四、 記憶
晴天の下。
少女と母親と、護衛の鵺重は、庭先に出ていた。
「良い天気ね、都女」
母親は少女に、やわらかく微笑みかける。
それに応えるように、都女と呼ばれた少女は明るい声で尋ねた。
「桜は、もうすぐ咲きますか?」
「そうね、きっとすぐに咲くわ」
少女は、桜を見るのが好きだった。
これ以上はない程立派なお屋敷に住みながら、楽しみは自然の変化を感じることだけ。
それでも、優しい母親と頼れる鵺重と過ごす日々は、少女には満足だった。
「そうだ、都女。良い物をあげるわ」
そう言って母親が隠しから取り出したのは、桜柄の鈴だった。
「わぁ! 桜だ」
「鳴らしてみて」
言われた通り、軽く揺らしてみる。
――チリン。
「綺麗な音……!」
「そうでしょう。私はこの鈴の音が好きなの。それに鈴の音は、怖いものから守ってくれるのよ。都女は怖がりだけれど、これがあればもう大丈夫ね。きっと守ってくれるわ」
「本当ですか!?」
「えぇ」
少女は満面の笑みを浮かべながら、何度も鈴を鳴らし続けた。その様子を、鵺重は微笑ましそうに眺めていた。
「どうしたの? 鵺重」
視線を感じた母親が問う。
「いえ、柴淑さまと都女さまのやりとりを見ているのが、幸せなのです」
「何よ、恥ずかしいではないの」
そう言いながらも母親は嬉しそうだ。
まさかこれが最期の会話になるなんて、夢にも思わずに。
三人が、そうやって幸せそうに笑っている時だった。
完全に外からの侵入者を遮断しているはずのお屋敷の庭、その物陰から。
――見知らぬ黒ずくめの男たちが現れた。
それに気づいた少女は、恐怖で固まった。
そこからは、一瞬だった。
少女と母親を守ろうした鵺重は、少しは耐えたものの、すぐに斬られてしまった。
残されたのは、戦いなんて見たことすらない母親と少女。母親は一瞬怖気づいたが、すぐに少女に一言、「逃げなさい」。そう言って、少女を庇うように男たちに立ち塞がった。
だが、少女は逃げられなかった。
怖くて、足が動かなくて。血を流して倒れた鵺重と大好きな母親を置いていくことに抵抗があって。――逃げられなかった。
そうこうしている内に、母親は殺されてしまった。
「都女……、生きて……ね…………」
その言葉を最期に、母親が口を開くことは、二度となかった。
一人になった少女は、恐怖で震えながら、悲しみに泣きながら、無意識に叫ぶことしかできなかった。
「ねぇ! 鵺重! 返事をして! 鵺重ってば!」
困ったとき、助けてくれるのはいつも鵺重だった。だから、どうにもならないとわかっていても、呼ばずにはいられなかった。
もちろん、返事はなかった。
ただ、血を流して、そこに倒れていた。
――強くなければ、守れませんから。
鵺重の言葉の意味が、少しだけわかった気がした。
幼かった少女は、強くなかった少女は、その時、どうすれば良いのかわからなかった。
だからその時、強くなりたいと、絶対に強くなると、誓ったのだ。
でもその後、どこかで鵺重と会ったことがあるような、気がする。




