35 想うこと
再開します。しばらくは週末に一話ずつ投稿していくつもりです。
今は生活雑貨を主に扱う店の片隅。そこに種族の違う二人が向かい合わせに座っていた。間には大きめのテーブルがあり、幾本かの剣が無造作に放り投げられている。持ち上げて重さの比較をしたり、細かな形状について話し合っているようだ。
「片手直剣だな?」
「はい。剣身ですが、これ以上は欲しいです」
老ドワーフのヴァランタンと若きヒト種のセウルスだ。
「む……余り長くすると強度にも影響が出るぞ」
「刺突を多く使うので、長さがあるほど戦い易くて」
「刺突……突きを片手剣でとは、面白い」
セウルスの剣の師をセナから聞いていたヴァランタンは納得する。最高峰と言ってよい細剣の使い手、エルフであるシャティヨンが彼に授けた技だろう。
「もちろん出来るだけ頑丈にして欲しいですが……我儘ばかりですいません」
「軽くて頑丈で、剣身も長めに、か?」
「うう……あくまで希望で」
「ふん」
ヴァランタンに思い当たる素材があるが、アレは相当な貴重品である。しかし、セウルスが使い熟せば凄まじい剣士へと至る可能性があるのも事実だ。
ヒト種でないドワーフとして"精霊視"に警戒感がある。精霊力を直接目視出来ると言う事は、例えばセナなどは逃げたり隠れたりが難しくなるのだ。しかも精霊魔法を放つ前段階まで感知されて、戦い方にまで制限が掛かるだろう。そう、太古の種族間戦争で戦禍の中心にいたのが精霊視を持つ勇者だ。
その異能を持つ将来有望な冒険者に、平均を超える武具を鍛えてしまって良いのか。ヴァランタンは思わず考えてしまった。
「無理ばかりですいません……セナさんのお知り合いと思って甘えてしまいました」
黙った老ドワーフを見て、セウルスは意気消沈しているようだ。その様子は演技ではなく、彼の性分なのだと分かる。
それを見たヴァランタンは一度冷静になった。あのセナが紹介して来たのだ。つまり、そうなのだろうと。
「セウルス」
「は、はい!」
「お前の師はシャティヨンだそうだな」
「え? あ、はい。ご存知でしたか」
「古い馴染みだ。アイツのレイピアの何本かは俺が鍛えた」
「え? そ……! そうなんですか⁉︎」
セウルスは驚いたが、同時に深く納得した。あの信じられない強さを持つエルフの女性が持つ武器だ。目の前の老ドワーフが関わっていても不自然とは思わない。
「ついでに言えば、シャティヨンとセナは二百年前くらいか、あるきっかけで友誼を結んだ仲でもある」
「え、ええ?」
そんな事、セナは何一つ教えてくれなかったのだ。彼女達が互いを知っていたなど、想像もしていなかった。セウルスは色々と思考に沈みかけたが、続く老ドワーフから届く声に意識を取られる。
「で、精霊視については学んだか?」
「あ、えっと、はい。セナさんから詳しく。全部を話すと大変ですが……簡単に言えば、意味のない多用やひけらかしは止めるよう強く言われました。ただ、同時に」
「同時に?」
「過去は過去。その能力は争いを呼ぶけれど、新しい道を探して欲しい。シャティヨンもきっとそう思ってるって」
「道、か。ふん、セナらしい甘い考えだな。他には?」
「い、いえ。精霊視の歴史と注意だけです」
腕を組み、ヴァランタンは再び黙った。そんな様子にセウルスはやっぱり緊張を覚える。戦いを生業にしているのは自分の方なのに、何故だか目の前のドワーフに恐ろしさを感じるのだ。
長い白髭と突き出た腹をチラチラと眺めていると、ヴァランタンはゆっくりと話し始めた。
「セナは」
「は、はい」
「本当に、度が過ぎた甘いヤツだ。偶に腹が立つほどのな。今までも、長く生きる俺でさえ理解出来ない多くの苦難と戦って来た。だが、それを誰かに語る事も、縋ることもしない。何故か分かるか?」
「強いからでしょうか?」
「その通りだ。だがな。同じくらいヤツは弱い。もしかしたら、その辺の餓鬼と変わらんかもしれん。セナはある事情から他者の助けを拒んでいる。弱味を見せることも出来ず、ただ耐えるだけ」
「……」
セウルスから見て、セナ=エンデヴァルは一介の占術師でしかないのだ。だから、ヴァランタンが話す本質がよく分からなかった。
「誰も……あの絶望から救ってやれないなんて……俺がどれだけ、どんなに悔しいか」
ギリと鳴ったのは老ドワーフの奥歯だ。
「あの、意味が……」
さっきから話が変わったように感じ、セウルスは口籠る。だが、ヴァランタンの強い感情と悔しさは嫌でも理解させられた。太い腕の先にある両拳を握り締め、幾本もの血管が浮き出ているのだ。
「アイツは……セナは助けて欲しいと言わない。娘っ子のくせして、昔からそれが気に入らないんだ。自分だけで背負い込み、何より大切な存在からも距離を取るなぞ、絶対にな。だったら、こっちだって好きにさせて貰う。そんな風に思っても悪くないだろ?」
「ま、まあ」
「お前の剣。俺が持つ最高の素材を使い、全てを賭けて鍛えてやる」
「……はい?」
そんな大金など用意してないし、そもそも不可能だった。伝説的鍛冶師が全てを費やして生み出す剣は、一体どれほどの価値があるのか、セウルスには理解さえ出来ないのだ。
「金も払えるだけで構わん。ただし、条件がある。その腕を鍛え上げ、世界に名を轟かせろ。誰一人知らない者がいない最高の剣士になるんだ。運命に立ち向かうほどのな。そしてそんな頃、セナはお前の前に再び現れるだろう。セウルス、アイツを助けてやって欲しい。セナが望まなくても、逃げ出しても、仮に……そのとき敵であっても。どうだ? 誓えるか?」
「……」
そもそも話の全てが理解出来ていないし、適当に返しても良かった。そう、誓いますと軽く言葉にすれば、見たことも触ったこともない最高の剣を手にする。
だが……セウルスには出来なかった。その場凌ぎの言葉を吐く口も心も持っていない。最も大切な心から愛する師、シャティヨンから教わったのだから。
だからその時、はっきりと思い出した。
シャティヨンの行方を占って貰ったとき、セナ=エンデヴァルは言った。「運命は決められた定めと違う」「未来は拓かれている」「今のまま、頑張りなさい」と。そしていま、老ドワーフさえ「運命に立ち向かうほどの」と言葉にした。
何かが動き出している。強く感じるのだ。
ブルルと足元から震えが走り、深く息を吐く。気持ちが溢れて来そうで、セウルスは一度二度と深呼吸を繰り返した。そうして視線を上げ、黙ったままだったヴァランタンにしっかりと向き合う。
「……その剣の銘を、僕が決めて良いでしょうか?」
「言ってみろ」
「バアルトワ=セナ。ですから、そんな意味を残したままに"バルトワセナ"と」
「古代語で、セナのために、セナを想って、か」
「はい。ヴァランタンさんと、その銘に僕は誓います。決して反故にせず、セナさんに危機が訪れたなら全てを賭けて戦いましょう」
赤き瞳は真っ直ぐにヴァランタンを見詰める。
「……良いだろう。バルトワセナを俺の生涯最高の剣にしてやる。お前は腕を磨いておけ」
「はい!」
聖都レミュの片隅で誕生したこの剣、バルトワセナは後まで語られる傑作の一本となる。最初の使い手であるセウルスはヒト種最高の剣士に数えられ、やはり名を残す存在となった。
そんな彼は、自らの技を伝える者に必ず誓いを求めたらしい。その内容は口伝のみに限られ、門外には決して漏れ出ない。
だが、ただ一つだけはっきりと分かっていることがある。
"運命に抗うことを恐れてはならない。その先にある拓かれた未来のために"
それこそがバルトワセナを受け継ぐ最低限の条件とのことだ。
◯ ◯ ◯
「ん、んー!」
ローブで全身を覆ったままのセナは、両腕を上げ思い切り伸びをした。
シグソーの森を二日間彷徨い、ついさっき聖都レミュに帰還したのだ。乗合い馬車は相変わらず乗り心地が悪く、腰とお尻が痛くなったのもある。
「ふへー。流石にちょっと疲れたぁ。早く帰ってお風呂に入りたい」
ラウラみたく腰をトントンしつつ、セナは街中へゆっくりと歩き出した。時間は夕方に差し掛かり、ほんのり街灯りが美しい時間。ご飯時でもあるからか、あちこちから良い匂いも漂ってくる。
綺麗だなぁ。
セナはそんな事を思う。
随分と見慣れてきたレミュ。建物の配色などが淡く、元の世界の御伽噺に出て来そうな風景なのだ。更に言えば、ランタンや蝋燭、魔法によるランプなどかいつもより多い気がする。飾り付けも通常より豪華に感じるし、彩り豊かな花がとにかく沢山咲いていた。
「あ、お祭りが近いからか」
野菜を買った店の親父さんが言っていたのだ。オーフェルレム聖王国が建国されて百五十年。それを祝う祭が始まる、と。
なるほどなるほどと納得しつつ、セナは左右に視線を配った。初めて見るような露店もあって興味を惹かれてしまう。つい寄り道したくなったが、今の自分を思い出せば自重するしかないのだ。
約二日間お風呂に入らず、身体や髪も洗っていない。流石に酷く臭ったりしてないと思っても、やっぱり気になるのが元日本人の感性を忘れられないセナである。ましてや今は、性別さえ違って女性なのだ。
「今日は我慢かな。また明日にでも遊びに行こう」
相変わらずの独り言をブツブツ呟き、テクテク人混みを避けて行く。距離的に現在の住まいまでそれなりに時間が掛かるが、綺麗な景色を眺めながら歩いたので、何だかすぐに着いた気がした。
薄暗い路地に立つお家の扉を開けて漸く帰宅。後ろ手に鍵を掛け、すぐ横に置いてあるオイルランプに火を灯した。
ほんのり明るくなってセナは直ぐに気付く。
見れば床に封筒が落ちている。正確に言うなら扉の隙間から投げ入れたのだろう。この家にポストなど設置してなく、元の世界のような郵便屋さんは存在しないのだ。ましてや封筒などかなり珍しく、何よりその便箋は真っ白。簡単に言えばかなりの高級紙で作られたものだ。
「……」
セナは不信感で一杯だった。
占術師組合に住所など伝えてないし、冒険者ギルドも同様。現在のオーフェルレムに知り合いなど少なく、ラウラやヴァランタンでは絶対にない。
恐る恐る封筒を持ち上げ、ゆっくりとひっくり返した。そこには押されていたのは、ある意味で見慣れた封蝋。
封蝋は未開封である事の証明になり、何より誰からのものか明らかにしてくれた。
「バレるの早くない?」
ボソリと、セナは小さく声にする。
「お祭り……遊びに行くの、先になりそうだなぁ」
その声は残念そうで、でも何故か少しだけ幸せが混じっていた。
△▷▽
武器紹介。
バルトワセナ。片手直剣。
鞘もグリップも黒に染めらているため、納刀時は真っ直ぐな黒い棒に見える。片手剣にしては長めに作られており、剣身も細め。剣の肌は斑らに模様があるが、これはヴァランタンが使った特別な材料に起因。後の研究で、土の精霊に祝福された鉱物と判明している。そのため、この武器は一種の魔法剣であり、精霊さえ斬ることが可能とされる。
見た目の細さに反し非常に強固で鋭い。
生半可な鎧など一刀で断ち切り、刃毀れさえ起きない化け物のような剣である。
名の由来は使い手以外に伝わらない。
だが、使用者には何らかの誓いが必要で、裏切りは絶対に許されないらしい。たった一人の誰かの為に鍛えられたとされるが、他者に真実は不明のまま。




