五、 夜鈴の正体
「ここから先は俺がやる。お前たちは出て行け」
「しかし……」
「良いから出て行け。人がいっぱいいたら話してくれないかもしれないだろ」
僅かに言い争う声が聞こえた。
それから、遠ざかっていく足音。
だんだん意識がはっきりとしてくる。それに伴うように、ゆっくりと目を開けた。
石を張り詰めて作った天井が目に入る。
その一瞬で、夜鈴は自分の状況を理解した。
気絶させられた後、謎の青年が従える男たちに連れ去られ、地下と思しき場所に監禁された、といったところだろう。
監禁されるのは、実は二度目だった。
ここはかなり良い環境だろう。前回は、悪臭が漂い、ありとあらゆる虫が蠢く、無理やり地面を掘って作ったかのような土がむき出しの最悪な場所だった。思い出したくもない。
思考力が戻ってきたところで、ゆっくりと身体を起こした。どうやら石造りのベッドで寝ていたようだ。近代的な造りだな、と呑気に感心してしまう。
「気が付いたか」
その、先程までとは少し違う雰囲気の青年の声に、はっとなった。声のした方に顔を向けると、鉄格子の向こう側に青年が立ってこちらを見ていた。
少々警戒心が薄れてしまっていたな、と反省する。が、また必要のないことを考え始めてしまう。
「それが素、ですか?」
龍神家の裏山にいた時は、苛立った声や、無駄に優しくしたような声だった。しかし今は、年相応の青年、という感じだ。こっちのほうがいいな、と思った。
「さあね。人間の素がどれかなんて、よくわからないものだ」
青年はシレっと言ってのける。その様子に、夜鈴は不思議と抵抗感を覚えなかった。
しかしすぐに大切なことを思い出して、少し慌てる。
「……!! 仁鑑は!? 無事ですか!?」
気を失っていたせいで、裏山での焦りや動揺はすっかり忘れていた。見れば菖蒲色の和服には、飛び散ったのであろう仁鑑の血が僅かに付いている。
「急所は外させた。すぐに手当てをすれば、助かると思うよ」
「良かった……」
大怪我を負っていて良かったことはないだろうが、それでも生きているということに安心する。自分のせいで人が死ぬことほど、辛いことはない。
一安心したところで、ずっと気になっていることを訊いた。
「あ、あの。そろそろ貴方がどなたか、教えていただけませんか」
「襲ってきたりはしないんだね」
「しても、得がありませんから。第一武器を持っていませんし、さっきまで気を失っていたので激しく動くと危険です。もう既に手を出す権利はありますが、私は、今その選択をするのは正しくないと判断しました」
質問に答えてもらうために、丁寧に返答する。
「それよりも、名前だけでもいいですから、教えてください」
「嫌だ」
「なぜですか?」
「何でもいいじゃん。ていうか、敬語やめてよ」
「貴方が何者かわからない限り、やめるわけにはいきません。もしも私よりも上の立場の方だった場合、取り返しのつかないことになり兼ねませんから」
「お堅い考え方なんだね」
その言葉に、夜鈴は少しむっとした。
常識でしょ、と思いながら。
確かに堅苦しいとは思うが、何事もなく生きるためには必要なことだ。しかし青年の言うことにも同感で、言い返せなかった。
「あのさ、俺よりも、俺たちの目的のほうが気にならない?」
強引な話題転換に呆れそうになるが、否定もできない。
「まあ、そうですね。殺し屋を捕らえるなんて、よほどのことがない限りしないでしょうから」
夜鈴の知る限りでは、殺し屋が攫われたなどという話は全く聞かない。龍神家の恥になってしまったな、と今になって後悔する。
「君を連れてきたのはね、お話を聞くためなんだ」
またわざとらしい口調になり始めて、夜鈴は嫌悪感を露わにした。
「話?」
「そ。君の、いや、貴女の秘密について」
そう言って不敵に笑う青年に、夜鈴はぞっとした。
まさか、と思いながら。
「ねえ、中入っていい?」
牢の中、夜鈴がいる方を指さしながら馴れ馴れしくそう言ってくる。反動で頷いてしまった。
それを見て青年は鍵を開け、中に入ってくる。
再び鍵を閉めて、牢の中にあった石造りの椅子に腰かけるので、夜鈴も立ち上がってもう一つの椅子に移動した。なぜかそうすべきだと、無意識に思った。
「さて、本題だけど」
青年は真面目な顔になりながら、二つの椅子の間に置かれたこれまた石造りの丸い机に肘をつき、手を組む。それで、二人の間の空気がピリついた。
「俺は、貴女の秘密を、……正体を、知っている」
夜鈴はゴクリと息を呑んだ。
「だから、教えてくれないか。本当のことを」
そう、いつかはバレると思っていた。六年間隠し通せただけでも上々だ。本当は、龍神家の人間以外でも、どこで誰が気づいても、おかしくなかった。
この青年が誰なのか、なぜ知っているのか、詳しく知ってどうするのか、そんなことはもうどうでも良かった。ただ、もっと気になるのは――。
「他に、知っている人は、いますか?」
「うん。部下たちもそうだよ。だが、感づいている、という程度で詳しくは知らない」
それを聞いて、少し安心する。まだあまり広まってはいないようだ。
「では、お話しする代わりに、絶対に誰にも言わないこと、そしてこれ以上話が広まることを阻止することを、約束していただけますか」
「わかった。ただ、話が広まるのは止められないかもね」
「どうしてです?」
「もう広まり始めているから。中には、動き出している輩もいるみたいだよ」
「そうですか」
それは困った。動き出している輩、というのは何となく想像がつく。もし予想が正しければ、大変なことになりそうだ。
だがそれは、この青年に話さない理由にはならない。話さずに変な噂がたつ方が、面倒なことになり兼ねない。
「まあ、それは良いです。わかりました、では話しましょう」
夜鈴は心を決めて、息を一つ吸って、口を開いた。
「私は、六年前、貴族狩りに攫われて消えた上流貴族・樹宮家の姫、樹宮都女です」




