24 聖都レミュ
本編再開します。
「こんな像、無かったような……」
オーフェルレム聖王国の聖都レミュ。その街の中心部に新たな区画が造られていた。以前に訪れた十数年前には無かったから、間違いなく新たな名所なのだろう。
「お姉様の言う通り、二年前、くらいですかね」
ローブに覆われたセナの隣に杖を付いた老婆がいる。腰は曲がり、刻まれた皺が年齢を重ねたヒト種である事を教えてくれた。オーフェルレム聖王国は開国時からの流れで、国民ほぼ全てがヒト種で構成されている。もちろん一部にはドワーフもいるし、出入りの激しい冒険者に至っては多種族の集まりと言えるだろう。
だがそれでも、王家を筆頭にヒトが圧倒的多数だ。
その像のヒトは左手に剣を持ち、高々と天へ突き上げている。視線は切先に向かっていて、それでも優しい印象を抱かせた。歳の頃は二十というところか。
セナは足元の石板を暫く眺め、刻まれた名前を読んだ。
「初代女王……レオナ」
「開国百五十年を祝い、王家が号令を発した幾つかの事業の一つですね。まだ連合都市国家群と言われ、内戦の激しかったこの地域を平定された偉大なる女王陛下。この街も一度焼け落ち、当時は酷い状況だったと記録に残っているそうです」
まるでガイドの様に丁寧な説明に、セナは笑顔を浮かべ顔を向けた。
「ふふ、ラウラは何でも知ってるね。何だかお姉さん、嬉しいよ」
「あんまり冷やかすならまた耳を弄りますよ?」
「や、やめてよ!」
思わず両耳を手で隠し、一歩後退するセナ。一方のラウラはふふんと何故か得意気だ。
「よく考えれば、私から説明することでもないですか。だってその時代に立ち会ったのが正にお姉様ですものね」
「んー、まあ、そのころ街にいたから少しは知ってるけど」
「レオナ女王陛下を影から支えた占術師、でしたか」
「……え? 今なんて言った?」
「いえいえ。ちょっと老ヴァランタンから聞いた話を思い出しただけですよ。さあお姉様、次に行きましょうか」
「あ、うん」
何か変なのが聞こえた気がするんだけど。そんな風にローブの下で首を傾げるセナ。そんな様子を眺めて笑い、ラウラはコツコツと杖を鳴らしながらゆっくり歩いて行く。
今日はセナに街を案内する日だ。ラウラの足腰が弱っているのを思い、当初は乗り気でなかった。だが、多少は歩かないと膝が硬くなるのですと言われ、それならまあと提案を承諾したのだ。
「聖都レミュの発展はここ五十年くらいで急激に進みましたが、それまでは大陸でギリギリ十本の指に入るくらいだったそうです。五十年前に何があったのか、王家に口伝のみで伝わるらしいですが……」
ここでラウラはチラリと横を見る。
「へ、へー。きっとそのときの王様が偉かったんじゃないかな、うん」
「なるほど、お姉様がそう言うならそうなのでしょう」
相変わらず隠し事の下手な黒エルフを見て、ラウラは堪らなく懐かしさを感じた。自分を助けてくれたずっと昔も同じだったのだ。
「あ、あれは? 見たことない」
話を逸らしたとラウラは思ったが、実際にセナが何かに興味を示しているのが分かり、そちらに視線を向ける。
「あー、なるほど。アレは果実を魔法で凍らせて、甘い花蜜と果汁を薄めた液体に入れる、新しい聖都の名物ですね」
「魔法で? すっごいお高そう」
「まあ安くはないですが、冷やしたものを保存する箱が開発されたことで、庶民にも手を出せる金額に落ち着きました。お姉様、頼んでみますか?」
視線を外せなくなったセナを見て、ラウラは我が子に思うような感情に襲われた。自分より遥かに歳上な女性なのだが。
「え? いやいや、要らないよ」
「では半分だけ貰ってくださいな。婆には多すぎますからね」
セナの意見など聞かず、ラウラは列に並んだ。慌てて追いかけ、セナも一緒に並んでみる。
「ラウラって杖をついてるのに速すぎない? 今なんて急にツカツカツカーッて」
「ツカツカ? まあ慣れてますから」
慣れとか関係ない気がしたセナだが、甘い香りが鼻をくすぐり、思わず前を見てしまう。
色とりどりの果実のカケラがガラス瓶に入っており、それ自体が冷たく保たれる仕組みのようだ。しっかりと霜が張っていることから零下であることも分かる。
あとは氷の浮かぶ果実水と、ドロリとした蜜が何本か。セナは何だか前の世界の屋台を思い出し、気分は上々。カキ氷のお店にちょっと似てる気がしたのだ。
オーフェルレム聖王国は南方に位置し、かなり気温が高い地域だ。冷たい食べ物や飲み物には需要があるのだろう。実際にこのお店は盛況で、僅かだが行列まで出来ている。
「はいお姉様、お先にどうぞ」
色々考えているうちに順番が来て、気付けば支払いまで終わっていた。
「あ、ごめん、お金を」
「そんなことより、せっかく冷たいのに意味がなくなりますよ。さあ早く」
「あ、そうだね」
じゃあ頂きますと、余り聞き慣れない台詞を吐き、セナはこれに決めた!と赤色の果実を木の棒で突き刺した。そのまま口に運び、「冷た! あま!」と嬉しそうにしている。ちょっとローブが脱げて、大変珍しい黒エルフの女性だと周りに知られたが、ご本人は手元に夢中で気づいてない。
ラウラはそっとローブを戻し、幸せそうな笑顔を浮かべた。
そのあとも幾つかの場所を案内し、お昼過ぎにはお家に帰って来た。
この住居兼店舗はラウラが貸し出しをしており、最近の相場に疎いセナにバレないよう、超格安の家賃設定にしてある。実際のところ金も受け取りたくないが、本人が嫌がるのを分かっているので仕方ないのだろう。
「はい、さっきのお金」
「ですから要りませんよ。大した金でもなし、何度も言わせないで下さいな」
「大した金じゃないなら受け取って」
「はぁ……全く」
基本的に金を持ってないのに、この辺が妙に律儀なのだ。ラウラとしては過去から積み重なった恩を少しでも返したいのだが、セナは一向に認めない。
「で、お姉様。占術師の方は如何ですか?」
「んー、まあ意外に順調かな」
「占術師組合にも申告してないのに?」
通常は組合より斡旋される依頼が収入の基本になる。セナ本来の"聖級"を使えば一回で莫大な依頼料を取れるだろうが、当人には全くその気がない。いや、そもそもオーフェルレムの王城に向かえば、それはそれは大変な歓待を受ける事になるはずだ。寝食だけでなく、褒賞や多くの接待、あとは現王子レオアノからの求婚などなど。
だが今も身分を隠し、占術でひっそりと食い扶持を稼ぐ日々。ラウラは大体の事情を知っている方だが、やっぱり全部を納得出来るわけではない。時代が時代なら、各国挙げて歓迎するのが目の前の黒エルフだ。
「ふふん。実は前に酒場に行ってね。ちょっと占いを見せたら、意外にも大好評だったわけ。で、そこの親父さんが仲介してくれる事になったんだよ」
「あらあら、それは良かったですね」
「また今度ここに依頼者が来るし、順調順調」
「因みに、どんな占いを?」
「え? もちろんカードだよ? ちゃんとした依頼だし、適当には出来ないからね」
「そうですか……」
占術を受ける相手は知っているのだろうか? そのカードによる占術こそ"聖級"の代名詞であり、もし正確な金額に換算したら、とんでもない事になることを。
実際に払うわけでもないのだろうが、何となくその依頼者に同情心を持ってしまうラウラだった。あとでもし真実を知れば、卒倒する可能性が高いのだから。
◯ ◯ ◯
侍従兼護衛のロッタは変わらぬ冷静さでいつも淡々と話す。
聖王国では一般的と言っていい赤毛に、やはり綺麗なシーグリーンの瞳を持つ若き王子へと、重要な報告を伝えに来たのだ。
「レオアノ殿下。セナ様らしき目撃情報が寄せられました」
「な、なんだと! 一体どこで⁉︎」
「はっ。どうやら新街区の露店通りでのこと。甘味を楽しむ姿を見られたようで、黒エルフの特徴は余りに珍しいですからな。まず、間違いないかと」
「よし、やっぱりまだレミュに居るのは確実だな……ロッタ、どうにかして繋がりを作れないのか?」
「さて、どうですか。此方が強く動くとセナ様はあっさりと姿を隠しかねません」
「それは分かっている。だが、何か、何でもいい。細い糸でも良いんだ」
当然に占術師組合にも確認したが、現在の住まいの情報などは伝わっていなかった。この広いレミュに居るのは確実としても、目立たないよう動くセナを見つけるのは至難だ。だが、漸くの情報なのだ。
「ふむ、そうですな……先程の目撃情報ですが、同行者が居たようです。名も分かっておりますし、その者ならばセナ様の行方を知っているでしょう」
「な、何故それを早く言わないんだ! 今すぐ連れて、いや話を聞きに行くぞ!」
細い糸どころか、強固な縄に等しい情報である。まさか隠していたのかと、レオアノはロッタに詰め寄った。
「大変仲睦まじく過ごしていたと。そのような者に殿下が突撃されては、セナ様から不興を買うのは必定。それで良いのならば教えますが?」
「うっ……しかし、仲睦まじくとは」
「ああ、言い忘れましたが、御老人ですよ、女性の」
「そ、そうか」
「付近に数名を張り付かせました。無論、無茶な追跡は厳禁で、ですが」
「……それで、どうする?」
「まずは現在のお住まいを確定させます。その上で」
「その上で?」
「アーシア様にお手紙を認めて頂きましょう」
「アーシア姉様に?」
「はい。あの方ならばセナ様の心を擽る内容をしっかりと考えて下さいます。こういった搦手はアーシア様の独壇場。それはレオアノ殿下もよくお分かりのはず」
「お、おう。た、確かにその通りだ」
アーシアはレオアノの姉で、一見は"深窓の令嬢"なのだが、その頭脳と狡賢さは城内ならず有名だ。あくまで噂だが、現王家を裏から操る才女として知られている。あくまで噂として。
はっきり言えるのは、レオアノはもちろんセナでさえ苦手に思う、非常に優秀な女性であることだ。




