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❻刻の繋がり

 




 建国を内外に宣言して、既に十年の月日が経っていた。


 当初に懸念された混乱も少なく、周辺諸国との軋轢も今のところ発生していない。初代女王の統治力が非常に優れており、その高潔な精神は誰もが認めるところだ。


 彼女は荒れていたレムを短期間で復興し、反発していたオーフェルと強固に繋いだ。過去の時の中で腐り切った者達も捕縛或いは追放。同時に、燻っていた有能な人々を次々に起用し、各街との街道も再整備を行う。


 オーフェルは質の良い水を豊富に抱えることから、周辺諸国としても復興するのは望ましい。治水に優れる国であれば、今後の貿易に足を踏み出せた。そのため、投資が積極的に行われたのも良い影響を与えたのだ。


 この間たったの七年。もちろん建国前から動いていたが、それを置いても素晴らしい治世と言えるだろう。


 それだけの力、清廉な心、湛える慈愛。


 オーフェルレム聖王国の国民達は誇りに思い、皆が心から敬愛している。


 それが、初代女王レオナである。










 ◯ ◯ ◯





 新聖都レミュの中心、その王城内。






「陛下。到着されました」


「そう……本当に久しぶりね。直ぐにお通しして」


「はっ」


 巨大と言ってよいベッドに横たわり、レオナは侍従長に指示を出した。上半身を高くするため、背中に厚みのある大きな枕を当てている。そんな女王は近くに並ぶ子達に言葉を続けた。


「バルレオ。貴方は幼き頃に何度かお会いしているけれど、流石に憶えていないかしら?」


「はい、残念ながら……ですが、母上から伺った話は全て記憶の中にしっかりと。私にとっては御伽話であり、子守唄でもありましたから。正直、かなり緊張しております」


「そうね。私も年甲斐なく震えてしまうわ。この想いを言葉にすることが出来ないくらい」


「お婆様? 今から誰か来るの?」


 バルレオの愛娘、レオナから見た孫が幼き眼で問い掛けて来た。ベッドの端に可愛らしい手を置き、偉大なる女王を見上げている。そこには祖母と同じシーグリーンの瞳、赤い髪。純粋無垢な声にレオナは優しい笑顔を返す。


「ええ、アリシア。私の憧れであり、返し切れない恩のある方。ずっと昔、今のバルレオよりも若い頃に命を救ってくれた。それだけでなくこのオーフェルレムの為に陰から力を貸してくれたの。アリシアはきっと吃驚するでしょうけど……どんな女性かは内緒にしておこうかしら。直ぐに会えるから」


「んー? よく分かんない。お婆様が若い頃って、じゃあもっと凄いおばあちゃんなの?」


「ふふふ……! それも内緒ね」


 無意識に頭を撫でてしまい、家族に見守られる今を少しだけ不思議に思った。孤児院で幼少期を過ごしたような町娘が息子をもうけ、目に入れても痛くない孫娘までいるのだ。全てが幻のように感じて、レオナはずっと昔を思い出してしまう。


 きっと何もかもそのままだろう。


 綺麗な橙色の瞳も、陽光のような金の髪も、豊かに育った小麦に似た肌も、鳥の羽根を連想させる長耳だって。


「セナ=エンデヴァル様、御入来でございます」


 巨大な一枚板を嵌め込んだ扉から、ゆっくりと背の高い女性が入って来る。その姿を見たとき……レオナの心はあの頃に戻り、まるで昨日の事のように思い出せた。


「あ、ああ……!」


 変わっていない。何一つ。


「レオナ」


 その艶のあるどこか穏やかな声も。


「セナ、さん……」


「久しぶり、かな」


「ええ、ええ、もっと一杯会いたかった……!」


 バルレオはアリシアの両肩に手を添え、数歩下がった。尊敬する母が子供のように泣き、それさえも美しく見えたから。彼の記憶には残っていないが、間違いなく彼女こそセナ=エンデヴァル。幾度も聞かされ、それでも何度となく話を強請った(ねだった)。まるで御伽話から飛び出てきたように感じる。黙ったままのアリシアもポカンと見上げていた。


 レオナは体を起こせない。老いと病で身体に力が入らないからだ。それを知るセナはそっと寄り添い、子供にするように包んだ。


「もっと、もっとしっかりと抱き締めて」


「うん」


 ところどころ色の失われた赤髪を撫でながら、セナはそのあと暫く無言だった。











「すいません、セナさん」


「うんん、気にしないで良いよ」


「このやり取り、随分前にもしましたね」


「ん? そうだっけ?」


「貴女が探していたセナだと分かって、そのとき」


「ああ……ジャレッドの親父さんのお店で」


「はい。とても懐かしい」


 ジャレッドの店は娘が受け継ぎ、その家族が今も聖都レミュで頑張っている。


「バルレオ、アリシア、こちらへ」


「は、はい。アリシアも」


「……怖い」


「こ、こら! アリシア!」


「いいんだよバルレオ」


 腰を曲げ、アリシアに視線を合わせる。


「キミは初めて会ったのかな、黒エルフに」


「黒、エルフ?」


「うん。キミ達ヒトと違う、別の種族なんだ。だから肌の色とか変わってるでしょ? それに、ほら」


 セナは更に片膝をつき、種族の代表的特徴をアリシアに差し出した。ピコピコと動く耳に、アリシアは恐る恐る指で突く。突っつく度にピクリと揺れるので、面白くなったのか思い切り掴んだ。うっひゃあ!とセナは驚き、ちょっとだけ涙目になっている。


「だぁー! アリシア! 何をしてるんだ!」


 大恩ある黒エルフであり、母の憧れ。いや、自分も憧憬を持ち、今も特徴的な美貌に視線が奪われている。そんな女性の耳をアリシアは遠慮なく掴んだのだ。ツンツン突いていたときも緊張していたのに。


「だ、大丈夫……ちょっと吃驚しただけ。アリシア? 怒ってないからね?」


 別の意味で涙目になっていたアリシアを抱き上げ、セナは笑顔を見せる。こんな幼女がする悪戯で怒りを溜めたりしないし、苦手な耳を利用したのは自分自身だ。


「ホント?」


「もっちろん。ね、私はセナって名前で、キミはアリシアだよね。ほら、アリシアのお婆ちゃんのレオナは私の友達なんだ。だからキミも友達になって欲しい。だめかな?」


「んー……? よし、いいよ! セナお姉ちゃん綺麗だし、おばあちゃんじゃないし!」


「おばあちゃん?」


 思わず首を傾げ、セナはレオナを見た。クスクスと笑う顔を見れば、そんな疑問もどうでも良くなる。


「し、失礼しましたセナ様。私の娘が」


「可愛いなあ。あれだけ腕白だったバルレオの子なんて信じられないよ」


「……え?」


「バルレオが赤ん坊のとき抱き上げたら、もうそれはそれは暴れてさ。手とか胸とか蹴飛ばして来て、抱っこもさせてくれないし」


 記憶には全くないが、バルレオは幼き自分を殴り倒したくなる。あの胸の元に抱き上げて貰えるなど、一体どれほど貴重な体験だったか分からなかったのかと。


 そうして暫くは談笑が続き、レオナはただ幸せを噛み締める時間となった。


 しかし、幸せな時ほど早く過ぎるもの。


「さて、と」


 セナが溢した言葉で、このひとときが終わりを迎えたと知った。そして恐らく、生きて会うのも最後だと。


「もう……行ってしまうのですね」


「うん。レオナも知っての通り、私は長い間一箇所に留まらない」


「はい……」


 セナ=エンデヴァルは占術師をしながら放浪の旅を始めている。始めたと言ってもかなり前からだが、黒エルフにとってはつい最近に思えるだろう。レオナは詳しい話を聞かされていないが、世界のあらゆる事柄から距離を置こうとしているのは理解していた。


 今日のこの日は以前より願った時間。命尽きる前にもう一度会いたいと言う望みを、セナは叶えに来てくれたのだ。心を強く持ち、レオナは目の前に佇む黒エルフに視線を合わせる。


「……どれだけ御礼を言っても足りません。セナさんの旅路の先に貴女だけの幸福が訪れる事を……私は心から祈っていますよ」


「ありがとう」


「そして、この聖王国はいつでも歓迎します。この先もずっと」


「……レオナ」


「ええ、分かっています。絶対に記録へ残すな、ですよね?」


「そう。約束だよ」


「はい」


「レオナ、バルレオ、アリシア。それじゃ」


 僅かな人数に見送られ、セナは姿を消した。


 歓迎を祝う楽団も、晩餐会も、報奨や賛辞さえ受け取らず。


 その背中はやっぱり寂しそうで、レオナは涙を我慢できなかった。自分には家族がいるのに、彼女に寄り添う誰かが居ないのだ。永遠に近い寿命を、これからもたった一人生きていく。どれほどの孤独に苛まれるのか想像出来ない。


「バルレオ」


「はい、母上」


「聞きましたね? 私はセナさんと約束しました。オーフェルレムへの数ある貢献を記録に残すこと、それは未来永劫ありません」


「分かっております」


「でも」


 コクリとバルレオは頷き、アリシアさえも大人しく言葉を待った。


「この聖王国は、あの御方がときに羽を休める枝木でありたい。何代にも渡り、この国が時代の波に消え去る遥か未来まで」


「必ず口伝致します。我等は一言一句を記録でなく記憶に刻みましょう。セナ様が少しでも安らぎを覚えるよう、翠葉(すいよう)枯らすことなく、風に舞う花を咲かせよと」


「よく言いました。これより、我が王家直系の世継ぎは"レオ"の名を必ず残しなさい。私を、バルレオを、アリシア達を少しでも懐かしんで頂けたら、こんな幸せはないのですから」


「は!」







 これより百五十年後もオーフェルレム聖王国は隆盛を誇り、セナの陰からの力添えは口伝でのみ残される。


 そして偉大なる初代女王は人の域を超え昇華し、伝説となって国の"是"と成った。大変珍しいことにその後も腐敗らしい腐敗が起きず、レオナの直系は尊敬の対象へと変化していくのだ。大して珍しくもなかった赤毛やシーグリーンの瞳は祝福の対象となり、聖王国民の誇りの中へと溶け込んでいった。













 余談として。




 あの御方の多大なる寄与を、口伝以外で記録に残してはならない。


「なるほど。それならせめて肖像画だけでも」


 そんな風に思い立ったバルレオにより、その美しき姿は連綿と伝わっていくことになる。セナは今後も何度かこの国を訪れるため、肖像画は時代さえ跨って複数描かれた。そして御本人にも知られず、王城の奥深くで大切に受け継がれていく。


 そのため、短命のヒトとして稀有な例であるが、これからもセナ=エンデヴァルは忘れ去られない。それが黒エルフでないヒト種の国、オーフェルレム聖王国である。










間章はこれでお終いです。また本編に戻りますので、ここまで読んでくれた皆様、次の再開を暫くお待ち下さい。

感想や評価など凄く励みになっています。宜しければ是非。

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― 新着の感想 ―
短縮リンク先が一枚目の画像になっていましたので修正します。 セナ=エンデヴァル関連 https://x.gd/EZ3rq
エルフと人間を題材にする際には寿命による死に別れは避けられませんよね。 あまりうまく表現できませんでしたが、 エピソード54のファンアートの画像生成してちちぷいに投稿してみました。 https://x…
更新ありがとうございます♪^_^ こうして、一話へと繋がっていくんですね。 ちゃんと理解してくれるヒトたちが、羽を休める大樹があることは、ほんの少しですがセナさんにとって幸せなことでしょう。 ……た…
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