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青春の炎

作者: lucent

高校のとき、あるショートヘアの女の子が僕の前の席になった。その子はよく振り返って僕に「何してるの?」と、きいた。そうやって話をしていくうちに、彼女について分かったことが幾らかある。クラスに仲のいい友達が3人くらいいる。兄弟は下に2人いる。部活はコーラス部。甘いものと、ある男性アイドルが好き。これらは僕が彼女から直接聞いた情報だから、ほぼ確実なものだ。

なぜ、そんなに彼女の情報を仔細にまとめられるのか?単刀直入に言って、僕が彼女を好きだからだ。なぜ好きか?それは僕にも詳しくは分からない。その子の雰囲気が好きなのかもしれない。僕は、どちらかと言えば大人しい子が好きだ。あるいは、髪が好きなのかもしれない。僕は、ショートヘアは好きだ。だが、そのどれも僕の好きを説明するには不十分で、根本的でなかった。

僕たちは三年生だった。彼女は推薦で大学への進学が決まっており、僕は一般入試が控えていた。彼女とは、高校生活の最後である1月までほとんどなにも進展がなかった。多少、彼女と戯れた会話もした。僕は、彼女について考えては会話を通して彼女について知り、彼女について知ってはまた考えていた。考える、知る、このループだ。しかし、どの行為も決して根本的ではなかった。ただひとつ、僕が彼女のことを好きだということだけが明確であった。

入試の期間になると、学校には任意の登校となり、僕は入試の勉強のために自宅で勉強をするようになった。学校に行かなくなったので、僕は彼女と会うことがなかった。電話番号も知らなかったので、僕は彼女と連絡することも出来なかった。僕は入試に集中するために、一旦、彼女について考えることを止めた。

入試はつつがなく終わった。高校の登校日は、入試が終わったあとに3日だけあった。僕は彼女に告白する決心が決まっていた。入試の間に彼女のことを考えなかった期間は、帰って僕の彼女への炎を燃え上がらせた。

僕は勉強ばかりの高校生活を送った。高校受験に失敗した雪辱を果たすためだ。ただひたすらに勉強をした。運動は出来なかった。恋愛だってほとんどしてこなかった。偏った生活をしていたのだ。僕は偏っている。しかし、やることはやる人間だ。彼女が好きなら、真剣に彼女を好きになるのだ。僕は、いわゆるバカ真面目なのだ。

彼女と、卒業式の後に会う約束をした。カメラを用意したので、一緒に撮ろうという誘いをしたのだ。しかしこれはほとんど口実だ。告白をする環境の確保というわけだ。前日は緊張でよく眠れなかった。失敗をしたら、という懸念よりも、これが僕の全てだという決意だった。

約束の日はあっという間に来た。

当日の僕は緊張していたというより、むしろ僕の青春を完成させるという意識に高揚していた。上手くやりきる。それでようやく僕が完成されるのだ。

青春が、僕を勉強を使って支配していた。今度は、僕が青春を支配するのだ。

学校に登校してすぐ、卒業式が始まった。卒業式は長かった。皆で歌った卒業式の歌は、僕が知らない歌だった。歌は体育館に広がって響いた。僕は卒業式の記憶があまりない。彼女のことを考えていたからだ。

さて、時は来た。卒業式が終わると、クラスで担任が最後の話をした。クラスメイトは仲のいい友達と話したりしながら、各々が行くべき場所へ向かい、僕らの教室は閑散としていた。廊下に出ると遠くからざわめきが聞こえる。ざわめきは廊下にいると、もはや言葉ではない。

廊下に彼女がいる。こういう場面は、あえてある程度人がいるかもしれない場所にいるようにするのだ。雑踏のなかでは、黙っている方が目立つ。はたから見たら、ただ単に最後の別れを惜しむように見えるだろう。それでいいのだ。いかにも告白、という告白は僕には出来ない。ロマンチストではないのだ。

彼女に話しかける。彼女も挨拶をする。約束の通り、写真を撮る。あぁ、こうも告白の直前の時間は短く感じるものなのか。死ぬ前はスローモーションになるのがドラマではないのか。最も、僕はドラマの主人公ではない。しかし、これから僕は告白をするのだ。一瞬くらい、主人公だったっていいじゃないか...。

───

「それじゃあね」

気がつくと、僕は彼女に手を振っている。僕はそれを、感覚ではなく、事実として理解している。要は、何があったかはっきり覚えていないのだ。ただ一つ確かなのは、僕は受験校には合格し、彼女には告白をしなかったということだ。

───

ある夏、ふと彼女と撮った写真の存在を思い出して、それを取り出してある河川敷に向かった。

僕はもう大学生になっていた。薄暗い夕暮れのなか一人でも、あまり違和感は無い。違和感があるとしたら、バケツと安い花火を持っているという点だ。僕は河川敷にバケツを置き、それに花火と花火の入った袋を被せた。

写真を持って、もう一度だけ見てみる。何度みても、僕と彼女は二人で笑っている。拳が二つは入りそうな距離感で、二人は並んでいる。僕が、もはや覚えていない笑顔で彼女はそこに居た。僕は、ショートカットの人をしばらく見かけていなかった。もっとも、世界からショートカットが消えてしまった訳ではない。僕が、ショートカットを見なくなったと言うだけなのだ。写真では分からない彼女の綺麗な髪は、もう思い出せない。

二度と高校生には戻れないのだ。

だから───

僕はバケツに写真を入れた。たった一枚の紙切れから、とても重いものを静かにおろすように、丁寧に手を離す。

僕は線香花火を手に持つ。

花火は暗闇のただ一点を支配して、僕の手を仄かに照らしている。僕の手は、照らされても尚暗闇に包まれてその形をはっきりとさせない。花火の一点だけが、僕の手のようだった。火の球は膨れ、まるで何かを主張しているかのようだ。球は、みるみるうちに大きくなって、やがてゆらゆらと線香花火の先で不安定に揺れた。球は、あえなく落下して写真の上に乗った。熱を持った球が写真を焼き、球は小さくなってやがて消えた。写真から煙が上がる。写真が小さく燃え上がる。炎が、丁度彼女の顔にかかって、彼女が散り散りになりはじめた。彼女の顔が焼けてなくなったところに、ちょうど一滴の雫が落ちてきた。僕は、僕が泣いているという客観的な事実に気がついた。泣いていることだけが確かだった。胸にある、このは気持ちは、花火よりもずっと永く、大きく、僕の体を照らした。写真が燃え尽きたとき、ちょうど僕はお腹がすいていることに気がついた。僕は、彼女が好きだった甘いものでは、腹が満たないかもしれない、と思った。

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