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66 いつの日か

 





 最近の赤の旋風は羽振りがいい。


 冒険者ギルド内で多く流れている噂だ。


 いや、噂では語弊がある。斧使いのイェンは愛娘にこれでもかと色々買い与えているし、クォーターエルフのキーランは消耗品として使える訳もない高級ナイフを手に入れた。冷静と思われていた老魔法士のベレルマンでさえ、新品の魔法杖を撫で回している始末だ。


 だが、リーダーであるセウルスだけは違った。


 いつも遠くを眺めるようにぼんやりしていて、僅かな間に溜息を何度も。暫く依頼を請けない予定なので、その力の抜けようが凄まじい。


「セウルス、お前大丈夫か?」


「……あ、ドティルさん」


「あ、じゃねえよ。最近溜息ばっかりだぞ」


「そう、ですか?」


「あの依頼から帰って、それからずっとだな。結果的に何とかなったし、セナだって無事と聞いてる。達成報酬もたんまり、王女殿下から感謝の言葉まで頂いたんだ。なのに辛気臭え。どした? 何か悩みでもあんのか?」


 よければ話を聞くぞと、ドティルは優しい顔で向かい側に座った。まだ昼のため、周りには赤の旋風やバイアの連中もいない。軽い昼食をモソモソと食べていたら、偶然ドティルに見つかったわけだ。


「……どうしたらいいか分からないんです」


「ふむ」


「久しぶりに会えたのに、まともな会話も出来なかった。話したい事がたくさんあって、でも彼女はずっと城から出て来ません。会いに行きたくても王城にはおいそれと入れませんし……」


 盛大な溜息をこぼし、セウルスは俯いた。一方のドティルはちょっと意外に感じ、同時に悩みも理解した。と言うか、自分と似た感情を抱いていると仲間意識まで働く。


「俺も……結局告白もしてねぇよ。せめて盛大にごめんなさいしてくれたら諦めもつくのに」


 間違いなく玉砕するが、区切りが必要な場合もあるのだ。


「ドティルさんも?」


「まあセナも困るだけだし、大体アイツには心に決めた相手がいた。向こうからしたら迷惑なだけだから、早く忘れようとしてるとこだ」


「忘れる……」


「セウルスは? せめて気持ちを伝えるくらいしたいだろ」


 正直、ドティルはセウルスの言う相手が誰か知らない。王城にいるらしいから、その辺の町娘ではないだろう。そんな事が頭に浮かぶ程度だ。それでも、せめて話すくらいはして欲しいと思う。目の前のセウルスはまだ若く、自分のような大人ではないのだ。


「それは」


 もちろんと言葉を続けようとした時、店の扉が開いた。天気も良い日なので、明るい光がドティルの背中を照らし、セウルスは眩しそうに目を細める。


「聞いて来た通り、やはり此処にいましたか」


 入って来たのは背の高い女性。銀髪は陽の光を反射し輝いている。細い身体は昔から全く変わっていない。丁寧な口ぶりと、美しい所作も。


「シャ、シャティヨン?」


「はい」


 セナの様にローブで隠したりしないので、シャティヨンの全身は余す事なく視界にある。ちなみに、周囲の何人か、ドティルさえもポカンと眺めて固まっている。エルフが珍しいのもあるが、不思議な圧迫感を感じるのだ、彼女から。


「アナタはドティルさんでしたか。バイアの御活躍、我が姫に代わってお礼を伝えさせて下さい」


「あ、ああ。こちらこそ?」


 緊張のあまり意味不明な返しをするドティル。何となく席を譲り、目配せでセウルスに頑張れと伝える。別名を逃走とも言うが。


「失礼しても?」


「も、もちろんです。シャティヨン」


「ありがとうございます」


 その座る所作さえ美しい。澄んだ雪解け水を想起させるのも昔と同じだ。


「……どうして此処に?」


「セナから叱られました。セウルスと黒の森以来話してないと言ったら。なのでアナタが現れそうな場所を幾つか教えて貰い、こうして会えた、そんな感じですね」


 セウルスは思い出した。セナと会った最初の頃に占術をしてもらっていたのだ。その内容は恋の悩み。憧れのシャティヨンと、いつかもう一度会えるのか。そんな依頼を不思議なカードで占い、必ず再会は叶うと言ってくれた。


 あの森で確かに占い通りとなった。気持ちを知るセナがシャティヨンを此処に導いてくれたのだろう。


「まずはお詫びを」


「え? な、なんで」


「セウルスが持つ特別な力。それを知りながら、導くこともなく利用しました。でも、後悔はしていません。もしもう一度選択するとしたら、また同じ事をします」


「……セナさんが教えてくれました」


「よく知っています。セナならばそうするだろうと思っていましたから。彼女は私と違い、誰にも優しい女性です」


「知っていて、だから僕に近づき、剣を教えてくれた。そう言うことですか?」


「はい」


 はっきりと、視線を逸らすことなく答えた。シャティヨンには間違いなく後悔がなく、目的のためなら全てを捧げるエルフだ。


「……変わっていませんね、シャティヨンは」


「?」


「何も謝る必要がありません。シャティヨンが伝えてくれた知識、言葉、剣技、全てが僕の歩む道を照らしてくれた。それに、最初からシャティヨンは隠したりしてませんでしたよ? 私の行動は全て同行しているあの娘の為にある。だから感謝は要らないって言っていたじゃないですか」


「そうでしたか?」


「ええ。忘れたり出来ません」


 他者のために自らを捨てる。そんな誇り高いシャティヨンにセウルスは憧れたのだから。


「シャティヨン。また旅に出るんですか? クラウディアさんと」


 当たり前。そう返ってくると思っていたセウルスに意外な答えが齎された。


「いえ、これから暫くは別行動ですね」


「え? 本当に?」


「あの娘の横にはセナがいますから。私はクラウが歩む道を助けたかっただけ。まあ要は、お邪魔虫になりたくありません」


「や、やっぱり()()なんですね」


「見た通りです」


「で、でも、異種族で、年齢だって随分違いますよ?」


「関係ありません」


「関係ない……」


 フツフツとセウルスの心が震え、そして赤く燃え上がる。異種族であろうと、年齢が離れていようと、関係ないのだ。


「シャティヨン!」


「な、何ですか?」


 急な大声で、普段冷静沈着なエルフも吃驚したようだ。


「今日の夜、もう一度僕に会ってください! 大事な話があります!」


「え、ええ。構いませんが」


 この夜。シャティヨンに更なる驚愕が襲うこととなる。










 ◯ ◯ ◯





「セナ。もう慣れた?」


「この弓? もう大丈夫だよ」


「やっぱりあの弓じゃないから」


「クラウ。その話はお終いって言ったでしょ」


 ヴァランタンに頼んだのはクラウディアの剣だけでなく、セナが使う弓もだ。如何に名工の老ドワーフであろうと、あれほどの紅弓は用意出来ない。精霊に祝福された武具は少なく、ましてやアダルベララとなると不可能だ。


 それでもセナは笑い、ポンとクラウディアの頭に手を乗せた。ついでにナデナデまで続ける。最近、白と黒の距離は随分と近付いた。何かあったか誰もが想像するが、それを言及するのは許されないだろう。


「お互いの怪我も癒えたし、そろそろかな」


「うん。いつまでもオーフェルレムのお世話になってられない」


「だね」


 間もなくセナ達は旅立つ。


 かなり前から決めてあったが、それぞれの回復具合と新しい武器の練度が高まるまで。そう話していたのだ。両者とも相当な使い手とは言え、世界は広くて深い。油断などしたら悲惨な結果が待つだろう。


 まあセナの力は多少落ちたが、クラウディアは白の姫。この精霊使いたちに害を及ぼす存在など、それこそ上位精霊くらいだ。


「最初は何処に行こうかな」


「セナ。私が決めてもいい?」


「ん? もちろん」


 セナとしては特に目的地のない旅になる。この二百年はクラウディアから姿を隠すことだけを考えていた。そんな理由も失われ、まさに気の向くままの旅。ちょっとワクワクしてたりする。ましてや隣には、誰よりも大切なクラウディアがいるのだ。


「じゃ、カルフルゼに行きたい」


「カルフルゼ? 北方のヒトの国だね」


「国じゃなくて、森に」


 セナの身体は強張った。目の前の彼女が何を考えているか分かったからだ。言葉を返せないセナを見て、クラウディアはそっと抱き締める。


「ごめんね。私の我儘だけど、どうしてもエルジュビエータと話をしたいの。もうセナのことは心配いらない。安らかに眠って欲しいって。だめ?」


 セナの古き友であり、揺り戻しの犠牲となったエルフ。彼女はカルフルゼ近郊の森が故郷であり、今もその地で眠っている。


「……ううん、行こう。私も、エルとずっと話がしたかったから」


「うん」


 クラウディアは両手に力を込め、大丈夫だよと伝える。言葉がなくとも、きっとセナは分かってくれるはずだ。


「ありがとう」


 だから。そんな全てを察してお礼を言うセナが大好きなのだ。もう一度、これから先も、クラウディアは力を込めて抱き締めるだろう。













 アーシア発案により作られた通路を通り、セナとクラウディアは城外まで歩いてきた。


 普段は封印されていて、そもそも存在を知る者は僅か。そのためヒトの気配は少なく、限られた者だけが追随しているだけだ。


 最後の小さな門。閉じられたその前で振り返る。


「みんな、本当にありがとう」


「セナ様……」


 アーシアは寂しそうに呟いた。分かっていても別れは悲しいものだ。ましてや、二度と会えないかもしれない相手ならば尚更だろう。


「アーシア」


 手をそっと握り、目を合わせる。燻んだ翠、見詰めるのは夕焼け色。セナはニコリと笑う。


「この城の日々は楽しかった。絶対に忘れないよ」


「私も、私も決して……!」


 静かに泣き始めたアーシアの手を、そばに立っていたレオアノに預ける。同じように涙を溜めるオーフェルレムの王子は、頑張って声を出した。


「セナ! また必ず! 必ず戻ってきてくれ! このオーフェルレムに……僕や姉様じゃなくても、次代の誰かでもいいから。待ってる」


「うん。そうだったら幸せだね」


 決して肯定しない。もし運命に嫌われたなら、オーフェルレムに害が及ぶなら、セナは二度と現れないだろう。アダルベララは失われても、世界の「敵対者」である事実は消えない。


「セナは今も昔も綺麗なままだ。偶には俺にも涙を見せてくれよ」


「もう、レオンは相変わらずだね。でも、そんなレオンも好きだよ」


 隣で黙っていたクラウディアがジロリとセナを睨んだが、幸い見ていなかった。まあレオンにはバッチリ目撃されて、ちょっとびびっていたが。


 ギギと門を開き、明るい朝の光が道を作る。


「じゃあ行くね」


「ああ。白の姫よ、セナを頼む」


「任せて」


「……ねえ、そんなに私って頼りない?」


「セナはそんなのじゃないの。ね、シャティヨン」


「そうですね。私からも頼みます」


「ええ……シャティヨンまで……?」


 シャティヨンは暫くの間、この聖都レミュで過ごすことになった。理由は聞いてないが、セナは何となく幸せな気持ちになる。きっと、また何かが動き出したのだろう。


 セナとクラウディアは寄り添い、門を通り抜けたあともう一度振り返る。


 そして暫しの、別れの言葉を紡いだ。









「いつの日か、また」










これで完結です。

今まで応援やコメントを頂いた皆様、評価を入れてくれた読者様。本当にありがとうございました。もしかしたら、気が向いたりしたら後日談を書くかもしれませんが…セナとクラウディアの物語は此処で区切りとします。それではまた何処かで。

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― 新着の感想 ―
お疲れ様でした! 面白い物語をありがとうございました
完結お疲れ様でした! もし後日談とか、イチャイチャが読めるなら是非お願いします。お待ちしてます〜
お疲れ様でした 完結…完結!?ここで!? 後日談期待しています
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