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30 英雄譚

 






 オーフェルレム聖王国付近には多くの森があり、四方に点在している。森と呼ぶには小さな樹々の集まり、密林と称したくなる深く暗い場所も。そんな中で此処は中規模と言えるだろう。


 シグソーの森。


 中規模と言っても人が歩むには広過ぎるし、高低差もなかなかに激しい。聖都レミュからも薄らと姿を確認出来るから、まあかなり大きな森だ。


 その中心部では泉が湧き、森を潤している。いや、元々に泉があって、段々と森が形成されたのかもしれない。湛える水は澄んでいて、底まで透き通っていた。


 そんな泉のほとりに三名の男。


「でだ、俺は言ってやったんだ。全部が間違ってるってな」


「まあお前にその辺の知識をひけらかしたら……終わりだよなぁ」


「ああ。よりによって大昔の冒険者の話だろ? 最近ならまだしも、このヒューゴ様に蘊蓄垂れるなんて百年はえーよ」


「その若い奴も可哀想に」


 ドティルとその仲間たち……冒険者パーティ"バイア"の三名は"囁きの森"と渾名される此処で、夜営の準備を終えたところだ。適当に見つけて来た石塊などに腰掛け、焚き火も先程起こしている。持ち込んだ干し肉を炙りつつ、最近の出来事を語り合っているらしい。


 この森の正式名称はシグソーだが、最近多くなった不可解な出来事の所為で、大半の冒険者は"囁き"と呼んでいる。


 バイアの三人は冒険者ギルドより指名依頼を請け、今朝早く森に入った。その目的は魔物の一種であるウェリズンの退治で、中々見つけ出す事が出来ず今に至る。痕跡はあるのに遭遇しないのだ。ウェリズンはかなり広範囲を移動しているらしく、結局は森の中心部にある泉近くまで来てしまった。


「二百年から三百年前と言えば、誰もが知る"雷鉄槌"や"細剣の姫"、あとは"牙砕き"とかが暴れてた時代だぞ? なあ?」


「いや、しらねーよ、そんな大昔のこと」


「はあ、相変わらず数多ある英雄譚を読んでないのか」


「だから、そんなの読み込んでるのヒューゴくらいだって。ギルドの二階に籠る奴って他にいるか?」


「けっ。あれだけの資料を読めば、仕事にだって役立つんだ。分かんねーとは言わせねーぞ」


「へいへい」


 冒険者ギルドには、史実や珍しい依頼の成功例と失敗例などが書物として保管されている。一定のランクに達すると費用も無く読めるようになるのだが、冒険者の大半は頭を使うのが苦手だ。簡単に言うと脳筋が多い。


「ヨヒムも黙ってないで何か言ってやれ」


「知らん」


「よし分かった。ドティルもヨヒムも今度二階に行くぞ。たっぷり教えてやる」


「やだよ!」

「勝手に決めるな」


 ドティルは仲間であるヒューゴの拘りに毎度うんざりしている。確かに、過去の知見から学んだ事が役立つ時もあった。だが、こういったヤツ特有の妥協を許さない感じがドティルには合わないのだ。もう一人のヨヒムに至っては無口無愛想そのままな性格で、面倒ごとは大嫌いときている。


 ヒューゴはセナのいた世界で言えば「重度のオタク」である。過去に実在した冒険者達、特に英雄と呼ばれる者達の。時間があれば書物を読み耽り、金のほとんどを情報収集に費やしているらしい。


 ドティルとヨヒムは剣を使い、ヒューゴは魔法を幾つか操る。ごちゃごちゃと言い合っているが、かなり長い付き合いとなる三人組だ。こうやって話している間も周囲の警戒は怠っていない。その辺からも、ある程度の実力を備えたパーティだろう。


「しかし、ウェリズンのやつ、なかなか見つからないな」


 流れを変えるため、ドティルは話題を振った。このままだと延々と英雄譚を語り始めるのだ、ヒューゴは。


「確かにな。あの長靴猫め、何処にいるんだか」


 察したヨヒムも話題にのる。珍しく長い言葉もそのためだ。そして、ヒューゴが返す。


「足跡も新しくなってるし、明日には見つかるさ。いいか、例えば"追跡者"と呼ばれた百五十年前の冒険者ソトーは僅かな痕跡から」


「話題が逸れてねー!」

「だまれ、ヒューゴ」


 もうやだコイツ。それがドティルの心からの声だ。まあヒューゴを嫌いな訳ではないのだが、この癖だけは勘弁して欲しいと思っている。とにかく何とかしなければと頭を捻り始めた。このままでは焚き火が消える朝まで話を聞かないといけない。


「えーっと、アレだホラ、そ、そうだ! ヒューゴはあの晩にいなかったから知らねーだろうが、最近すげー奴に会ったんだぜ?」


「あん? 誰だよそりゃ」


 よし、乗ってきた! このまま主導権を渡さなければ良いとドティルは張り切る。


「驚くなかれ、なんと黒エルフだ! しかも超美人で、優しくて、可愛くて、もう堪んねーのさ! な? ヨヒム」


「ああ、確かにヤベーなアレは」


「黒エルフゥ? ああ、前に言ってた女か? 確か革紐をくれたって、赤いのを。何回同じ話をするんだよ、全く」


 お前が言うんじゃねえ! そうドティルは叫びたかった。が、ヒューゴの言う事も事実だったりする。


 実のところ、ドティルは何度かセナの話をしているのだ。ただヒューゴはセナと会った晩にいなかったため、実際の魅力や空気感を知らない。合わせて言えば黒エルフは滅多に見ない種族のために、色々と偏見が大きい。


 余り興味が無さそうなヒューゴを見て、ドティルは新しい情報を出さなければと焦り始める。と言うか、過去の英雄より超美人な黒エルフの方が興味深いだろうに、ヒューゴの変人振りは極まっている様だ。


「今日の依頼も占って貰ったんだが、帰り際なんて滅茶苦茶心配してくれたんだぜ? 気を付けて、油断しちゃダメってな。もう最高だろうよ」


「馬鹿らしい。そんなの良客を掴む為の手法だろうが。黒エルフからしたら俺たちなんて餓鬼と一緒さ。遊ばれてんだよ、ドティルは」


「く、この野郎……捻くれ過ぎだろ」


 ヒューゴの過去に何かあったのか、美人な女性を見たり話すと敵視する癖があるのだ。


「とにかくセナはそんな女じゃねー。会えば分かるが、飾らない性格と、何処か男っぽい話し易さが」


「あ? 今何つった?」


「いや、飾らない性格と」


「違う! そうじゃなくて名前みたいな、確かセナって」


「あ、ああ。彼女の名前だよ、セナ」


「黒エルフで、セナ、だと」


 ブルブル震え始めたヒューゴを見て、距離を取りたくなるドティル。ヨヒムに至っては、既に半歩分離れていた。


「ど、どうした。腹でも痛くなったか?」


「ルフスアテル……」


「は? るふ、す、なに?」


「赤と黒。古代語でルフスとアーテルが混ざって作られた渾名だよ。数ある英雄譚の中にあり、かなり異色な冒険者だな」


「結局そっちの話に戻るのかよ!」


 だが、ドティルとしても興味を惹かれてしまった。もしかしたらセナに関わる何かを知ることが出来るかもしれない。まあまさか本人ではないだろうが、次に会う時には話題の一つにもなるはずだ。冷やかす様に話せば、彼女は照れ臭そうに笑ってくれる、きっと。


「黒エルフ、真っ黒な衣服、招くのは黒き死。彼女の()()に触れたなら、必ず命を奪われたという。そしてそれは仲間でさえ例外じゃない。そんな風に、当時の冒険者連中にさえ恐れられていたんだ」


「んー?」


 セナに会ったことのあるドティルやヨヒムからしたら、もう既に印象と合わない。しかも、まだ説明が足りないし。


「じゃあ赤は?」


「お前らも流石に聞いた事くらいあるだろ。アダルベララの紅弓だよ、彼女の装備は。その周りには血溜まりが生まれ、乾く事もなし。血の中にあってもその弓はより赤く輝き続ける、と。だから赤と黒、ルフスアテルだ」


「アダルベララか。真っ赤な弓……確かに聞いたことあるな」


「その凄まじいまでの戦闘力で多くの敵を抹殺し、依頼を達成してきた。間違いなく英雄と言って良い働きばかりだ。ただ、同時に周りへの被害も大きく、ある意味で最終手段的な役割だったらしい。この辺りは資料が少なくて彼女の戦い方が良く分からんが……いつの間にか姿を消し、歴史の表舞台から居なくなった。何でも冒険者を引退して別の職に就いたとか……まあまず考えらないな。馬鹿みたいに強かったらしいし、何処かの国について裏の仕事でもしてるんだろ」


「で、そのルフスアテルの名前がセナだってか」


「そうだ。もし本人ならヤベエぞ。早く縁を切った方がいい。彼女のそばにいたら、たとえ仲間だろうと血の海に」


 その恐怖を煽る様な声に、ドティルとヨヒムは顔を合わせて……思い切り吹き出した。


「ブハ! ハハハハ! あのセナが、血の海? 黒い死? ガハハ! 最高に面白いなそれは!」

「ククク、確かに笑える」


 突然笑い出した二人にヒューゴもポカンと呆れた顔をするしかない。


 あの店で遠くから眺めていたヨヒムでさえ、セナの無邪気な様子を見ている。ドティルに至っては、それこそすぐ近くで会話したのだ。


 出て来た料理を嬉々として食べ、お酒は苦手と言いつつ、なかなかの飲みっぷり。聞き上手で笑顔も可愛らしい。多分歳上だろうに、何故か幼さも感じた。


()()()()()()は血が苦手で、討伐証明も鼻を摘まないと取れなかったって言ってたな。だから直ぐに引退したってよ。大体あんな子供みたいな反応するやつが、遥か昔の英雄だって? 仕方ねー、今度ヒューゴも紹介してやるよ。ただ、頼むからいつもみたいに英雄譚なんて話さないでくれ、マジで」


 あー、腹痛え。そんな風に笑っていたドティル達は……突如として表情を引き締めた。水をかけて火を消し、それぞれの装備を手に取る。


「おい」


「分かってる」


「ようやくか。全く、日が暮れちまったじゃねーか」


 泉の反対側、巨体を堂々と揺らし、木々の間から姿を現した。太い尻尾と四足、吊り上がり尖った目、グイと開いた口にはギラギラと滑る牙が並ぶ。


 一頭を討伐するには中級以上のパーティが必要とされ、間違えば上級さえ危うい。それが今回の依頼対象である"長靴猫"。正式名称ウェリズンだ。








キャラ紹介15


冒険者パーティ バイア


剣士であるドティルが結成した。昔から三名で構成されており、実力は平均値。ヨヒムとヒューゴとは昔馴染みでもあり仲が良い。その信頼から連携に優れ、ギルドからの指名依頼を受けるほどには完成されている。


ヨヒム。

無口無表情。内心では色々考えているが、顔には出ない。

ドティルと同じ剣を使う。違いとしては、前衛向きと言うより遊撃に優れる点。技術派で場面により役割を変える器用さが特徴。ドティルのお気楽なところは合わないが、芯の強さには信頼を置いている様子。


ヒューゴ。

バイア唯一の魔法士。

ドティルが物理的攻撃を担うが、火力の中心は彼となる。詠唱に時間と集中が必要なため、ドティル達が時間と場を作るのが基本。

過去に存在した英雄譚をこよなく愛しており、資産の大半を収集に費やしているらしい。ギルドの二階にある資料室に暇があれば篭っている。特に三百年から百五十年前の英雄達が好み。あの時代は色々と荒れていたため、現在では届かない実力者がたくさん居たと持論を翳すのが日常。


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― 新着の感想 ―
エピソード61ドティル達のPTが長靴猫との戦闘に入るシーンの画像生成してみました。 長靴猫の迫力重視の構図です。 セナ=エンデヴァル関連 https://x.gd/EZ3rq
更新ありがとうございます♪^_^ ドティルのパーティ、悪友仲間みたいでいいですね。しかも、仕事はきっちり切り替えてこなすあたりプロっぽい。これなら指名依頼が入るのも頷けます。 果たして、英雄オタク…
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