3.
サキ・ヴィンセントのために空いておいた場所には似非サイコパスのデスマスクがかけられた。
そして、殺し屋の予想通り、興行師ヴェントーラは約束を破った。
人気投票に殺し屋が一票も投票されなかったといけしゃあしゃあ抜かしたのだ。
「それどころか、お前はおれに借金をつくったんだぞ? 闘技場の整備はタダじゃないんだ。だが、おれの言い値で殺し合うなら、試合を組んでやる」
殺し屋は興行師の背後の窓を開け、外へ声をかけた。
「ヴェントーラさんはぼくに一票も投票されなかったから、お金は払わないってさ。みんなはどう思う?」
建物の前に集まった人びとが怒鳴り声をあげた。
「ふざけんな!」
「おれは投票したぞ!」
「わたしもよ!」
「インチキだ!」
「殺しちまえ!」
「建物に火をつけちまえ!」
観衆は殺し屋の味方だった。外の皮膚に傷をつけずに喉を掻き切った妙技にいかれていた。
「い、嫌だなあ。ただの冗談だよ。仲間うちの冗談だよ」
興行師は金庫を開けて、分厚い札束を渡してきた。急に態度を変えた興行師に殺し屋は腹のなかで大笑いした。この人、分かりやすすぎ!
「ぼくはあなたの仲間なんかじゃないですよ」
「いや、でも、おれと組めば、いくらでも稼げる。おれが七でお前が三。悪い取引じゃないだろ?」
「それじゃ失礼します」
「じゃあ、六と四で! これ以上は無理だ!」
殺し屋はスタスタと歩いていく。
「五分五分!」
殺し屋はドアを開けた。
「四、六! いや、三、七! なあ、頼むよ! 人助けだと思って!」
殺し屋は足を止めて振り向いた。興行師はこびるように笑った。
「ぼくはもうこの国を出ていきます。ビールがないから。ああ、それと、もし、誰かがぼくにあなたを殺せとお金を払って命令したら、そのときは終わりだと思っておいてください。じゃ」
殺し屋が興行師に滝のような冷や汗をかかせて建物を出た。
そこには殺し屋のファンたちが集まっていたが、殺し屋の目を見た人びとは顔を蒼ざめて、ひとり、またひとりと、最後のひとりがいなくなるまで逃げていった。
角には涙色のクーペが停まっていて、助手席にはサキ・ヴィンセントが座っている。
「ここを出るの?」殺し屋がたずねた。
「当たり前だ。あんな殺しを見せられたら、あれを超えるのは無理だ。潮時だ」
「どこに行く?」
「とにかく、カフェでビールが飲めるとこに行こう」
「それ、大賛成」
町を出て、街道を走りながら、殺し屋はサキにたずねた。
「ねえ、ぼくは狂っているように見える?」
サキは殺し屋の顔をまじまじと見た。
「そうは見えないな」
その返事で、ああ狂っているのはぼくだけじゃないわけだ、と思わず笑ってしまった。