。
掟は破れないから。夜鈴を危険には晒せないから。
そういう理由だった。
それでも何度も頼み続けた。
結果、引き取る以外にどうしようもないということで、何とか了承してもらえた。
それからというもの、毎日毎日鍛錬に励んだ。
夜鈴を拒絶するような態度の蹄には多少ショックを受けた。しかしそんなことで諦められないし、無理やり入り込んできたのは自分だという自覚が精神的負担を減らした。
そうやって生活しているうちに、殺しという任務に慣れ、貴族狩りに対する恐怖も薄れていった。
だが、いつの間にか貴族狩りは消えていた。
それでも強くなりたいという思いが消えることはなく、鍛錬を積み重ねて力をつけていった。
そうして、今に至る――。




