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40 僅かなズレ

 





「どうだ?」


「ん、美味しいね、これ。あと、飲んだことある気がする」


「ロッタから手に入れたワインだからな」


「ああ、ロッタくんの実家ってワインを作ってるんだっけ」


 幼きレオアノを助けた夜、ロッタが部屋まで持ち込んでくれたワイン。アレと同じ味だとセナは思い出した。今よりまだ若かったロッタと二人飲み交わしながら、少しだけ話したのも憶えている。


 彼から受けた質問はセナ自身の生き様に関わり、揺り戻しにも僅かに触れたため、色々言葉を選んだのだ。


「酒が苦手と知らず、ヤツは冷や汗をかいたってよ。まあセナが美味しいと言ってくれたから救われたらしいがな」


「……少しくらいなら大丈夫だし」


「弱いだけだろ、確か」


「何でレオンが知ってるのさ」


「セナが言ってたんだが?」


「そうだっけ?」


「俺が誘って、断られたときだ」


「ああ……身重で大変な奥さんを放っておいて、朝まで飲もうなんて言ってきたからね」


「マジでへこんだぞ、アレは」


 断り文句として酒の弱さを使われたが、実際には「大変な時に何言ってるんだ」と怒られたのが正しい。普段優しい空気を纏うセナだから、叱られたレオンはかなり落ち込んだのだ。因みに、誘ったのは奥様公認でおまけに推奨だったのだが。


 そんなセナ達は、貴賓室の近くに用意された応接の広間で語り合っていた。既に人払いは済んでおり、レオンとセナしかいない。


「明日、お墓参り……えっと、霊廟に行っても良い?」


「それはありがたい。誰か付けるか?」


「いや、私だけで」


「……そうか。分かった。通達は出しておく」


「ありがとう」


「礼はこちらが……って、このやり取り、前もしたな」


「だね」


 ワイングラスを傾け、ほんの少しだけ静かな時間が流れた。そして、無音でグラスを置いたあと、聖王国の王として語り掛ける。


「さて、キミがこのオーフェルレムを訪れた理由を聞いても良いだろうか。もちろん話せない時はそう言ってくれて構わない」


 セナ=エンデヴァルは建国においての大恩ある黒エルフだが、同時に今は"聖級"の占術師だ。運命に直接関わる占術を言葉にしなくても、何らかの予兆を報せてくれる場合があった。これまでも、そして恐らくこれからも。


「ごめん。不安にさせたね。ただ、今回は占術と直接関係ないんだ。どちらかと言うと興味本位に近いかな。ちょっと調べ物をしてて」


「ふむ、調査なら冒険者にと思った訳だ。レミュの街角に住まう占術師、か」


「……冒険者ギルドって、依頼内容に関してだけは権力と距離を取ってるんじゃなかったっけ?」


「んなもん半分建前だ、建前。セナだって知ってるだろうに」


 依頼者、依頼内容、その他。確かにセナが依頼をした"レミュの街角に住まう占術師"だが、僅かな日数で聖王国王家の耳に入るのはちょっと許せない。そんな戸惑いから出た嫌味をレオンはあっさり受け流した。


「納得出来ないなぁ」


「最終的には此処に来るつもりだったんだろ? そこまで隠してないし、あんな分かり易い依頼者名だものな」


「別にそんなつもりじゃない、けど」


 両方の長耳がヘニャと垂れてしまい、セナの内心を隠せていない。思わず吹き出しそうになったレオンだが、流石に今は我慢したようだ。


「で、周辺の気候変化を調べているんだな? 気温、降水量、植生、魔物達の動向、そんなところか」


「だね。大体五十年くらい前から精霊達が落ち着かない感じになってて……別に敵性的でもなく、生き物に悪影響が出たりもしなそうだから放っておいたんだけど、かなり長い間続いてる。だから、何か要因があるなら知りたいなと」


「心当たりは?」


「んー、一応は一つだけあったんだけど、違うっぽいんだよ。それもあって気にし始めたんだけどね」


 心当たり。


 セナからしても、精霊となれば真っ先に浮かぶのが"白の姫"である。悲哀の上位精霊(バンシー)に代表される精霊達が愛するあの娘ならば十分に。ただ、カードを使って盗み見た未来のクラウディアに、そんな兆候が現れなかった。勿論あくまで占術であり、彼女の私生活や思想を知れる訳ではないから確実と言えないが。加えて言えば、あれ程の特別なエルフである以上、占術の効きが酷く悪くなるので尚更だろう。


「一つだけ、か。当ててみせよう。エルフ種の白の姫だな?」


 ビクリとセナは震えた。


 エルフ達の間で知られていても、ヒト種にとっては別世界の事柄に等しい。ましてや王政を敷いてないので「姫」の名さえ俗称に過ぎないのだ。しかも此処は他種族の非常に少ないオーフェルレム。聖都レミュに幾らかエルフはいるだろうが、彼等が態々白の姫について吹聴する訳がない。


 だから、そんな事実をあっさり指摘したレオンを、セナはまじまじと眺めてしまった。


「何で……ううん、どこまで知ってるの」


「約三百年前、か? 北西にある森で誕生したと聞いた。何でも精霊達を統べる存在で、我々で言う絶対的な神のようなものと」


「……他には?」


「他? いや、その程度しか分かっていないよ。もしかして間違っているのか?」


「ん……微妙に、かな。白の姫と呼ばれる存在は、精霊を統べたりしないし、もちろん神様なんかでもないからね。ただ、精霊達と強く影響し合うのは正しい。まあエルフ達から見ても特別な相手だよ」


 セナは内心ホッとしている。クラウディアと自分の関係性や過去を知られていたら、複雑な心境を隠せなかった。冷静になってみれば知る訳がないのだが、当事者にはなかなか難しいものだ。だからだろう、気恥ずかしさから他人事のような口調になったようだ。そしてそれが、漣の様に緩やかな影響を与えていく。


「エルフ達……では黒エルフに関係ないのか」


「ん? 黒エルフにとっても無関係じゃないけど。なんで?」


「いや、何となくそう思ったんだ」


 この時、レオンは少し皺の増えた口元を隠し、セナの本心を想像していた。


 先程の、彼女らしくない冷たい響き、突き放すような言葉選び、ある種否定的な呼び方。ヒトから見て、エルフ種にも偏見はあるが、黒エルフに対しては特に強いものだ。オーフェルレム聖王国が()()()()()()のは奇跡的にセナ=エンデヴァルを知っているからに過ぎない。


 つまり、レオン達王家はエルフ種などより黒エルフに強い親愛を持っている。この僅かなズレにより、聖王国の王家は"白の姫"に対し、少なからず負の印象を持つこととなった。


 実際には昔お付き合いした仲で、現在もどれだけ愛されているか、当のセナさえ全く知らないのだから。


「ふーん……あのさ、怒らないで聞いて欲しいんだけど」


「努力しよう」


「なにその返事……レオンってこう、難しく考えずに動くヒトと思ってたけど、色々知ってるんだね。他種族の情報もだし、私の出した依頼も」


「実は今までの話、全部アーシアから教わったんだ。だから怒れない。残念だ」


「は、はぁ⁉︎ ちょっと! 感心した時間を返してよ!」


 昔からレオンはこんなヤツだよね! セナの前世で言うならチャラくて軽い男で、だからこその叫びだった。まあ内心で、だが。代わりなのか長耳がピンと立っている。


「お、ちょっと怒った顔も綺麗だぜ。てな訳で、これを見てくれ」


「……地図? オーフェルレムの」


 バサリと広げられたのは、かなり新しい地図だった。間違いなく最近作成されたもので、方位や縮尺さえも相当に精巧だ。中央上部に聖都レミュがあり、副都オーフェルを含む各都市が記されている。


「因みに、これもアイツが用意してくれた」


「……」


 呆れると物が言えなくなるってホントなんだなと、セナはジト目でレオンを眺めた。同時に、アーシアの先手を打つ優秀さも際立って見える。その地図にはセナが欲する情報が幾つも追記されていた。つまり、これはそのためだけに作られたもの。


「レオナみたい、アーシアって」


「それは……父として、オーフェルレムの王として、何より娘にとって、これ以上ない名誉だよ。ありがとう、セナ」


「レオンって偶に真面目になるんだよなぁ」


「ほっとけ。ほら、見てくれよ」


「ん」


 つい最近調べに行った"シグソー森"も該当している。嘆きの森と呼ばれるようになり、幾らかの不可思議な現象が報告されていた。もちろんアーシアも気にしており、注釈も多い。


 他にも何箇所か印が付いていて、冒険者ギルドから得た情報とも一致するようだ。いや、情報元の一つがギルドなのだろう。


「正直な話、かなり無理筋な情報ばかりだ。噂話まで拾ってるから信頼性は相当乏しい。アーシアが謝ってたよ」


「謝るなんて……これだけのものを用意して、時間だって無かっただろうに凄いよ。そもそも精霊絡みなんて調べるの難しいのに」


「ああ、それも悔やんでた。何で私は黒エルフじゃないのか、精霊使いじゃないのかって」


「……あれ? ちょっと待って。依頼するとき精霊が関係してるなんて言ってないんだけど」


 依頼内容はあくまで気候に関わる変化のみだ。


「そこはアイツの想定が含まれてる」


「どれだけ優秀なの、アーシアって」


「いつも驚かされて大変だよ」


 長生き黒エルフの女性と、中年から老齢に差し掛かった男は向かい合い、思わず笑ってしまう。次代の王レオアノもしっかりとした善性を持ち、姉はとんでもなく優秀。オーフェルレムはまだまだ安泰だろう。


「あ、此処はやっぱり少ない……」


「知ってたか。その辺りは魔物がとにかく強力で、しかしいつもいつも静寂に包まれた森。とは言え現在に至るまで大きな変化の報告はないから安心してくれていい。ま、残念ながら調査自体も余り進まないけどな。オーフェルレムの冒険者ギルド内で、問題なく入れるのはごく少数のパーティのみだ。ある意味で穴になってる」


 地図の一番下、つまり南方の端。建国前に領土争いの原因にもなった地域だ。今はかなり深くなり、まだ若くとも森に変わっている。この地図上でも情報が乏しいが、そもそも調査が足りないのだろう。ギルドでも達成難度にバラツキがあると言われたが、この森はその一つに数えられていた。


「なるほどね」


「……やはり気になるか?」


「んー、少しだけ?」


「もうギルドに調査依頼済みだろう? 一応確認するが、まさか単独で行かないよな?」


「……分かってるよ」


「いま目を逸らしたな? おい、知らん顔するな」


「はは、気の所為だって」


 やはり行く気だったのかと、レオンは強い不安を覚えている。だからこそこの時間を作ったが、全てアーシアの想定したままだ。


 そのため、やっぱり予定通り、セナに知られないよう裏から手を回すことにした。金はもちろん要るが、実力と実績のあるパーティに新たな調()()の指名依頼を掛ける。冒険者ギルドには色々な連中がいて、戦闘に特化した奴等も当然に存在する。本来ならば正規軍を動かしたいが、流石にバレてしまうだろう。


 万が一の危機に陥らないよう調査にかこつけて護衛させるのだ。目の前の彼女が元冒険者と知っていても、引退したのはレオンから見てずっとずっと昔。短命のヒト種として心配するのも当然だった。


 パーティは王女によって予め選抜済み。


 その若きリーダーは正義感溢れる突出した剣士であり、そして何より"勘が鋭い"ことで知られているらしい。この様な変則的な依頼に最適で、だからこそ選んだ。


 "赤の旋風"


 それが彼等の名である。















キャラ紹介17


レオン


オーフェルレム聖王国の現国王。アーシアとレオアノの父親。王妃はレオアノを産んで暫くしたあと亡くなっていて、それ以降は妃を迎えていない。理由は様々だが、とある占術が影響しているとかしないとか。


レオナの直系を示すシーグリーンの瞳と赤髪はレオアノへと受け継がれている。


明朗な性格と、くだけた口調が特徴的な男。女性に対してかなり気障な言い回しをしてしまう癖があり、セナなどからはツッコミが入るほど。最近はシワが増え、疲れも溜まりやすいのを愚痴っているらしい。


本人に突出した能力はないが、アーシアの才能を見抜き、政を任せていくなど、人を信じることができる男。実際に現在の聖王国は隆盛を保っている。


アーシアの懸念通り、セナが危険な単独行動をしそうと分かり、手を打っていく。そのためセウルスのパーティである赤の旋風に依頼を出したが、それがどう影響するかまだ誰も分からない。

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― 新着の感想 ―
エピソード71の貴賓室の様子を画像生成してみました。 セナ=エンデヴァル関連 https://x.gd/EZ3rq
うおっ!?見逃してました!Σ(^◇^;) 更新ありがとうございますぅ! レオンは名君ですね。自分でなんでもやる、できるタイプじゃないけど、そこは出来る人に任せればいいわけですし。 名馬の騎手は、名馬…
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