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約束の鈴  作者: 花紅彩葉
第二章 桜柄の鈴
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三、 依頼人

「ちっ……おい、()(りん)はまだか」


 応接室では、二十歳くらいの青年が苛立っていた。落ち着かない様子で部屋の中を歩き回っている。

 日頃から鍛えているのか、身体つきは殺し屋にも負けないくらいしっかりしている。


「まだ呼びに行ったばかりですから。もう少しお待ちください」


 依頼人に乱暴な態度はとれない。

 盛雲(せいうん)はできるだけ相手を怒らせないよう、最大限丁寧かつ穏やかに、薄い藍色の髪の青年をなだめた。


「もういい! 外で待ってる。屋敷の裏に山があっただろう、そこに連れて来い」

「あっあと少し! あと少しですから、どうかここでお待ちください」


 そう言う盛雲の言葉も聞かずに、青年は連れていた男たちとともに部屋を出て行ってしまった。


「どうしたものか……」


 手のかかる依頼人は多くいる。そもそも人殺しを望んでやって来るのだから当たり前だが、それでもここまでの者は滅多にいない。基本的に温厚で誠実な盛雲にとって、面倒な依頼人の対応はかなり神経を削るものだった。


「失礼いたします」


 溜息を吐きかけていたところに、少女の声が響いた。盛雲は慌てて姿勢を正す。


「夜鈴……、本当に来たのか」

「はい。盛雲さまのご命令ですから」


 我が娘はつくづく従順な部下のようだな、と思う。

 先日、多少は娘らしくなったと感じたのは気のせいだったのだろうか。

 もう少し肩の力を抜いてほしいと思いながらも、今はそれどころではないと気持ちを引き締める。


「依頼人はどちらへ?」


 後から入ってきた仁鑑(じんかん)が口を開いた。


「あぁ、少し前まではここにいたんだが、待ちくたびれて、怒って出て行った。裏山に来い、だそうだ」

「裏山って……、何で止めなかったんですか!?」

「いや、止めたんだがな……。あれは無理だ。俺の手には負えない」

「まったく、しっかりしてくださいよ」


 仁鑑は盛雲には容赦ない。夜鈴には心配性を発揮するのに、盛雲にはずけずけと言う。


「では、私は裏山に行けば良いのですね?」


 夜鈴はそんなやりとりなど気にも留めず、すぐにでも応接室を出て行こうとした。


「いや待て。それは危険すぎる」

「なぜですか?」

「なぜって。奴らが何を考えているのか全く分からないからだよ。殺し屋に依頼するようなことがあるのに、その頭首に何も言わないんだぞ。そんなにしてほしいことがあるなら、早く言えば良いものを……」


 それは盛雲の言う通りだ。依頼内容を隠すことに得はない。危ないことくらい、夜鈴もわかっていた。


 だが行かないわけにはいかない。

 怖くなる前に、早く行きたかった。


「外に出て行ったなら、ほっとけば良いじゃないですか」


 仁鑑はさらっと言う。


「そうなんだが……。だがな、仁鑑。依頼人の申し出を無視したら、どんなことになるかわからない」

「だからと言って、夜鈴さまを行かせる気ですか?」

「それは……」


 盛雲は言葉に詰まった。 


 何をする気かわからない奴らのところに、大切な娘を行かせるわけにはいかない。しかし行かせなければ、今度は龍神(たつがみ)()が危険に(さら)される。


「……それでも要求に応えないわけにはいかない。だが俺は屋敷を空けられないし、先程の様子からすると行ったところで逆効果だろう。……仁鑑、夜鈴について行け」

「私ですか……?」

「不満か」

「いえ、ですが、私で良いのかと思いまして」


 少し戸惑っている仁鑑に対し、盛雲は柔らかく微笑んで続ける。


「俺は仁鑑を信頼している。俺と夜鈴と(ひづめ)を除くと、お前が一番強いからな。……あ、念のため武器は持っていけよ」

「武器? 依頼もなく殺しはできないのでは……」

「例外もある。万一相手が攻撃してきてこちらに命の危険が迫るようであれば、怪我くらいはさせても良い。正当防衛だ」

「わかりました」


 怪我くらいと言っても、ただの切り傷ではない。一生残るくらいの大怪我だ。

 だからこちらから手を出すのは、よほどのことがない限りできないのだ。


 それを承知の上で、仁鑑は命令に従った。


「夜鈴、くれぐれも気を付けろよ」

「はい」


 夜鈴も盛雲をしっかりと見据えて、力強く頷いた。



 * * *



 裏山に立ち入る人など滅多にいない。

 そこには、男たち以外誰もいなかった。


「本当に静かだな」


 青年は小さく呟いた。

 その声は、草木の揺れる音しかない場所にもかかわらず、他の者には聞こえなかった。


 そんな青年がふぅと息を吐いた時、龍神家のある方向から歩いてくる二つの人影が見えた。

 青年の口元がふっと緩む。


「……来たな」


 その人影はだんだんと大きくなっていき、やがて少女と、応接室で頭首の横にいた三十代後半くらいの男が現れた。


「お前は呼んでない。帰れ」


 仁鑑に対する第一声で、青年は冷たく言い放った。


「私が同行することが、夜鈴さまと会わせる条件です。私が帰るなら、夜鈴さまも一緒に帰ります」


 仁鑑の堂々とした返答に、青年はチッ、と舌打ちをする。


「まあいい」


 そう言いながら、夜鈴のほうに顔を向ける。


 その顔は何だか誰かに似ている気がしたが、誰に似ているのかはわからなかった。

 もっとも、夜鈴はその青年のことを知らなかった。


「龍神家頭首の娘、夜鈴です。私をお呼びということですが、ご用件は何でしょうか」


 軽く一礼して顔を上げると、そこには優しい笑みが浮かんでいた。それを見て、夜鈴は不気味に思う。


「そんな、敬語なんて使わなくていいよ。久しぶりだね、夜鈴」


 いきなり馴れ馴れしく話しかけられて、ぞっとする。


「ええと、どちら様でしょうか」

「えー、覚えてないの? 悲しいな。昔、会ったことあるでしょ?」


 そう言われて考えるが、やはり思い出せなかった。


「まあ、いいや。それよりも、一緒に来てほしいところがあるんだよね」

「あ、あの、お名前は……?」


 夜鈴の問いには一切答えずに、一人でどんどん話を進めていく。その話も、「とりあえず一緒に来てほしい」とか「二人で話がしたい」とか、いまいち理解できないものだった。


「まあ、だから、今から俺たちと一緒に――」

「その依頼を引き受けることはできません。我々はこれで失礼いたします。……行きますよ、夜鈴さま」


 青年の意味不明で理解不能な話を仁鑑が強引に遮った。帰るように促された夜鈴は、頷いて屋敷に引き返そうとする。


 ――その時だった。


「おっさんが入ってくんじゃねぇよ!!」


 鼓膜を引き裂くのではと思うくらいの声で、叫んだ。その青年の怒声に合わせて、刀が振り下ろされた。


 青年に付いていた男が、仁鑑を斬ったのだ。


「仁鑑!!」


 目の前で、赤い液体が、血が、飛び散った。


 あの日の光景と重なる。

 あの時、あの立派な庭で、鵺重(やえ)と、……母上が――。


 嫌な記憶がフラッシュバックし、呆然とする。


 それが(あだ)となった。


 殺し屋になって身体も心も鍛えていたのに、反応できなかった。


 別の男に背後をとられ、首の血管を圧迫される。

 抵抗しようとするが、もう遅かった。だんだんと視界が真っ暗になって、青年の声が遠ざかる。


 そして――、


「夜鈴を危険に晒しておいて、偉そうに――」


 意識が途切れ、その先は聞こえなかった。


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