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49 祝福の恵み

 




 聖都レミュから出発した乗り合い馬車は、あちこちを経由しつつ南へ向かっている。


 かなり遅い時間に出発した馬車のため、途中で一度休憩を挟んだ。簡易的な宿場町と言えば良いか、数軒の建物が立つ壁に覆われた場所だ。


 そこで仮眠を取り、日が昇ると同時に再び出発。かなりの強行軍だが、乗り合い馬車に快適性なんて誰も求めていない。安価な料金に加え、出来るだけ安全に到着するのが目的だからだ。


 "乗り合い"の言葉通り、大小の町や村、特徴的な地域を回って、多くの客を乗り降りさせる。副都オーフェルから始まり、今までに十一箇所で止まった。新人を含む冒険者パーティに護衛されていて、大した危険も起こっていない。


 それでも。決して乗り心地も良くないが、遠出は非日常を味合わせてくれるものだ。


 雲に霞む山々、雄大な河と滝、一度だけだが渓谷らしき高所の近くも走り抜けて行った。レミュに住まう者達にそんな景色を望む機会は少なく、乗客の幾人かが小さな歓声を上げていた。


 しかしセナ=エンデヴァルはずっと蹲ったまま、たったの一言も喋らない。ローブの中の世界に閉じこもり、ユラユラと揺蕩う(たゆたう)感情と向き合うだけだ。


 不思議な感覚。


 くそったれの世界(やつら)に対する怒りは全く変わらない。弱くもならないし、それ以上に燃え盛ることもなかった。なのに燻り続けて、そんな全てに疑問は抱かないのだ。


 いや、正確には違う。


 ごく稀に「何をしてるのだろう?」とか、「何処に向かってたんだっけ?」などと浮かぶのだが、すぐに()()が齎されて安心する。気に入らない何かを壊しに行くだけ、と。


 疑心も、不安も、全部が塗り潰されていく。


 そして覆い尽くすのは万能感。何が来ても怖くないし、戦い勝ち取る自信が溢れてくるのだ。


 やっぱり不思議な感覚。


 でも、それで良いと肯定してくれる。


 誰が肯定しているのかセナは分からない。


 彼女はもう……


 自ら思考しているはず筈なのに、自分の手から離れていることを理解出来なかった。










 ◯ ◯ ◯




 気付けば到着していた。数日を要し、馬車からも降りたはずだが、余り記憶にない。本当に此処で良いのか、大丈夫なのかと、何人かは心配してくれたのだが、その全てを黙殺した。いや、そんな声達は耳に届いてすらいなかった。


「ここが(アーテル)の森」


 到着した目的地。目の前に広がる其処はかなり若い森に見える。長くても数百年程度と思われ、精霊達の活動も少ないだろう。樹木の中位精霊(ドライアード)だって怪しいし、森の上位精霊(エント)なんて存在してないのは間違いない。


 それでも、森に近付けば何となく心は落ち着いていた。以前ならば。


「いる……感じる」


 セナの鋭敏な感覚が何かを捉える。存在を隠しもせず、しかし動きは少ない。


 間違いなく待っているのだ。


 背中に預けていた革袋から取り出した。真っ赤な弓柄には祈る少女がいて、下に向かうにつれて植物の蔦が絡むような装飾。老ヴァランタンが整備をしてくれたから、残り血や汚れも拭われた。遥か古代から変わない姿を見て、セナは万能感を強く感じている。


 アダルベララの紅弓、またの名を殺戮の魔弓。


 セナ=エンデヴァルの武具であり、赤と黒(ルフスアテル)の代名詞的存在だ。それを左手に持ち、そこに戸惑いも躊躇も感じない。そんな風に歩き出し、セナは森の中心に向かう。


 (アーテル)の森には強力な魔物が生息しており、冒険者ギルドでも高難度に設定されている場所だ。まだ若い森のためか規模も小さめ、精霊も非常に少ないとされる。遭遇する魔物の大半が単独を好む種であり、単純に賢く強い。


 しかし……歩むセナは警戒もしていなかった。


 黒エルフの鋭敏な感覚にも全く引っ掛からない。そう、ほとんど魔物がいないのだ。


 ここ五十年にかけて魔物の発見数が減少しており、静寂の森と呼ばれるようになっている。それでもゼロではないが、かなり異常なことと言えた。何かから逃げ出したのか、誰かが討伐して回ったか、想定は幾つか立つだろう。


 そんな異常にもセナの表情は変わらない。


 ただ前を向き、無表情のままに足を動かすだけだ。森の中心辺りにいる圧倒的存在感は動いてなく、こちらに気付いたのも分かっているのに。勝てるのか否かさえ考えもしない。


 ふと、セナは足元を見る。日常使いでなく、冒険者用の硬い革靴の底から伝わった感覚がおかしい。シャリシャリとした音、細かく砕けるような不思議な地面。


 薄らと霜が降りている。霜柱さえ形成を始めたようだ。


 そんな足元を暫く下を見て、再び歩き出す。気にしていないのか、益々酷くなる霜と下がる気温にも。それらに気を払っている様子はなく、口元から白い息が溢れ始めていた。


 そして、気温と違い下がることなく高まるのは強烈な「殺意」。この異常を起こす奴に、雪を降らすかもしれない力に憎悪を覚えている。何故そうなのかセナは忘れていたが、ただただ許せないのだ。


「雪なんて全部、無くなればいい」


 そうしたら()()だから。


 セナは立ち止まり、今の"安心"という思考に疑問を抱いた。しかしそれも直ぐに消えるのだ。そうして歩き出し、また暫くして止まる。何度かそれを繰り返していたら、いつの間にか広い空間に出ていた。


「ここ、は……?」


 顔を上げて観察すれば、そこは明らかに不自然な場所。


 円形に森の樹々が無くなっている。セナから見て直径は約百メートル。あくまで目算だが、そう間違ってはいないだろう。その範囲にある木が全て伐採されていた。それどころか整地も行われて、まるで重機で整えたように平らな大地を見せているのだ。


 何かの競技場、或いは観客席のないアンフィテアトルムか。つまり、円形劇場であり、古代ローマの闘技場を思わせる広場だ。


 そんな、明らかに不自然な場所にも疑問を抱かず、ゆっくりと真ん中まで歩いていく。足元からはパリパリと氷を踏むような音。いや、実際に凍っている。僅かな水分によって薄く氷の膜を形成しているのだ。


 それでもセナの視線は前を向いたまま。その先にある一点を睨み付けている。大地と森の境目、樹々が旺盛に立つ向こう側の暗闇へ。


 空にフワリと白が舞う。一つ、二つ、直ぐにたくさん。左手にある赤にも降って溶けて行った。視界は強まっていく雪で遮られ始める。シンシンと髪や肩に降り積り、それでもセナは動かない。


 歪な、望みもしない未来視を持っていて、既に知っているからだ。雪が横殴りの様相に変化することも。吹雪と言い換えていい。


 森の奥から届くのはお腹の底に響く唸り声。少しずつ大きくなっていき、森の暗闇に浮かぶのは金色に輝く二つの光だ。輝きの高さはセナよりなお高い位置で、相手の体躯が如何に巨大かを示している。


 そうして、ゆっくりと現れたのは、白に水色が混じったような体毛をもつ巨大なオオカミだった。


 四足を交互に踏み締めながらセナが立つ方へ歩いてくる。


 その圧倒的な存在は、物理的な影響を世界に与えていた。周囲の樹々は凍りつき、パキパキと爆ぜていく。地面はますます白く染まり、二度と融解しないのではと錯覚した。


「……此処に呼んだのがアナタなんて。会ったこともないのに」


 舞い散る雪の中でセナは視線を更に上げ、獣であるはずの巨大なオオカミに話しかけた。何故だろうか、言葉による理解が出来ると、当たり前に考えている様子だ。


「でも、ちょうどいい。此処で殺したら雪も止む。オーフェルレム周辺から……そっか、そうだよ。答えなんて簡単だった。何で今まで思いつかなかったんだろ。雪を世界から消すなら、元凶を壊せば良いだけだ」


 彼女を知る者が聞いていたら、違和感で眉を顰めたはずだ。ひどく簡単に「殺す」などと言葉にすることに。しかも、それは脅しじゃなく、嘘でもない。


 一方の大狼は歩みを止めて、セナの話を聞いているようだ。その金色の眼には深い知性がある。相対する黒エルフを興味深そうに観察し、納得するようにグルルと唸った。そしてそれは直ぐに証明される。


 《()()()()()()()()()。ではやってみろ、セナ=エンデヴァル。お前ならば()()()()()であろうと殺せるぞ》


 尖った口を器用に動かして、白い牙が並ぶ口内を見せる。かなり落ち着いた、成人男性の声に近い。ただ、精霊力を強く帯びているため、耳を塞いでも届くだろう。森の上位精霊(エント)のミスズがそうであったように。


 疑問の色を瞳に浮かべ、セナはほんの僅か首を傾げた。だがその疑問は直ぐに消え去る。


「まあ殺せるなら良いか。氷の……ううん、この世界で唯一の受肉した精霊王、雪と氷の上位精霊(フェンリル)。貴方を殺したら雪は降らなくなるでしょう?」


 セナと相対する大狼の名を雪と氷の上位精霊(フェンリル)と言う。他と違い、血と肉を持つ狼の身体をした精霊。氷、雪、冬、其れ等を司る精霊王の一体だ。つまり、悲哀の上位精霊(バンシー)炎の上位精霊(エフリート)などと同等の存在である。


 《肯定しよう。我等精霊が永遠に滅することはないが、一時的ならば世界に影響が出る》


 彼等精霊にいわゆる命は存在しない。この世界と密接に関わり、重なるように紡いでいるからだ。精霊が完全に消え去るときは、つまるところ世界が滅んだときだけ。一時的に消えることはあっても、また形などを変えて現れる。


「それでもいい。目の前から雪が消えてくれるなら」


 セナは羽織っていたローブを脱ぎ去り、アダルベララを構えた。そのあと、続いて吐き出されたのは、やはり不似合いな台詞だ。


「じゃあ、死んで」









精霊の紹介


フェンリル。

雪や氷、そして冬を司る上位精霊。

白に水色が混ざったような体毛で覆われている。四足での体高はセナさえも上回り、もし立ち上がればポカンと見上げるしかない。


基本的には遥か北にある深い森に住んでいるとされる。精霊達の中にあり、唯一の肉体を持った存在。そのため血も流れているし、食事だってする。

何故そんな姿をしているのか誰も知らないが、精霊としての力は圧倒的。そこにいるだけで気温は下がり、空気も水も凍り始め、そして雪が降る。


南方に位置する黒の森に現れ、セナを呼び寄せた。


補足として、氷の下位精霊をフラウと言い、フェンリルの影響を受けて雪を降らせたりする。今の現象もフェンリルとフラウが起こしている。



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― 新着の感想 ―
モンスターかと思ったら上位精霊かい!Σ(゜д゜lll) 肉体があって弱点属性突けるからって、プチバーサーク状態で勝てるの、コレ。 早く正気に戻って〜!(^◇^;)
エピソード80のフェンリルとの対峙する様子を画像生成してみました。 セナ=エンデヴァル関連 https://x.gd/EZ3rq
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