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約束の鈴  作者: 花紅彩葉
第二章 桜柄の鈴
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二、 呼び出し

 朝支度を終え、盛雲(せいうん)の部屋に向かう。

 今日はおそらく任務はないが、これは日課だ。


「失礼します」


 返事はない。ゆっくり戸を開けてみても、誰もいなかった。


「依頼人でも来てるのかな……」


 よくあることだ。あとで来ようと思い、部屋を出る。

 庭を眺めながら自室に戻ろうとしたところで、(ひづめ)に出くわした。


「あ……」


 お互いに反応して、言葉に詰まる。


 六年間一緒に生活していても、まともに会話したことはほとんどない。

 いつもならそのまま立ち去るのだが、交流会の日から、存在を無視することはできなくなっていた。


「あ、えーっと、……父上は?」


 蹄が気まずさを取り払うように、口を開いた。


「いらっしゃらなかったよ。たぶん、依頼人の対応とかされてるんじゃない?」

「そうか」


 一瞬で話題が無くなってしまう。

 二人の間に気まずさが漂う。


 その空気にすぐに耐えられなくなったのは、蹄のほうだった。


「……依頼人と言えば、以前、大蜘蛛(おおぐも)()樹宮(きみや)()から依頼があったらしい」

「へぇ、そ、それは凄いね」


 蹄がその話題を選んだことに()(りん)は驚きと動揺を感じながら、しかしそれを悟られないように無難な返事をする。


 ――樹宮家。

 ここ数十年、政治の中心と言っても過言ではないくらいの権力を持つ上流貴族だ。彼らからの依頼ともなれば、報酬も想像を絶するものだろう。


 そんな樹宮家が、一体大蜘蛛家にどんな依頼をしたのだろうか。

 夜鈴は少し疑問に思ったが、汚職や暗殺など、この権力社会において上流貴族が抱えていそうな問題は山ほど考えられた。


 加えて、数年前には中・下流貴族の子供を中心に(さら)っては跡形もなく消える貴族狩りの出没により、平民だけでなく貴族も危険に晒されていた。遺体などは一切見つかっていないため人身取引が目的であったと考えられているが、その実態は未だ謎のままだ。最後に上流貴族の姫を攫って以来彼らは現れていないが、何も解決されていない以上、その脅威が完全に消えたとは言えないだろう。

 どうにもできない不安から、上流貴族である樹宮家が殺し屋に依頼するのも容易に想像できる。


「ああ、うちにも来ねぇかなー、大きな依頼」


 そう言いながら蹄は大きく伸びをした。


 夜鈴の前でそんな態度をとるのは珍しくて、彼女は不思議そうな顔で蹄を見つめる。(しゅう)の言葉で、あるいは彼との力試しで夜鈴が柊に一発入れたことで、蹄も多少は受け入れてくれたのだろうか。


「あ、勘違いすんなよ。もしそんな依頼が来てもお前の手柄にはしねぇからな」

「う、うん。そうだよね」


 やはり、蹄は蹄だ。

 荒い口調でそう言われ、夜鈴は小さく返事をすることしかできなかった。


「あ、ここにいた」


 聞き慣れた声に、夜鈴と蹄はほぼ同時に振り向いた。その男、仁鑑(じんかん)は困ったような顔で駆け寄ってくる。


「仁鑑、どうしたんだ」


 夜鈴に対するのとは違う、優しい声で蹄が問う。


「只今、少し面倒な方がいらしてまして。依頼があるようなのですが、夜鈴さまに直接話したいとのことで……」

「こいつに? 何か心当たりはあるか」


 蹄に問われて、夜鈴は首を傾げる。


「いや、特には……」


 普通は頭首に依頼する。殺し屋を指名して直接話すなど、どこの家でも前例はないはずだ。


「盛雲さまも何度か断られたのですが全く聞かなくて。ですから、とりあえず顔だけでも合わせるということで、今は落ち着かせています」


 なかなか厄介なようだ。それなら依頼も聞かずに帰してしまった方が良いと思うが、それにも聞く耳を持たないのだろう。


「ま、こいつなら別にいいんじゃねぇか? 会ったところで何も問題ないだろ」

「え……」

「何か文句あんのか」

「いや、その……」


 知らない相手、しかもそんなに面倒な相手に会って、怖くないはずがないだろう。どんな依頼かも、何が目的なのかもわからない。


「依頼人様直々のご指名だぞ。仕事を貰えるんだ、喜べよ」

「う、うん。わかった、行くよ」


 夜鈴は渋々頷いた。この蹄を納得させるのは仁鑑でも難しい。


「本当に大丈夫ですか、夜鈴さま」

「さあ、どうだろう。でも行くしかないでしょ。応接室?」

「は、はい。そうです」


 不安を振り払って、夜鈴は歩き出した。


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