41 再び
初日に使った螺旋階段から降りて来た。
そして、外と繋がる同じ場所でセナは振り返る。大門でもなく使用人が使う通用門でもない。しっかりと人払いもされていて、居るのは彼等と侍従のロッタだけだ。
「じゃあ行くね」
「まだ僅か数日ですよ……せめてもう少しでも」
アーシアは残念そうに返した。レオアノも、背の高いセナを僅かに見上げて続ける。
「アーシア姉様の言う通りだ。僕との事なら気遣いなんて要らないのに」
ダメ元で求婚して、見事に断られた昨日の夜を言っているのだろう。
最初は諦め切れず、レオアノは食い下がった。様々な理由、条件、何でもありの様相で、どれだけ憧れていたのか分かるほど。だが、セナは決して首を縦に振らず、時間だけが過ぎていった。そして最後に齎されたセナの秘密の一部を知り、聖王国の王子は悔しそうにグッと拳を握ったらしい。
「レオアノ、それとは関係ないよ。もうたくさん歓迎してもらったし、お祭りが始まるでしょ? ゆっくり楽しみたいんだ」
「オーフェルレム建国祭ですか」
「そうそう」
「くっ……僕が案内出来れば」
「ふふ、王子様が街のお祭りに現れたら大騒ぎだよ。でも、気持ちだけ貰っておくね。ありがと」
「まだレミュから離れないんですよね」
「うん。暫くはお世話になるつもり」
「「よし」」
「ん?」
喜びの声を姉弟は同時に出したが、隠していたためセナの方は不思議そうな顔をしているだけだった。
「例の件は進捗があったら御知らせします」
「あの地図で充分だよ、アーシア」
「しかし」
「レオンに言ったけど、半分趣味みたいなものだし、興味本位でしてるだけだからね」
「……分かりました」
「姉様、例の件て?」
「女性同士の話です」
「あ、はい」
セナの調べ物についてレオアノは知らされていないようだ。これはアーシアの判断であり、ロッタからの助言も関係している。もしレオアノが知れば城を出て、冒険者パーティについて行きかねない。
ロッタは以前にセナより聞いていた。まだレオアノが小さな子供の頃だ。「一人で城から抜け出すとか、悪漢に突撃するとか、そんな感じ。他には、好きになっちゃダメな女性に恋するみたいな。腕白な男の子だから、分かるでしょ?」と。
既に叶わぬ恋はしてしまっていたが、それは昨晩に終わりを迎えた。残るは「悪漢に突撃」「一人で城を抜け出す」だ。
セナから齎される何気ない話はある種の預言。それが聖王国が持つ印象である。だから、セナのレミュでの行動をレオアノに伝えない。アーシア曰く「大人の女性の日々を細かく知りたいなどと、貴方は変態なのですか?」だそうだ。
「どうか大過なく」
「アーシア達もね。じゃ、また何処かで」
セナはフリフリ細っそりした手を振って、ローブを深く被った。そして酷く軽い感じで去って行く。今を生きるヒト種は、もしかしたら二度と会えないかもしれない。それを忘れているのか、或いは考えない様にしているのか。アーシアは後者だろうと何となく思う。
街の雑踏に焦茶色のローブ姿が混じっても、三人は暫く動かなかった。寂しさ、たくさん話せた喜び、さっきまでの時間が幻に感じて、それを忘れないよう努めるしかない。
「行ってしまった……」
「ええ」
「また会える、きっと」
「そうですね。私もまた会いたいです」
「ごめん、アーシア姉様。僕のせいだ」
「何がですか?」
「昨日、セナに気持ちを伝えたんだ。出来ればオーフェルレムに残り、僕と一緒に過ごして欲しいって。もちろん断られるのは分かってた。だから……優しいセナだから立ち去ったのかもしれない」
なるほどとアーシアは首肯した。そして、弟の成長も感じる。ほんの少し前なら駄々を捏ねていただろうに、と。
「気にしないで下さい」
「でも」
「セナ様は……最初から全て分かった上で此処を訪れてくれたのでしょう。ですから、レオアノはそのままで良いのです」
セナ=エンデヴァルは聖級の占術師。世界に唯一の存在だ。彼女は深くを語らないし、自らを喧伝もしない。そう、御伽噺に登場する"森の上位精霊"のように。
だからだろうか、アーシアは何度も考えた理由を再び思考し始める。
オーフェルレム聖王国の王家を訪ねるためだけに来国したのではないだろう。レオアノのことも、言い方は悪いが"ついで"でしかないと思われる。聞いたところによると、此処に来る前は熱砂漠アーシント王国にいたらしい。余りに遠いため訪れたこともないが、資料には幾度か目を通している。
平均気温は非常に高く、乾燥した領地が大半を占めている。一方で、鉱物資源や魔法関連の事業が盛んであり、オーフェルレムと比べてもかなりの強国だ。他の特徴的な事と言えば、ドワーフ族が多く住んでいたり、オアシスと呼ばれる限定的水資源が点在する、などだろうか。
「アーシア姉様?」
セナは興味や趣味で調べているらしい。気候の変化、言い方を変えれば「精霊の動き」。アーシントは気候において相当に特徴的な国だ。穏やかなオーフェルレムと全く違い、ある意味で対極的と言える。
もし、アーシントで同様の依頼を掛けていたら……それは趣味の範囲だろうか。
アーシアは更に深く深く思考の海へ。
レオアノが先程問い掛けてきたが、意識の外に追いやったのもその為だ。弟も、ロッタさえも察したのだろう、直ぐに黙ってくれた。
「時間的、規約的にも、アーシントへ聞いたところで無駄……ならばそうと仮定して動いた方が良いはず」
例えば何かが水面下で起きていたら?
セナ=エンデヴァルは私達に助けを求めるだろうか。いや、それはまず考えられない。他者を巻き込む事に忌避感を持つのは過去の口伝からも明らか。恐れていると言ってもいい。
そもそも下手に関わるのが拙い場合だって考えられる。何かを、何かを掛け違えている違和感を拭えない。
「ギルドへの依頼を取り消すべき……? でも万が一があったら」
セナが単独で危険な場所に立ち入るなど、不安で仕方ないのも事実だった。だが、軽率な行動が弊害を生んでしまったら絶対に許されない。後から謝ったところで意味などないのだ。
既に依頼はした。父レオンが最終判断をしてくれたが、まだ実行には移されていないだろう。
「建国祭を楽しむとセナ様は……」
ならばまだ時間がある。依頼を延期か中止して、もう少し調べれば良いだろうか。そう、あのことを。
白の姫。
ヒト種からして、殆ど知られていない存在。セナの調査依頼から気になり調べていたら偶然に見つかった。どうやら三百年前に生まれており、精霊との関係性が非常に強いらしい。それをレオンからセナに尋ねてもらったが、はっきりとした回答は貰っていない。
ただ、気になった事があると父は言っていた。白の姫の話題を出したとき、明らかに様子が変わり、あくまで印象でしかないが……彼女らしくない冷たい反応だった、と。
やはり一旦中止すべきか。
そんな風にアーシアが決めた時だった。
「……! アーシア様! レオアノ殿下! 私の後ろへ、お下がり下さい!」
ロッタがいきなり叫び、前に躍り出た。
「そこの貴様! それ以上近づくな!」
アーシアもレオアノも、今になって漸く気付いた。身を隠していたのか、二人からしたらいきなり現れたように見える。まだかなり距離があって、セナとは違う色のローブ姿。ゆっくりと、真っ直ぐ、こちらに向かって歩いて来る。顔は見えない。
ロッタは侍従であるが、護衛を兼務する。その実力は当たり前だが聖王国屈指。生半可な腕ではない。そんな彼が警戒する相手。しかもたった一人だ。
「聞こえないのか! く……両殿下! 城内にお早く!」
「……見なさい、ロッタ」
「……む」
アーシアの落ち着いた声に、ロッタは再び前を見た。そして王女の落ち着きの意味も理解する。不審なローブ姿の誰か、その者が膝をつき頭を深く下げたからだ。その所作は綺麗で、高度な教育を受けたと直ぐに分かる。
「女、か。だが、いきなり殿下に近づくなど許されないぞ。早々に」
「ロッタ、構いません」
「しかし」
今も顔は見えない。だが、その仕草だけで華麗を感じさせた相手。その予想通り、直ぐに聞こえて来たのは美しい女性の声。知的で、耳触りまで綺麗だった。
「誤解を招いたことをお詫びします。御二方、そしてオーフェルレム聖王国に害意など全くありません」
緩やかで、しかし意思の強さを感じる。
続いて武装を外した。腰に装備していたのだろう剣を鞘ごと地面に置く。鞘に納まったままなのに、それは非常に細い。細剣で間違いないだろう。装備解除は敵意がない証明だ。
「アーシア様からお許しを頂いた。何用か」
「はい」
隠していたローブから頭を出した。話を続ける許可が出たことから、そのまま顔を上げる。
「……エルフ」
「確かにその通り、私はエルフです、レオアノ王子殿下。今日は街の見学だけのつもりで、後日伺う予定でしたが。懐かしい気配に惹かれてしまい、この場所まで。改めて謝罪を」
三人の前で膝をついているのはエルフ種の女性だった。セナと同じ長い耳、全く違う肌の色。全体的に白く、細い。
髪色は白銀。肩口辺りで切り揃えていた。種族的に年齢は不明だが、ヒトならば成人の女性に見える。
「懐かしい気配?」
「先程立ち去ってしまいました。セナ=エンデヴァルです」
「まあ! セナ様のお知り合いとは!」
それだけで警戒感は一気に薄まる。出来るなら歓待し、余り自身を話したがらないセナの事を聞きたいくらいだ。そんな気持ちが出てしまい、アーシア達は一歩前に進む。それはさりげなく押し留めるのはロッタだ。
「ええ。昔馴染みで、共に旅をしたことも。暫く会っていなかったので本当に懐かしい」
「旅を……是非、是非お話を聞かせてください。私はアーシア。このオーフェルレムの王女です。こちらは弟のレオアノ。ああ、セナ様のお知り合いにご存知頂いたのは本当に光栄ですね。それと、古の約定はまだ生きております。膝をつく必要はありませんよ、エルフの方。それで、貴女様は?」
古の約定。
遥か古代の種族間戦争終結において取り決められた約束である。かなり大雑把に言えば、エルフ達はヒトの政に影響を受けない。ある種の不可侵条約であり、共生のための知恵でもある。もちろんそれぞれに例外はあるが、アーシアは王族としての通例に従ったようだ。つまり、その国の住民でも無い限りエルフが遜る必要もなく、重ねて言えば、目の前の彼女はオーフェルレムに対し気遣いを見せてくれたことになる。
だから、理性的な反応を示したエルフに対し、アーシア達は心を開き掛けていた。ましてやセナ=エンデヴァルの知己なのだから。
それなのに……
「はい。私の名はシャティヨン。エルフの、そして精霊の愛し子、白の姫クラウディア=オベ=オーラブから書状を預かって来ています。アーシア王女殿下」
再び、薄れたはずの警戒感が強まるのをアーシアは感じた。




