44 依頼
「ドティル」
「あん? お、ゲスのおっさんか」
「俺はゲーズだ! いい加減ちゃんと覚えろ!」
「へいへい。で、何だ? 酒なら奢らねーぞ。て言うか早くあの時の金返せよ」
「ぐ……」
いつもの店。ドティル達"バイア"のパーティは、仕事終わりに毎度のごとく酒を飲んでいた。最近の指名依頼で儲けが出て懐も暖かく、注文した酒のアテが微妙に豪華だったりする。因みに、ヒューゴやヨヒムも同じ独り身なので気楽なものだ。ゲーズは同じ職業の男なのだが、酒と女にだらしない典型的ダメ男である。
「おいドティル、また貸したのか? やめろと言っただろ」
「う、うっせい。ほっとけヒューゴ」
さきほど辛辣な返事をしたドティルだが、実は懲りずに金を貸したり食事を奢ったりしている。それを知るヒューゴの指摘で、自覚があるドティルも強く返せないようだ。
「とにかく、金はねえが情報を持って来たぞ。気候の異常を調べてるって聞いてな」
「まーな。とある依頼者からの、よくある調査ってやつだ。別に珍しくもないだろ?」
「詮索なんてしねーから、そんな警戒するなよ。で、どうする?」
「つまり借金と交換って訳か」
「話が早くて助かるぜ。因みに、かなり面白い情報だぞ? まあ裏取りはしてないが」
「はいはい、分かった分かった。買うよ、その情報とやら」
「おいドティル、勝手に決めるな」
「ヨヒム。俺の個人的な金だ。パーティ資金からじゃねーよ」
ヒューゴもヨヒムもドティルの人柄を好んでいるが、この辺の甘さだけは気に入らなかった。昔から変わらず、痛い目に遭ったこともあるのに、性根ってヤツは変化しないようだ。それが分かってヒューゴは呆れたように首を振り、ヨヒムは黙ってしまった。
「よし、話してくれ」
「おう。実は、南方の黒、呪われた森の話さ」
「信憑性が一気に薄くなったな。まあいいや、で?」
あの森は難度が高めに設定されており、標準以上の力を求められる場所である。ゲーズやドティル達では単独で向かわない。混成のパーティであれば数度だけ行った事がある、そんな厄介な森だ。つまり、ゲーズでは実力が明らかに足りてない。
「雪が降ったってよ。しかもほんの僅かな時間」
「はあ? 雪だぁ?」
聖都レミュ周辺でさえ、ほぼ雪なんて降らない。温暖な気候に恵まれていて、植生もそれに合わせた種類ばかりだ。そしてそのレミュより更に南となれば、雨は降っても雪なんて考えられないだろう。
「乗り合い馬車から見たやつが居てな。ソイツが俺のダチの弟で、かなり目が良いヤツだから、吹雪に近い風が吹いてたのも確認したんだ。一刻もしないうちに消えたらしい」
「雪、吹雪、ねぇ」
「どうだ。珍しい天気だし、条件に合ってるだろ?」
「んー、まあな。日時は聞いてるか?」
「もちろんだ。紙に書いて来た」
「おっさんの字って解読に時間いるからなぁ」
「うるせえ!」
ベシとテーブルに叩きつけ、ゲーズは立ち去って行った。それを苦笑して見送り、ドティルは紙の切れ端を手に取った。
「……汚ねえ字。噂話でも何でも良いって言ってたし、直ぐに伝える、か?」
まだ情報収集が芳しくなかったため、セナに報告などしていないのだ。だが漸くの話で、確かに珍しい現象だった。あの森は基本静寂に包まれている事で知られており、事実ならば彼女が欲する話と思われる。
「いや、裏取りくらいは……」
せめて適当な嘘でないことくらい詰めておきたいドティルだった。発生した日時は汚い字で書かれているし、乗り合い馬車に居た他の誰かが話くらい聞いたはず。それを追えたら"ダチの弟"とやらの妄言とは違うだろう。
「悪い、先帰るわ」
「おう」
「まあ頑張れ」
ヒューゴもヨヒムも、何を考えているか分かっている様だ。それを理解するドティルはニヤリと笑みを浮かべ、そのまま帰って行った。
「おいヨヒム」
「なんだ?」
「ドティルのやつ、金置いてったか?」
「……あ」
「「ちくしょう! やられた!」」
◯ ◯ ◯
冒険者ギルドの二階。
複数パーティで挑む難度の高い依頼や、特殊な指名依頼がある。そんなとき、この様な一室で話し合いがもたれるが、此処はそんな場所の一つだ。
ギルド側から説明がなされ、請けるかどうかもパーティに判断する権利がある。とは言え大半はそのまま要請通りとなるのが通例だ。難度に合わせたパーティを選定しているし、信頼度なども考慮されるからだろう。
「遅い時間に申し訳ありません、赤の旋風の皆様」
「いえ、重要な依頼と聞きましたので」
「ありがとうございます。追加報酬も確定しましたので、詳しくはこちらからの内容を聞いて判断してください、セウルスさん」
四角いテーブルの向かい側、中央に座っているのは赤髪のセウルスだ。パーティの若きリーダーであり、近い将来聖都レミュでも最高の剣士になると噂されている。
そしてその左右には残り三名の冒険者。いずれも優秀な者たちで、赤の旋風が名を売る要因には彼等も含まれていた。
背中の曲がった老魔法士のベレルマン。
巨体そのままの両手斧使いイェン。
クォーターエルフで短剣と弓を得意とする丸顔キーラン。
僅かだが、三名ともエルフやドワーフの血が入っており、純粋なヒト種はセウルスだけ。全て男性で、ある意味非常に珍しいパーティだ。
「赤の旋風に指名の依頼です。内容は調査。場所は南方の森。範囲も全域のため、長期の滞在を考慮してください」
詳細が書かれた書類をテーブルに置きながら、ギルドの職員は説明を簡単に行なった。
「ふむ……黒の森、じゃの。不吉で高難度の地域じゃから、まあ理解は出来る」
灰色のフサフサした髪を少しだけ揺らしつつ、ベレルマンは答えた。好好爺な空気そのままの、柔らかな口振りだ。
「以前だと、近くでネブカハの目撃例があったぞ。我はよく覚えておる」
何故だか偉そうな言葉遣いをするのはクォーターエルフのキーラン。童顔で丸顔なので違和感が凄い。この話し方は思い切り演技なのだが、セウルス達はつっこまないようだ。
残り一人のイェンはただ寡黙に頷くだけ。酒が入らない限り殆ど喋らないのだ、彼は。まあ酔っ払うと溺愛する一人娘の話に終始するので、厄介ではある。
「あの黒い鳥?ですよね。強かったな、アレは」
「何を言っておるのやら。結局はお主が一刀の元に首を落としたじゃろ、セウルス」
「あのですね、それは皆が地面に落としてくれたからで」
「その話、何回するつもりなのだ。我は飽きたぞ」
うんうんとイェンが頷く。どちらに賛同しているのか分からない。
「えっと、それで何を調査すれば?」
パーティの会話を黙って聞いていた職員は、セウルスの質問に淡々と返していく。
「はい。基本的に、気候の特殊な変化を探してください。気温、雨量、川の水位、植生、魔物の変化など。なお、不測の魔物討伐に関しては別途報酬が支払われます」
「ほお。それは豪気じゃな。よい稼ぎになるわい。じゃが……どう思う、セウルスよ」
ベレルマンは回答を示さず、何故かセウルスに問い掛ける。彼の成長を促し、それを楽しみにしているのが老魔法士なのだ。
「ベレ爺と同じですね。何故そんな専門的調査を僕達に? 僕達は討伐や護衛を主にするパーティです。調べ物も出来なくはないですが、得意なわけじゃありません」
「うむうむその通り。で、どうなんじゃ? ギルドの判断を聞きたいのぉ」
あっさりと請けない彼等。そんな赤の旋風に憤慨するどころか笑う。そんな馴染みの職員を見て、セウルス達はウンザリした。毎度のことながら困ったものと思うしかない。
「素晴らしい。見事なまでに、あの御方の仰る通りの反応でした。そして、そのような皆様であれば、依頼者は情報を明かして良いと承っています」
「……あの御方?」
一般的に依頼主の情報は伏せられる。ギルド側の把握に任せているのが普通だ。
「アーシア様で御座います。それが本依頼を指名されました」
「アーシ……ん……は、はい?」
セウルスはもちろん、さっきまで冷静な態度だったベレルマンやキーランまで顔色が変わったようだ。イェンは口をあんぐりと開けて驚きを示している。
「このオーフェルレム聖王国の燦然と輝く宝珠、アーシア王女殿下その人ですよ、セウルスさん」
「ええぇぇ⁉︎」
あの王女様ですか? 本当に?
思わず質問を重ねてしまうセウルス。それも仕方ないとイェンは首を縦に振っている。ベレルマンとキーランは未だ衝撃から帰って来ていない。
アーシア王女といえば、現在の聖王国を支える頭脳として有名なのだ。王であるレオンが助言を求める相手であり、内外の交渉の大半を行う顔でもある。つまり王女としてでなく、国の頂点に近い政治的実力者だ。
こうなると断る判断はほぼ無くなったに等しい。聖王国からの直接の指名依頼で、依頼者はアーシア王女様なのだから。
「説明を続けて良いですか? セウルスさん、皆様」
「あ、は、はい。お願いします」
頑張って背筋を伸ばし、セウルスは正対する。そんな真っ直ぐな性根は誰が見ても好ましい。
「もう一つ、重要な依頼が含まれています。むしろ、こちらが本命かと」
「つまり、そちらは戦闘向きと?」
「あくまで可能性としてですが。ただ、万全の準備を整えるように強い注意をされてますね。そのための支度金もかなりの額です」
「……怖くなってきたんですが」
「アーシア様から赤の旋風ならばと期待されていますよ。きっと大丈夫です、多分」
最後の呟きは無視してセウルスは問う。
「で、その依頼は?」
「はい。ちょっと微妙な内容なので、よく聞いてくださいね」
そうして示された内容は、確かに何だか不明瞭で微妙な話だった。
赤の旋風
わざわざ本人には言わないが、セウルスの眩しいばかりの才能に惹かれて集まった。誰もが彼を息子の様に見ており、その成長を楽しんでいる。最近手にした剣がとんでもないことで、やはり間違っていなかったと笑い合うのがオジサマ方の日常らしい。
魔法士 爺様
ベレルマン
一人称 儂
灰色に染まった髪はフサフサ。背中は曲がっているが、足腰はまだしっかりしている。ドワーフの血が混じっているため、純粋なヒト種よりは長生きしている。その経験から魔法の技術が優れており、知識も深い。リーダーを影から支える知恵袋。
両手斧使い おっさん
イェン
一人称 オレ
普段は寡黙だが、酒を飲ませると話が止まらない。一人娘を溺愛しており、その可愛らしさをひたすら語り尽くす。筋骨隆々で身長はセウルスの倍はある。見た目通りの前衛で、反した防御の才能は凄まじい。本人には全く覚えがないが、やはりドワーフの血が流れているらしい。僅かな精霊力を見つけたセウルスにより、パーティに参加することになった。
短剣、弓 クォーターエルフ
キーラン 銀髪
一人称 我
身長はセウルスと変わらない。丸顔、童顔。
子供に見えるのが嫌いで、揶揄うとキレる。
実は赤の旋風内で一番の年上。つい最近百十歳を超えた。何故か偉そうな話ぶりをするが、誰も理由をしらない。エルフの血が入っているので、ヒト種より僅かに耳が長い。残念ながら精霊魔法は使えないが、弓の腕は相当なもの。また、もともと短剣を得意としていたので、ローグの役割もこなせる器用な面をもつ。




