1.
サキ・ヴィンセントから殺し屋に手紙が来た。
それはある町で、殺し屋同士を闘技場で戦わせる商売があって、すごく流行っている。自分のスタイルを確立している殺し屋なら濡れ手に粟の大儲けで、ここにきて、稼がない手はない、というものだった。
サキは同業者であり、腕はいいが、彼女が「儲かる!」といって、本当に儲かった確率は三十パーセントだった。
ただ、サキの手紙によれば「この町では殺し屋が逮捕されることはない。それどころか、警察署長は
ビロードの屋根がついた特別席で殺し合いを観戦しているし、ひいきの殺し屋がいるくらいだ」ということなので、ここ最近、警察との追いかけっこで疲れていた殺し屋はちょっとこの町に言って、闘殺士とやらになってみる気になった。
市の中央から少し外れたオフィスのドアに〈興行師ヴェントーラ〉と真鍮のボードが打たれていた。
ノックすると、横柄なかすれ声で「入れ」と言ってきた。
部屋の奥にデスクがあって、そこに興行師ヴェントーラが座っていた。寿命があと数年しか残っていなさそうな、尋常ではない痩せ方をした男で、背中の窓の、建物たちが跳ね返す白い光のなかへ今にも溶けてしまいそうだった。食事中らしいのだけど、顕微鏡を使わないと見えないくらい小さいステーキを(おそらく医者に勧められて)ひどくしんどそうに食べていた。
「お前はサキ・ヴィンセントの代理で出るそうだな」
興行師が食べる手を止めて、じろりと殺し屋を睨んだ。ショートへアの少女、あるいは長髪の少年に見える殺し屋がどれだけカネを稼いでくれるか読もうとしているのだ。それと同時に興行師ヴェントーラは殺し屋の来訪を食事を切り上げる口実にした。
「山刀は使えるか?」
「山刀ですか?」
「そうだ。スティレットみたいな細い刃物は流行らん。腕のある殺し屋はみな山刀を使う」
「腕のあるというのは形而上学的意味で? それとも形而下学的な意味で?」
殺し屋はこのふたつの言葉をきちんと勉強する機会がなかったので理解が怪しいが、これを使えば間違いなく相手の怒りを買うと思って、あえて使ってみた。
「刑事? なんで、この話に刑事が絡んでくるんだ?」
興行師はどうもコケにされたと思ったようで、さりげなく壁へ視線を流した。
殺し屋はその視線に乗らなかった。この部屋を入ったときから、壁一面がデスマスクでいっぱいになっていたのには気づいていたし、相手がこれを見せたがっていることにも気づいていた。だから、殺し屋は無視することにしたのだ。
ついに興行師がこらえきれなくなって説明した。
「ここの飾られているのはごく一部だ。もっとたくさんいるが、飾る価値のないやつは倉庫に閉まってある」
興行師は自分を冷酷に見せる機会がそこにあると分かれば、母親の胎内にだって飛び込んでいく男だった。
ようやく殺し屋は壁のほうを見た。マホガニーの板にはめられた青銅のデスマスクの下に名前と死んだ日時、殺した相手が真鍮のプレートに書いてあった。十七個あって、そのうち三つは知っている顔だった。よく見ると、十八個目のための空き場所が用意されている。
「この空き場所は誰のため?」
「サキ・ヴィンセントだよ」
「一応、殺し屋を見る目はあるんですね」
「ガキが。おれが何の世界で飯を食っていると思ってやがる。そろそろ、契約の話に移るぞ」
「もちろんですよ。ぼくは何が楽しくて殺し屋をしているかって言うと、契約の話をするのが大好きで、殺しはオマケみたいなものなんです。それで――」
殺し屋の魂がひとかけらも入っていない話を無視し、既に興行師が署名済みの契約書を引き出しから取り出した。報酬は完全な歩合で、試合後に行われる人気投票の票数によって決まるということだった。票がなかったら、ゼロである。新人に票が集まらないことを分かっていての話で興行師が出演料をケチっているのが丸わかりだった。
やはりサキの言葉はあてにならないなと思いつつ、殺し屋は契約書にサインした。
自分用の契約書を受け取りながら、殺し屋のなかでは、どうやってこの興行師をギャフンと言わせるかを考え始めた。
「夜の部で出してやる。お前みたいなひよっこを夜に出すんだぞ。少しはおれを尊敬することだ」
殺し屋同士を殺させて上前をはねる人間をどうやったら尊敬できるのか、謎である。
その後、とっとと出てけと言われたので、殺し屋はとっとと出ていった。
鋳鉄細工のエレベーターを降りて、玄関ホールを抜けると、塩みたいに白い建物の壁が光を反射していた。殺し屋は外に停めておいた涙色のクーペに乗って、カフェに向かった。サキは手紙のなかで、カフェか自宅のどちらかにいると書いていたのだ。そして、そのどちらにもいなかった。
サキは美術館や図書館に行くような人間ではないから、考えられるのは警察署だ。
警察署は間口が狭くて、奥行きがある建物で、白い詰襟服にカンカン帽をかぶった警部にたずねると、やはりサキは牢屋にぶち込まれていた。
「いったい何をしたんですか?」
「パトカーを壊した。あんたが身元引受人になれば、罰金なしで釈放だ」
「え? それだけで釈放? なら、どうして逮捕したんですか?」
「ここでは殺し屋は逮捕される心配はないが、それでも警察としてはなめられないために、ときどき誰かひとりしょっぴかないといけない。かといって、長く拘留はできない。サキ・ヴィンセントはなかなか人気の殺し屋だから、ファンが署を囲んで火をつけるかもしれない。それに正直な話、おれはサキ・ヴィンセントのファンなのさ。彼女にはスタイルがある」
そう言って、警部は嬉しそうに警察手帳に書きなぐられた彼女のサインを見せた。
車で彼女の家に向かいながら、なぜパトカーを壊したのかたずねた。
「赤いパトカーだったんだ。赤だぞ? まるで消防署の車じゃないか。何か間違ってると思って、それでドアを蹴ってみた。そうしたらへこんだ。なんだか、このインチキ・パトカーを運転したくなって、銃のストックでガラスを割って、盗もうとしていたら、逮捕された。興行師には会ったか?」
「とてもとてもマッチ棒」
「風が吹くたびに、なぜやつの体が折れないのか不思議に思う」
「ぼくとの契約を完全歩合にした」
「馬鹿なやつだ。大損だな」
「まあ、ぼくが殺られるかもしれない。殺ってもぼくのスタイルが気に入られなくて票を集められないかもしれない。ここの観客に気に入られる殺し方ってどんなのがあるかな?」
「どうだろうな。何と言っても、ほとんど毎日、殺し合いを見ている連中だから目が肥えているのは間違いない。生きたままバラバラにしても吐くやつがいないし、マンネリ気味だと文句をつける」
「つまり、意表をつく殺しが歓迎されるわけだ」
「そういうのは得意だろ」
「まあね。ところで、この国がビールをどこにも売ってないのはどうしてなのかな?」
「知らない。喉の渇きを白ワインで癒す民族だ。ビールが飲みたいなら、国外から取り寄せるしかない」
「ぼくはここには長居できそうにないなぁ」
「儲かるんだがな」
「使い道がないんじゃしょうがない」
「それもそうか」